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嵜本 晋輔(さきもと しんすけ、1982年4月14日 - )は、大阪府出身の実業家で、元サッカー選手ミッドフィルダー)。

嵜本 晋輔 Football pictogram.svg
名前
カタカナ サキモト シンスケ
ラテン文字 SAKIMOTO Shinsuke
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1982-04-14) 1982年4月14日(37歳)
出身地 大阪府堺市
身長 179cm
体重 66kg
選手情報
ポジション MF
利き足
ユース
1998-2001 関西大学第一高校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2001-2003 ガンバ大阪 2 (0)
2004 佐川急便大阪SC 20 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

Jリーグガンバ大阪などでのプレーを経て、現役引退後に株式会社SOUを設立。同社が2018年3月22日付で株式上場東証マザーズへの新規上場)を果たしたことによって、Jリーグの選手経験者では初めて、上場企業の社長(代表取締役)になった[1]

目次

人物・来歴編集

関西大学第一高校時代にサッカー部へ所属すると、1年時からガンバ大阪のスカウトが視察に訪れるなど、ミッドフィルダー(MF)として活躍した。ジャルジャルの後藤淳平・福徳秀介は、いずれも2学年後輩に当たる。

高校卒業後の2001年に、ガンバのトップチームへ加入[2]。同期に当たるユースチームからの昇格組に、井川祐輔児玉新日野優がいた。

ガンバ時代にはアタッカー型のMFとして将来を嘱望されたが、「鶏ガラ」と呼ばれるほどの細身だったことが災いして、2年目以降は公式戦への出場機会に恵まれなかった。J1の公式戦に4試合(リーグ戦に2試合)出場しただけで、21歳だった2003年のシーズン終了後に、戦力外通告を受けて退団。この退団については、「客観的に見て通用しなかっただけ。『諦めきれなくてダラダラ続けていても、選手として衰退していくだけ』と思った」と後に述懐している[2]2004年2月に佐川急便に入社[3]すると、当時大阪市を拠点にJFLで活動していた佐川急便大阪SCに所属したが、シーズン終了後に現役を引退した。

その一方で、実父と2人の実兄がかねてから地元の大阪府堺市でリサイクルショップを営んでいた関係で、佐川急便大阪SC選手時代からブランド品のリユースなどの事業を展開。2004年5月に株式会社MKSコーポレーションを設立したうえで、ブランド品のリユース専門店「ナンバdeなんぼ屋」を大阪市の難波に開業した。同年6月には、株式会社Days&Co.Groupの常務取締役へ就任[3]。現役引退を機に、家業のリサイクルショップで、古物鑑定士としての修業を始めた[2]

飲食店の厨房機器の鑑定眼を身に付けたことを背景に、2008年7月には、MKSコーポレーションの事業として阪神本線西宮駅前で洋菓子店「パティスリー ブラザーズ」の1号店を開いた[4]。この事業は「PABLO」(チーズタルト専門店)の出店(2011年)に発展したが、晋輔は出店を機に独立[5]。ブランド品のリユース事業に特化したうえで、「なんぼや」「ブランドコンシェル」という名称のリユース専門店を海外にまで展開すべく、2011年11月28日に株式会社SOUを設立した[3]。ちなみに「PABLO」は、晋輔の独立後も、2人の実兄が経営する株式会社ドロキア・オラシイタの事業として、関西地方を中心に人気を博している。

2012年3月には株式会社ドロキア・オラシイタ、2014年7月に株式会社IBQLOの取締役にも就任した。2014年9月には、株式会社ブランドコンシェルの代表取締役にも就任。同年11月にはSFプロパティマネジメント合同会社の代表社員、2015年9月にはSTAR BUYERS LIMITEDのRepresentive Directorにも就いた。2016年7月には株式会社エスプレッソプロパティマネジメント、2017年3月には株式会社古美術八光堂の代表取締役にも就任している[3]。その一方で、2019年2月1日からは、自身の半生や経営論を綴った初めての著書『戦力外Jリーガー 経営で勝ちにいく - 新たな未来を切り拓く「前向きな撤退」の力』がKADOKAWAから発売されている。

SOUの設立後は東京を拠点に活動しているが、古巣のガンバ大阪との縁が切れたわけではなく、2017年シーズンから同社を通じてゴールドパートナー契約を締結[6]2019年シーズンからは、ガンバとのコラボレーション企画の一環として、「ガンバの選手が試合で実際に着用した鑑定書付きサイン入りユニフォームのチャリティーオークション」というJリーグのクラブでは初めてのイベントを始めている[7]。また、2016年シーズンからのガンバの本拠地である市立吹田サッカースタジアム2018年シーズン以降の名称は「パナソニックスタジアム吹田」)建設資金の寄付活動や、ガンバ大阪選手OB会の発足(2018年)[1]などにも尽力している。

所属クラブ編集

個人成績編集

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2001 G大阪 15 J1 2 0 0 0 1 0 3 0
2002 0 0 0 0 0 0 0 0
2003 0 0 1 0 0 0 1 0
2004 佐川大阪 25 JFL 20 1 - - 20 1
通算 日本 J1 2 0 1 0 1 0 4 0
日本 JFL 20 1 - - 20 1
総通算 22 1 1 0 1 0 24 1

著書編集

戦力外Jリーガー 経営で勝ちにいく - 新たな未来を切り拓く「前向きな撤退」の力KADOKAWA、2019年2月。ISBN 978-4046040749

出典編集

  1. ^ a b わずか6年で“200億円企業”に!元Jリーガー社長・嵜本晋輔氏の会社が東証マザーズへ株式新規上場”. GOAL.com (2018年3月15日). 2019-02-29閲覧。
  2. ^ a b c ガンバ大阪をクビになった男がブランド買取市場で大成功できた理由”. ダイヤモンド・オンライン (2017年10月7日). 2018年3月15日閲覧。
  3. ^ a b c d 新規上場申請のための有価証券報告書(Iの部) 株式会社SOU, 2018年3月16日閲覧
  4. ^ スープカレーパーティ”. 橋本英郎公式サイト (2008年7月27日). 2018年3月15日閲覧。
  5. ^ Jリーガーから年商219億円のベンチャー社長に! 元ガンバMFはいかにして成功を掴んだのか”. サッカーダイジェスト (2017年3月8日). 2019-02-29閲覧。
  6. ^ SOU J1リーグ「ガンバ大阪」とのスポンサー契約を締結 当社代表 嵜本の元所属クラブをゴールドパートナーとしてサポート”. PR TIMES (2017年2月24日). 2019-02-29閲覧。
  7. ^ SOU ガンバ大阪とのコラボオークション始動 !!”. PR TIMES (2019年2月1日). 2019-02-29閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集