二本木 (熊本市)

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ファイルの概要 Kumamoto city NIHongi
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作成日時 3.3.2014
作者 mizuhonokuni
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二本木 (熊本市)は、熊本市西区の地名。現行行政地名は二本木一丁目から二本木五丁目。

二本木
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 熊本県
市町村 熊本市
西区
面積
 - 陸地 0.55km2 (0.2mi2)
標高 9m (30ft)
人口
 - 計 3,175人
等時帯 JST
郵便番号 860-0051
市外局番 096
ナンバープレート 熊本

2010年10月1日現在の人口は 3,175人[1]人口密度は5,700人/km2熊本市西区で最も人口密度が高い地区である。

郵便番号860-0051。 高齢化率は30.8%(平成28年時点)

目次

地理編集

  • 熊本市西区の南東部に位置し 北側は熊本駅の所在地である春日町と南は蓮台寺と接している。
  • 町の東側を 白川が流れ、西側を 坪井川 が流れていることで 南北に細長い形をしている。
  • 坪井川はかつては長六橋付近で白川に合流していたが、加藤清正熊本城築城に合わせた城下町整備に伴い、祗園橋から白川橋間に築かれた石塘により白川から分離され現在の形状となった。


河川編集

名前の由来編集

  • 国府鎮護の護国寺の裏門近くに二本の木があったから、という説が有力である。(護国寺の場所は現在の古町グランド付近)

歴史編集

  • 二本木遺跡群の調査により奈良時代には何らかの役所があったと考えられている。
  • 平安時代から800年にわたり肥後国府(飽田国府)がおかれ、今で言う官庁街であり熊本の中枢であった(場所は現在のKAB付近と推定される)
  • 893年 - 寛平の韓寇、『新羅の賊、肥後国飽田郡に於いて人宅を焼亡す』と 日本紀略に記録されている
  • 934年 - 北岡神社の前身である祇園宮(ぎおんぐう)が湯の原(現二本木5丁目)に創建
  • 937年 - 祇園宮(ぎおんぐう)が車屋敷〈現二本木二丁目〉付近に遷座
  • 1580年 - 阿蘇氏島津氏の合戦(旦過の瀬合戦)が白川河川敷で行われた(現在の世安橋付近)
  • 1757年 - 熊本藩第6代藩主・細川重賢により医学校再春館が設立される(旧 宮寺村付近)
  • 1783年 - 古町村出火、86軒焼失
  • 1872年 - 白川県庁を古町村に設置。(現在は記念碑のみ)
  • 1874年 - 古町村、宮寺村、久末村の一部が合併し古町村となる。
  • 1877年 - 西南戦争時、薩軍本営が今の二本木神社横の質屋・築地悌四朗方に置かれる
  • 1879年 - 伝染病専門病院である二本木避病院が古町地区に設置される(熊本市立白川病院の前進)
  • 1906年 - 二本木遊郭の入り口として三橋橋落成 落成式は3日間にわたって行われた
  • 1921年 - 熊本市に編入。二本木に改称。
  • 1953年 - 6・26熊本大水害で坪井川と白川に囲まれた二本木では大被害が発生
  • 1962年 - 熊本鉄道病院 開院
  • 2005年 - 熊本朝日放送が国鉄病院跡地へ移転

平安時代から江戸編集

  • 肥後国府(飽田国府)がおかれていた頃は、人々から 四神相応の都のようだと言われていた。北に北岡・花岡山万日山、東は白川、西は白坪・城南などの平野、南は白川河口を背負いあたかも平安京のようだと称したという。
  • 北岡神社などの「北岡」という地名は 国府があった二本木よりも北側にある丘陵地帯であったため。
  • 律令政治の崩壊とともに一時肥後の中心地としての機能は失うが、二本木はその後も大きな集落として継続し、古国府(古府中)と呼ばれることになる。
  • 肥後熊本藩第7代藩主細川治年の正室の謡台院(埴姫)が住んでいたとされる二本木御殿。その眺望図が熊本市により保管されている。

二本木遊郭(明治期〜昭和初期)編集

  • 1877年(明治10年)、それまで熊本城の北側、京町を中心に散在していた遊郭西南戦争で全焼したため二本木に移転。
  • 明治から昭和初期にかけて西日本有数の遊郭街として栄えた。『全国遊郭案内』(昭和5年)によれば、総軒数73軒、娼妓660人。
  • 熊本県で当時許可された遊郭設置ヵ所は,飽田郡二本木,宇土郡三角村,八代郡八代町,天草郡牛深村の4ヵ所である
  • 主な施設として東雲楼・第二東雲楼、鶯楼・第二鶯楼、一日亭、日本亭、吾妻楼、清川亭、芳野亭、東京亭・同支店、一楽亭、翁亭、双玉楼、幸楼、角油屋、松緑楼、板倉楼、松島楼、幸楼、三妖楼などがあったが いずれも取り壊されて現存していない。
  • 東雲楼は数千坪の敷地に2階建ての大本屋と25の別棟があり、庭園は水前寺成趣園にならって東海道五十三次をかたどっており完成まで10年の歳月を要したと言われている。
  • 1900年(明治33年)、東雲楼で娼妓たちによるストライキ事件がおこる。花岡山に遊女たちが立てこもり、その様子は世間を騒がせ映画や書籍の題材となった。
  • 1901年 二本木女紅場設立
  • 1926年 松緑楼に420円で一家の窮乏を救うために小学校女教師(25)が身売りしていたことがマスコミに報じられ、大きな反響を呼ぶ。楼主たちは救助金420円を拠出して300円を母親に寄付。女教師は松緑楼の帳場及び裁縫を担当することで決着。
  • 1935年に熊本市で行われた新興熊本大博覧会のイベントとして二本木遊郭で花魁道中が行われた。
  • 1949年 藤崎八旛宮秋季例大祭で初となる女性のみの団体として 二本木町特殊飲食店が飾馬奉納を行う。
  • 1950年代 日雇い労働者の日当が250円程度のとき、日本亭で遊女と一晩過ごす「花代」は約1200円程度であった。
  • 二本木神社の狛犬の台座の寄進者名には「二本木娼妓有志者中」と刻まれている。
  • 隣の地区である蓮台寺にある、女性歌人檜垣の塔には各遊郭楼の名前が刻まれている。1949年

