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六町(ろくちょう)は、東京都足立区の地名。現行行政地名は六町一丁目から六町四丁目。住居表示実施済み区域である。郵便番号は121-0073[2]

六町
六町駅
六町駅
六町の位置(東京23区内)
六町
六町
六町の位置
北緯35度47分5.78秒 東経139度49分17.66秒 / 北緯35.7849389度 東経139.8215722度 / 35.7849389; 139.8215722
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Tokyo Prefecture.svg 東京都
特別区 Flag of Adachi, Tokyo.svg 足立区
人口
2017年(平成29年)12月1日現在)[1]
 • 合計 4,530人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
121-0073[2]
市外局番 03[3]
ナンバープレート 足立

目次

地理編集

足立区東部・綾瀬川右岸に位置する。主に住宅地として利用されるが、農地も多く残る。また、首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス開通に伴い、開発が行われている。町域中央をつくばエクスプレスが通り、四丁目に六町駅が設置されている。東は綾瀬川を挟んで北加平町加平、西は一ツ家保塚町、南は西加平、北は南花畑と接している。

歴史編集

江戸時代以前編集

元来、竹の塚六月保木間花畑等の飛地であり、各村出身の次三男による開墾によって成立した比較的新しい町である。古くからの寺社はないので、竹の塚をはじめ元の出身地に菩提寺を持つ住民が多いようである。

六町とは、江戸時代までの六月村の飛び地の字であり、竹塚村の字である新川、五反田を中心として形成された。他に花又村や保木間村の飛び地の一部からも成り立っている。これらの飛び地はさらに内部に小さな飛び地をもち、多くの村々が複雑に混在していた。これは六町地区が江戸時代の中でも比較的新しい開拓地であったために、周辺諸村が競って非農耕地を開墾したためである。これは綾瀬川が開削されたことで、主要流通路となった沿岸に村領を広げることで農業用肥料の下肥えを船で運び、農業生産効率を上げるためであったと考えられている。内陸部を本村とする六月村や竹塚村の飛び地がこれほど東へ延びているのはそのためである。この当時の開墾競争の激しさを示すものとして、西加平神社の前身の稲荷神社が作られたのは北から南下してくる他村に対し、嘉兵衛新田(現・西加平)の村民らが自分たちの村域を示すためであったという言い伝えがある。

民家があったのは綾瀬川開削で出た廃土を盛って標高を高くした場所だけであり、それ以外は水利の悪い低湿地が広がっていたと言う。集落があったのは現在の六町一・四丁目にあたり、二・三丁目に農家が進出するのは明治時代を待つことになる。

明治時代以降編集

土地区画整理事業編集

つくばエクスプレス開業を契機に大規模な土地区画整理事業が行われ、街並みの再構築が進んでいる。

世帯数と人口編集

2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目 世帯数 人口
六町一丁目 252世帯 513人
六町二丁目 528世帯 1,036人
六町三丁目 986世帯 1,926人
六町四丁目 621世帯 1,055人
2,387世帯 4,530人

小・中学校の学区編集

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[4]。なお、足立区では学校選択制度を導入しており、区内全域から選択することが可能。ただし、小学校に関しては、2018年(平成30年)度から学区域または学区域に隣接する学校のみの選択になる。[5][6]

丁目 番地 小学校 中学校
六町一丁目 全域 足立区立加平小学校 足立区立青井中学校
六町二丁目 全域 足立区立東島根中学校
六町三丁目 全域
六町四丁目 1〜11番 足立区立青井中学校
その他 足立区立花畑小学校 足立区立花保中学校

交通編集

施設編集

  • 石鍋幼稚園
  • 保塚区民事務所・保塚図書館
  • 六町公園

脚注編集

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  1. ^ a b 足立区の町丁別の世帯と人口”. 足立区 (2017年12月4日). 2017年12月7日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年12月7日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月7日閲覧。
  4. ^ 区立小・中学校の通学区域表・通学区域図”. 足立区 (2017年4月15日). 2017年12月7日閲覧。
  5. ^ 学校選択制度について”. 足立区 (2017年6月1日). 2017年12月7日閲覧。
  6. ^ 小学校の「学校選択制度の改正」について”. 足立区 (2017年5月3日). 2017年12月7日閲覧。

外部リンク編集