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エスパーダEspada )は、イタリアの自動車メーカー、ランボルギーニが1968年から1978年まで生産したグランツーリスモである。エスパーダとはスペイン語で「剣」を意味する。

ランボルギーニ・エスパーダ
エスパーダ・シリーズI
Lamborghini Espada (40099489415).jpg
販売期間 1968年 - 1978年
デザイン ベルトーネ
乗車定員 4
ボディタイプ 3ドアハッチバッククーペ
エンジン V型12気筒ガソリン3,929cc
駆動方式 FR
最高出力 350HP
変速機 5速MT / 3速AT
全長 4,730mm (以下S2)
全幅 1,860mm
全高 1,185mm
ホイールベース 2,650mm
車両重量 1,480.1kg
0-100Km/h加速 6.6秒
最高速度 260km/h
-自動車のスペック表-

目次

概要編集

エスパーダの3ドア(ハッチバック)クーペボディのデザインは、ミウラ同様、ベルトーネに在籍当時のマルチェロ・ガンディーニによるもので、1967年ジュネーヴ・ショーに出品された「ランボルギーニ・マルツァル (Lamborghini Marzal」、同年のロンドンショーにデビューした「ベルトーネ・ピラーナ (Bertone Pirana」という2つのプロトタイプのモチーフが生産モデルとして現実化されたものである。

エスパーダは完全4シーターのスーパーGTとして設計され、400GTミウラと同じV12エンジンをフロントに積み、全4輪ディスクブレーキを備えていた。

1978年のランボルギーニ倒産とともに生産中止された。10年間にわたって1,217台が生産された。

モデル編集

シリーズI(1968~1970年)

略記:S1
生産台数186台。

シリーズII(1970~1972年)

 
シリーズII
略記:S2
別名:400GTE
エンジンの圧縮比を高めてパワーアップ。リア・エンドのガラス部分のデザイン変更。アルミ・ホイールのスタイリング変更。生産台数575台。

シリーズIII(1972~1978年)

略記:S3
ZF製パワーステアリングを搭載。1974年にはランボルギーニとしては初めてオートマチックも用意された(クライスラー製3段[1])。生産台数456台。

シリーズVI(1975年~1978年)

 
エスパーダ・北米輸出仕様(シリーズVI)
北米輸出仕様の黒い衝撃吸収バンパー装着車がシリーズVI(S4)と呼ばれることがある。
欧州仕様車にも装着されたものがある。

日本での販売編集

1969年の東京オートショーに正規輸入第一号として、赤いミウラとともに青のエスパーダが当時のインポーター三和自動車によって出品された。その後も並行輸入を含めS1、S2を中心に輸入されたが、現在では日本国内でエスパーダを見かける機会は非常に稀である。

出典編集

  1. ^ 「ミウラの登場」『ランボルギーニ』 ネコ・パブリッシング〈ワールド・カーガイド〉、1995年、78-85頁。

参考文献編集

関連項目編集


ランボルギーニ S.p.A. ロードカータイムライン 1962-
タイプ 1960年代 1970年代 1980年代 1990年代 2000年代 2010年代
4 5 6 7 8 9 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 0 1 2 3 4 5 6 7 8
MR(含ミッドシップ4駆) V12 ミウラ カウンタック ディアブロ ムルシエラゴ アヴェンタドール アヴェンタドールS
イオタ レヴェントン ヴェネーノ チェンテナリオ
V8/V10 シルエット ジャルパ ガヤルド ウラカン
2+2 ウラッコ
FR GT 350GT
2+2 400GT イスレロ ハラマ
エスパーダ
クロスカントリー4WD
SUV
LM002 ウルス
オーナー
親会社
フェルッチオ・ランボルギーニ ロセッティ、
レイマー
イタリア政府管理下 ミムラン クライスラー メガテック Vパワー アウディ
試作レーシングカー: ランボルギーニ・イオタ(1969)、ランボルギーニ・ハラマRS(1973)、ランボルギーニ・ウラッコ・ラリー(1973)
コンセプトカー: ランボルギーニ・エストーケ(2008)、ランボルギーニ・エゴイスタ(2013)、ランボルギーニ・アステリオン(2014)、ランボルギーニ・テルツォ ミッレニオ(2017)
人物: フェルッチオ・ランボルギーニジャンパオロ・ダラーラマルチェロ・ガンディーニパオロ・スタンツァーニ
公式WEBサイト: Automobili Lamborghini Holding Spa