二本木遊郭が舞台の作品編集

  • 書籍 『ゆうじょこう』 村田喜代子著、新潮社、2013年
  • 書籍 『紅灯の二本木花街(かがい) : 遊廓と学生のものがたり』小野 友道著、くまもと文化振興会、2013年
  • 書籍 『ノスタルジック二本木』 宇並優一著、碧天舎、2003年
  • 書籍 『東雲物語』 孫田秀春著、高文堂新書、1978年
  • 書籍 『スポーツという女 : 二本木仲之町界隈』園村昌弘著、葦書房、1985年
  • 映画 『東雲楼・女の乱東映、1994年
  • 映画 『陽炎』 バンダイビジュアル、1991年
  • 映像作品 『東雲楼』 滝本泰三、1965年
  • ラジオドラマ 『東雲楼幻想』、1982 {FMラジオ劇場}.
  • 歌 『東雲節
  • 民謡「五十四万石」…3番に「東雲」と歌詞がある
  • 舞踊『二本木音頭』
  • 絵画 『遊郭絵画』、古場田博 作

昭和〜平成編集

  • 戦後は闇市も開かれ 疎開してきた沖縄県の人々と地元の暴力団のもめごとが記録されている
  • 1957年 売春防止法が成立し各遊郭跡地は旅館や下宿、料亭などに転業したが徐々に面影は減っていった。
  • 2009年 アパートとして使用されていた遊郭「日本亭」が取り壊された。
  • 熊本駅周辺の再開発事業に伴い 古い町並みが消えようとしている
  • 2016年に発生した熊本地震 (2016年)により 古い建物が多数倒壊しているのが確認されている

産業編集

  • 旧繁華街であり熊本駅に近いこともあり、ホテルや旅館、飲食店が多く立地しておりサービス業が盛んである。しかし近年商店街の衰退が著しい
 第一次産業 0.8% 第二次産業 11.8% 第三次産業82.2%   (平成22年 国勢調査)

名産品編集

  • 二本木サイダー … 昔 二本木地区で生産されていた 寿サイダーを復刻した
  • 熊本ラーメンの有名店が数件ある

交通編集

道路編集

都市計画道路二本木小碩線が地域中央を東西に横断し、さらに田崎交差点から南側に向かって南北に通っている

鉄道編集

JR九州
熊本市交通局(熊本市電)

バス編集

施設編集

遺跡編集

  • 二本木遺跡群
  • 田崎本町遺跡
  • 旦過の瀬
  • 石塘 - 加藤清正の行った工事跡。日本で最も古い分流工事の一つとされている。
  • 白川県庁跡(記念碑のみ)

神社仏閣編集

  • 二本木神社(二本樹神社)…西郷本営跡がある
  • 宮寺熊野座神社
  • 常通寺
  • 光伝寺
  • 清祐寺
  • 放牛地蔵(薬師如来坐像)

ゆかりのある人物編集


脚注編集

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  1. ^ 町丁別世帯数及び人口(住民基本台帳)-熊本市公式ウェブサイト(XLSファイル)、2013年12月15日閲覧。

参考文献編集

  • 肥後医育史 - 著者: 山崎正董(インターネットで無料閲覧可能)
  • 熊本市史 - 熊本市役所 所蔵(インターネットで無料閲覧可能)
  • 熊本藩年表稿-(インターネットで無料閲覧可能)
  • 肥後細川藩・拾遺-(インターネットで無料閲覧可能)
  • 熊本県文化財調査報告 第274|熊本県文化財調査報告第274集 二本木遺跡群6
  • 二本木遺跡群春日地区(合同庁舎予定地)発掘調査 熊本県教育庁文化課
  • 八代紺屋町の遊郭建築「黄金」について -論文 磯田 節子著(熊本高等専門学校)
  • 松川二郎 『全国花街めぐ里』(誠文堂、昭和4年)
  • 『御堂関白記(みどうかんぱくき)』藤原道長の日記
  • 友枝家 - 細川家お抱えの能の名家 友枝家ウェブサイト
  • 『新撰事蹟通考』
  • 和名抄

関連項目編集

外部リンク編集