引きこもり

社会的な交流・接点を喪失した生活が長期にわたり、定着した状態

引きこもり(ひきこもり、: hikikomori, social withdrawal、引き籠もり)は、仕事学校に行けずに籠り、家族以外とほとんど交流がない(社会関係資本を持たない)状況を指す。日本の厚生労働省はこうした状態が6か月以上続いた場合を引きこもりと定義としている。

引きこもりとして暮らす日本人青年の一般的イメージ

内閣府は引きこもりの実態を把握するために、若年層(15歳 - 39歳)を対象に調査してきた。しかし、引きこもりが長期化する人が増えていることから、2018年12月に中高年層(40歳 - 64歳)を対象とする初めての調査も行った。それらの調査によると、若年層の引きこもり当事者は約54万人、中高年層の引きこもり当事者は約61万人、合わせて約115万人と推計されている[1][2]

定義と呼称の歴史編集

「引きこもり」とは英語からの訳語で、出典はアメリカ精神医学会編纂の『DSM-III』の診断基準におけるSocial Withdrawal(社会的撤退)という用語だった。

「引きこもり」の意味は時代とともに変化している。かつては、後述のように、隠遁や病気療養を指して使われたが、平成30年度の厚生労働白書では「様々な要因の結果として、社会的参加を回避し、原則的には6か月以上にわたっておおむね家庭内にとどまり続けている状態を指す現象概念」と定義し、報告に一節を割いている。

様々な要因の結果として、社会的参加を回避し、原則的には6か月以上にわたっておおむね家庭内にとどまりつづけている状態を指す現象概念である。なお、ひきこもりは原則として統合失調症の陽性あるいは陰性症状に基づくひきこもり状態とは一線を画した非精神病性の現象とするが、実際には確定診断がなされる前の統合失調症が含まれている可能性は低くないことに留意すべきである。 — 思春期のひきこもりをもたらす精神科疾患の実態把握と精神医学的治療・援助システムの構築に関する研究

また、次のような定義もある。

「安心できる場所に退避する状態」 — Association of Relatives And Friends of the Mentally Ill

吉川幸次郎『宋詩概説』には「弾劾されて失脚し、遠く江蘇の蘇州に、別荘を買って『蹌浪亭』と名づけたのにひきこもり」という公職に就いていない、または官職を辞した状態を意味する用例や(岩波文庫版P124、初出1962年)、横山光輝の『三国志』(希望コミックス版24巻、潮出版社、1981年)にも(諸葛亮の台詞として)「これは隆中にひきこもっているころ聞いたのですが」といった用例がある。なお、第2次橋本内閣までは、首相の病気による内閣総理大臣臨時代理の辞令に「内閣総理大臣何某病気引きこもり中内閣法第九条の規定により……」と記載されていた。

前述した厚生労働省が定義しているような「引きこもり」の用法が生まれたのは平成年間以降である。

ニートとの違い編集

引きこもりに類似する用語として、就学・就労していない、また職業訓練も受けていないことを意味する「ニート」(若年無業者)という用語がある。引きこもりとニートは別物という見方が多いが、厚生労働省が実施した調査では、いわゆる引きこもりの状態にある者(調査では20 - 49歳)をニートの「就業希望を有しない者」に含めている。つまり、引きこもりを「ニート」に含めて扱っている。

統計編集

日本編集

内閣府「若者の生活に関する調査報告書」(2016年)
  満15歳から満39歳の者
狭義のひきこもり
  • ふだんは家にいるが、近所のコンビニなどには出かける
  • 自室からは出るが、家からは出ない
  • 自室からほとんど出ない
17.6万人 54.1万人
広義のひきこもり
  • ふだんは家にいるが、自分の趣味に関する用事のときだけ外出する

定量的な数値編集

厚生労働省の調査結果では、引きこもりを経験した者は1.2%、現在20歳代の者では2.4%が一度は引きこもりを経験していた。男性に約4倍多い。高学歴家庭では、約20人に1人が引きこもりを経験していた。家庭が経済的に困窮していたかどうかは引きこもりと関係ない。また、発達障害者が3割程度含まれることを確認した。

内閣府は、引きこもりの実態を把握するために、若年層(15歳 - 39歳)を対象に調査を行っている。しかし、引きこもりが長期化する人が増えていることから、2018年12月、中高年層(40歳 - 64歳)を対象とする初めての調査を行った。その推計では、中高年層における引きこもりは61万3000人に上る。内閣府平成27年度調査では「不登校」、「職場になじめなかったこと」、「就職活動がうまくいかなかった」、「人間関係がうまくいかなかった」という、学生時代に直面した問題が引きこもりの切っ掛けとして上位に挙がっていた。しかし、平成30年度調査においては、「退職したこと」、「人間関係がうまくいかなかったこと」、「病気」、「職場になじめなかったこと」という、社会人として直面する問題が切っ掛けとして上位となっている。

高齢化と長期化編集

2010年代中盤まで、引きこもりは若者の問題であると考えられており、不登校問題と同一視されてきた経緯から、支援対象者は10歳代から20歳代を想定した場合がほとんどであった。内閣府は2016年9月、サンプル調査に基づき、15 - 39歳の若年層の引きこもりが全国で約54.1万人(統合失調症の者も含めた場合、約56.3万人)に上るとの推計を公表した。その内、準引きこもり(ふだんは家にいるが、自分の趣味に関する用事のときだけ外出する)が約36.5万人、狭義のひきこもり(近所のコンビニなど近場以外に外出しない状態か殆ど家に出ない状態)が約17.6万人であった。内閣府調査で対象外だった40歳以上の引きこもりについて、KHJ全国ひきこもり家族会連合会は、16万人いると推計している。

