吉沢 宗一(よしざわ そういち、1951年2月8日 - )は、山形県出身の元騎手、現・競馬評論家

吉沢宗一
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 山形県
生年月日 (1951-02-08) 1951年2月8日(69歳)
騎手情報
所属団体 日本中央競馬会(JRA)
所属厩舎 美浦・佐藤正二(1972 - 1981)
美浦・フリー(1981 - 1995)
初免許年 1972年3月11日
免許区分 平地
騎手引退日 1995年
1994年11月20日(最終騎乗)
重賞勝利 4勝
通算勝利 3800戦364勝
テンプレートを表示

息子の吉沢七留(なる)は中館英二厩舎の調教助手。兄は元国鉄職員で元JR東日本社員。

略歴編集

1972年3月に騎手免許を取得し、佐藤正二厩舎所属でデビュー。初騎乗は同11日中山第1競走4歳未勝利・ミサワラップ(14頭中4着)で、初勝利はデビューから1ヶ月が経った4月29日福島第2競走4歳以上200万下・ニシノセイユウであった。2年目の1973年には23勝(全国30位)と躍進するが、その後の5年間の勝利数は1桁と2桁を繰り返す。この間、3年目の1974年福島大賞典をラウンドフアーザーで制して重賞初勝利。1979年から1990年まで12年連続で2桁勝利を挙げ、この間の1981年にフリーとなり、同年1月31日東京第1競走4歳未勝利・アマミハンターで通算100勝を達成。1982年1985年には自己最高の30勝(共に全国27位)をマークし、1985年2月17日中京第9競走雪割草特別・マロンクシェットで200勝、1989年3月12日の中京第2競走4歳未勝利・パラダイスクインで300勝を達成。1991年は7勝と落ち込むが、1992年には15勝を挙げて盛り返す。1994年10月30日の東京第4競走4歳以上500万下・ダービーベターで挙げた勝利が最後の勝ち鞍となり、11月20日の福島第6競走4歳未勝利・タイハクジャパン(14頭中12着)を最後に騎乗がなくなる。1995年引退。

引退後は競馬飼糧→JRAファシリティーズに勤務する傍ら、1996年よりテレビ東京土曜競馬中継ウイニング競馬』にレギュラー解説者として出演。パドック解説やレース解説を担当していたが、2019年12月28日で降板。以後はTwitterに活動を移している。

騎乗成績編集

通算成績 1着 2着 3着 4着以下 騎乗回数 勝率 連対率
平地 364 366 364 2706 3800 .096 .192

主な騎乗馬編集

出演番組編集

  • 土曜競馬中継→ウイニング競馬(テレビ東京)

書籍編集

関連項目編集

外部リンク編集