メインメニューを開く

ホセ・カルデロン

この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はカルデロン第二姓(母方の)はボラージョです。

ホセ・カルデロンJose Calderon)ことホセ・マヌエル・カルデロン・ボラージョJosé Manuel Calderón Borrallo, 1981年9月28日 - )は、スペインのプロバスケットボール選手エストレマドゥーラ州バダホス県ビジャヌエバ・デ・ラ・セレーナ出身。ポジションはポイントガード。身長191cm、体重95kg。

ホセ・カルデロン
Jose Calderon
Jose Calderon (34293586395).jpg
アトランタ・ホークスでのカルデロン (2017年)
デトロイト・ピストンズ  No.81
ポジション PG
背番号 81
身長 191cm (6 ft 3 in)
体重 95kg (209 lb)
ウィングスパン 198cm  (6 ft 6 in)
シューズ リーニン
基本情報
本名 José Manuel Calderón Borrallo
愛称 "Mr.Catering", "Mr.Freethrows"
ラテン文字 Jose Calderon
スペイン語 José Manuel Calderón Borrallo
誕生日 (1981-09-28) 1981年9月28日(37歳)
スペインの旗 スペイン
出身地 エストレマドゥーラ州の旗 エストレマドゥーラ州バダホス県
ビジャヌエバ・デ・ラ・セレーナ
出身 スペインの旗 タウ・セラミカ
ドラフト  
選手経歴
1998-1999
1999-2001
2001-2002
2002-2005
2005-2013
2013
2013-2014
2014-2016
2016-2017
2017
2017
2017-2018
2018-2019
Diputación Foral Alava
CBルセントゥム・アリカンテ CBルセントゥム・アリカンテ
バロンセスト・フエンラブラダ バロンセスト・フエンラブラダ
サスキ・バスコニア サスキ・バスコニア
トロント・ラプターズ トロント・ラプターズ
デトロイト・ピストンズ
ダラス・マーベリックス
ニューヨーク・ニックス
ロサンゼルス・レイカーズ
ゴールデンステート・ウォリアーズ
アトランタ・ホークス
クリーブランド・キャバリアーズ<デトロイト・ピストンズ>
受賞歴
代表歴
キャップ スペインの旗 スペイン 2002-2016
 
獲得メダル
男子バスケットボール
スペインの旗 スペイン
オリンピック
2008 北京
2012 ロンドン


2016 リオデジャネイロ
世界選手権
2006 日本
ユーロバスケット
2003 スウェーデン
2007 スペイン 大会ベスト5
2011 リトアニア
デトロイト・ピストンズでのカルデロン (2013年)

目次

略歴編集

スペインリーグ編集

スペインのジュニア代表として様々な国際大会で経験を積んだ後、1999-2000シーズンにはスペインリーグCBルセントゥム・アリカンテでプロデビューを果たした。アリカンテでは2シーズンプレイし、2001-02シーズンにはバロンセスト・フエンラブラダに移籍、さらに翌シーズンにはタウ・セラミカに移籍する。

タウ・セラミカデは飛躍的に出場時間が伸び、移籍1年目の2002-03シーズンには平均17.5得点を記録した。翌シーズンには得点こそ落とすがその他のスタッツは軒並み上昇し、2004-05シーズンには12.4得点3.0アシスト、フィールドゴール成功率は56.7%、スリーポイントシュート成功率は45.5%を記録した。カルデロンの貢献でこのシーズンにチームはユーロリーグトーナメント準決勝まで進出した。

NBA編集

 
新人年のカルデロンは、ベンチからの出場が殆どだった。

ドラフトにはエントリーしなかったが、トロント・ラプターズの勧誘を受けてNBA入りを決意。ルーキーイヤーとなった2005-06シーズンは64試合に出場し、5.5得点4.5アシストの成績を残した。シーズン終了後、ラプターズは多くの海外出身選手を獲得。カルデロンとはスペイン代表のチームメイトでもあるホルヘ・ガルバホサもラプターズに入団した。

2006-07シーズンはカルデロンは新たに先発PGになったT・J・フォードの控えとして申し分ない活躍をし、ラプターズの4シーズンぶりのプレーオフ出場に貢献した。カルデロン自身は8.7得点5.0アシストの成績だったが、その実力はリーグ最高の控えPGという評価を受けた。

