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工藤明子

工藤 明子(くどう あきこ、1944年1月1日[1][2][3] - )は、日本女優。本名、大出 明子[1]。旧姓名は芸名と同じ[1][4][5]。夫は、俳優大出俊[1]

くどう あきこ
工藤 明子
本名 大出 明子
生年月日 (1944-01-01) 1944年1月1日(74歳)
出生地 日本の旗 日本東京都
職業 女優
ジャンル テレビ・映画
配偶者 大出俊

東京都出身[1][2][3][4][5]東京都立竹台高等学校卒業[1][2][4]劇団民藝俳優教室出身[2]。田中プロモーションに所属していた[1][2]

目次

人物・略歴編集

1962年、高校卒業と同時に東宝芸能学校に入学する[1]。東宝芸能学校の同期には歌手美川憲一がいた[4]

1963年に本格的な演技の勉強のために劇団民藝俳優教室に入り、1969年に劇団員となるが、1970年に民藝を退団する[1]

1970年に東映と契約して、『任侠興亡史 組長と代貸』(1970年)で鶴田浩二の相手役として本格的にデビューする[1]。以後も、『日本暴力団 組長くずれ』(1970年)、『関東緋桜一家』(1972年)などの仁侠映画で主に情婦役で出演する[1]。1973年の紹介記事では「大柄で派手な顔立ちのためにそのような役ばかり回るが、本当は平凡な娘役もやりたい」と述べている[5]

1970年代中盤よりテレビドラマに活動の場を移す[1]

大出俊とは1976年に結婚[1]

特技は、日本舞踊[2]モダンバレエ[2]

出演編集

映画編集

  • 任侠興亡史 組長と代貸(1970年、東映
  • 日本暴力団 組長くずれ(1970年、東映)
  • 博徒仁義 盃(1970年、東映)
  • 札つき博徒(1970年、東映)
  • 人斬り観音唄(1970年、東映)
  • 博徒外人部隊(1971年、東映)
  • 現代やくざ 盃返します(1971年、東映)
  • 傷だらけの人生(1971年、東映) - 大島あい
  • まむしの兄弟 お礼参り(1971年、東映)
  • 博徒斬り込み隊(1971年、東映)
  • 関東緋桜一家(1972年、東映)
  • 日本暴力団 殺しの盃(1972年、東映)
  • 夜の女狩り(1972年、東映)
  • 新網走番外地 嵐呼ぶダンプ仁義(1972年、東映)
  • キスより簡単2 漂流編(1995年、バンダイビジュアル
  • トラブルシューター(1995年、バンダイビジュアル)

テレビドラマ編集

舞台編集

  • アンネの日記
  • 吉原炎上
  • 大阪純情物語

脚注編集

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m 『日本映画俳優全集 女優編』 キネマ旬報社〈キネマ旬報増刊〉、1980年12月31日、266-267頁。
  2. ^ a b c d e f g 日本タレント名鑑'82』 VIPタイムズ社、1981年、284頁。
  3. ^ a b 工藤明子 - 略歴・フィルモグラフィー”. KINENOTE. キネマ旬報社. 2017年3月15日閲覧。
  4. ^ a b c d 『福島民報』1969年9月21日付朝刊、8面。
  5. ^ a b c 『福島民報』1973年7月3日付朝刊、8面。

外部リンク編集