2007-08シーズンはチーム内に故障者が続出、先発PGのフォードも戦線離脱したため、カルデロンはより多くの出場機会を得た。56試合に先発出場、11.2得点8.3アシストの成績を残し、平均アシストはリーグ5位の成績だった。

2008-09シーズンはフォードが移籍したことにより先発PGに固定された。チームはプレイオフに進めなかったが自己最高の12.8得点8.9アシストの成績を残した。特に注目されたのがフリースロー成功率で154本試投して成功が151本。失敗はシーズンを通じて僅か3本、成功率98.1%とNBA史上最高の驚異的な成功率を残した。

2012-2013シーズンメンフィス・グリズリーズルディ・ゲイとのトレードでメンフィス・グリズリーズへ、その直後テイショーン・プリンスオースティン・デイとのトレードでデトロイト・ピストンズへ移籍した[1]

2013年7月11日、ダラス・マーベリックスに移籍した[2]

2014年6月25日、ダラス・マーベリックスからサミュエル・ダレンベアらと共にタイソン・チャンドラーレイモンド・フェルトン、計6名が絡むトレードでニューヨーク・ニックスへ移籍した[3]

2016年6月22日、デリック・ローズらが絡んだ大型トレードで、シカゴ・ブルズ[4]、さらにロサンゼルス・レイカーズへと移籍[5] On December 5, 2016, he was ruled out for two to four weeks with a right hamstring strain.[6]。2017年2月27日にレイカーズを解雇[7]。3月に入りアトランタ・ホークスと契約した。

2017年7月1日、クリーブランド・キャバリアーズと1年契約を結んだ。

代表歴編集

スペインは近年バスケットボール選手の育成に力を入れ、パウ・ガソルホルヘ・ガルバホサフアン・カルロス・ナバーロなどの優秀な選手を輩出。この強化計画は2006年世界選手権の優勝という形で実を結んだ。彼らは言わばスペインバスケットボールの黄金世代であり、カルデロンもその黄金世代の一員である。

ジュニア時代は1998年ミュンヘンジュニア国際大会、ヴァルナジュニア欧州選手権優勝で優勝。2001年日本で開催されたヤングメン世界選手権では5位に入った。

2002年にはスペイン代表に招集され、この年のインディアナポリス世界選手権では5位。翌2003年には欧州選手権で準優勝を飾った。アテネオリンピックではキャプテンとして出場した。

そして2006年、日本で開催された世界選手権ではガソル、ガルバホサらと共にスペインを初優勝に導いた。ギリシャ代表を降した決勝では17得点をあげた。

2008年北京オリンピックで銀メダルを獲得した。

プレイスタイル編集

堅実なゲームメークが売りの司令塔。その姿勢は数字にも表れており、フィールドゴール成功率、スリーポイントシュート成功率は共に高水準を維持している。2007-08シーズンに記録した平均8.1アシストに対する平均1.5ターンオーバー(アシスト/ターンオーバー比率5.4)は特筆に価する。

スリーポイントシュートを成功させた時に、両手の指で○を作るパフォーマンスがファンの人気を呼んでいる。

脚注編集

  1. ^ “Detroit Pistons Acquire Guard Jose Calderon In Three-Team Trade”. NBA.com (Turner Sports Interactive, Inc.). (2013年1月30日). http://www.nba.com/pistons/news/detroit-pistons-acquire-guard-jose-calderon-three-team-trade 2013年6月23日閲覧。 
  2. ^ “Jose Calderon Signs with the Mavs”. NBA.com (Turner Sports Interactive, Inc.). (2013年7月11日). http://www.nba.com/mavericks/news/jose-calderon-signs-mavs 2013年7月14日閲覧。 
  3. ^ Knicks Acquire Calderon, Three Others in Dallas Trade”. NBA.com (2014年6月25日). 2014年6月25日閲覧。
  4. ^ BULLS SEND DERRICK ROSE TO NEW YORK IN FIVE-PLAYER DEAL”. NBA.com (2016年6月22日). 2016年6月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年6月22日閲覧。
  5. ^ Lakers Acquire Jose Calderon
  6. ^ Jose Calderon Injury Update
  7. ^ Lakers Waive José Calderón”. NBA.com (2017年2月27日). 2017年2月27日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集