近年では引きこもりの長期化や、社会に出た後に引きこもりになってしまうケースなどにより、20歳代や30歳代以上が増加している。KHJが2016年から2017年にかけて実施したアンケートでは、引きこもりの平均年齢は33.5歳、40歳代も25%が占めた。引きこもりの平均期間は10.8年間で、調査対象の16%は20年以上に及んでいた。支える家族の平均年齢は64.1歳と高齢化している。2割近いという調査結果もある。

山形県が2013年に引きこもりの実態を調査したところ、15歳以上の県民のうち、引きこもりは1,607人だった。そのうち40代以上が717人だった。これはほぼ半数が高齢の引きこもりであるということを示している。

就職氷河期世代の高齢化などにより、引きこもりが中高年になっても続く傾向は2010年以前から指摘されていた。この年齢層では支援の方法も限られてしまい、支援団体でも支援対象者に年齢制限を設けている場合がある。引きこもりの子を養っている親が老年期に入ると、経済的・体力的に行き詰まってしまう場合が多い。このためKHJのように、中高年に達した引きこもりの子を持つ親も参加できる支援団体もあるほか、親の退職・死亡後も子が引きこもりから抜け出せないことを前提に、生活資金の確保や物価が安い地域への引っ越しといった「サバイバルプラン」を助言するファイナンシャルプランナーもいる。高齢化がさらに進むことで、介護が必要な80代の親と50代の引きこもりとの親子関係における問題があるとする「8050問題」についてメディアが積極的に追求・報道するなど社会問題に発展している。

政府の引きこもり支援は内閣府の「子ども・若者育成支援推進法」に基づき、当初は34歳までを上限としていたが、後に39歳までに変更し、支援対象者を年齢で線引きしてきた。[3]また、内閣府は引きこもりの実態を把握するために、15歳から39歳までの主に若者を対象に調査してきた。引きこもりが長期化する人が増えていることから、2018年12月、40歳から64歳を対象とする初めての調査を行ったところ、40歳から64歳で引きこもりの人は推計で61万3000人おり、内閣府が2015年度に実施した調査で1若年層を推計した54万1000人を上回っていた[4]。その内、準引きこもり(ふだんは家にいるが、自分の趣味に関する用事のときだけ外出する)が約24万8000人、狭義のひきこもり(近所のコンビニなど近場以外に外出しない状態か殆ど家に出ない状態)が約36万5000人であった。また、40 - 44歳の層では、就職氷河期による影響の為、殆どの大学短大専門学校の新卒者が就職活動する時期に当たる20 - 24歳の時期にひきこもりが始まった人が目立っていた。更に引きこもり期間については、中高年引きこもりの約21.2%が3〜5年が最も多かったと同時に、10年以上の者は約36.1%を占めていた。その内、30年以上引きこもっていた者は、10年以上引きこもりをしている中高年の約17.7%であった。

世界各国編集

フランス編集

フランスでは、伝統的に、何世紀も前から、人間と会いたがらない人のことを「misanthrope」(ミザントロープ)と言う。日本語では「人間嫌い」などと訳されている[5]

イギリス編集

英語圏では、もともと、ある人が社会と距離を置くような態度をとることや、その行動パターンは、あえて言うと「social withdrawal」と言う。

英語圏で、日本でも社会と距離を置く人々がおり、だが日本独特のパターンがある、ということが知られると、オックスフォード英語辞典は2010年8月、第3版に「hikikomori」の単語を収録し、定義文として“社会との接触を異常なまでに避けること”を掲載、補足の説明文として“一般的には若い男性に多い”を掲載した。

BBC が日本の引きこもりについての番組を放映した時に、複数のイギリスの視聴者から「同様の経験を持つ」とのコメントが寄せられた。イギリスでは孤独問題が社会問題になっており、2018年に孤独問題担当国務大臣を設置して孤独対策に力を入れ始めた。

イタリア編集

イタリアでも引きこもりが目立ってきており、同国の新聞が特集記事を組んだこともある。イタリアには引きこもり状態の若者が10万人程度いるとの推計もあるが、正確な実態は不明である。問題への認識は従来薄かったが、2017年6月に日本の取り組みを参考にした支援団体「HIKIKOMORIイタリア」(本部ミラノ)が発足するなど、対策が取られつつある。

アジア諸国編集

韓国台湾香港などでも確認されている。

国立精神・神経センター精神保健研究所による引きこもり概念の説明編集

厚生労働省/国立精神・神経センター精神保健研究所社会復帰部による 「ひきこもり」の概念は以下である。

  • 「ひきこもり」は、単一の疾患や障害の概念ではない
  • 「ひきこもり」の実態は多彩である
  • 生物学的要因が強く関与している場合もある
  • 明確な疾患や障害の存在が考えられない場合もある
  • 「ひきこもり」の長期化はひとつの特徴である
  • 長期化は、以下のようないくつかの側面から理解することができる
    • 生物学的側面
    • 心理的側面
    • 社会的側面
  • 「ひきこもり」は精神保健福祉の対象である
— 国立精神・神経センター 2003

※調査対象者は次の条件をすべて満たす80例(男66例女14例)。初診時の年齢が12歳 - 34歳(平均19.8歳)、調査時点で13歳 - 37歳(平均21.8歳)。

  • 統合失調症躁うつ病、器質性精神病などの基礎疾患がないこと
  • 初診時点で3か月以上の無気力・引きこもり状態があること
  • 1989年6月の時点で、本人との治療関係が6か月以上続いていること
  • 少なくとも本人が5回以上来院していること(家族のみの相談も多いため)
  • 評価表を記入するための資料が十分にそろっていること

精神疾患編集

日本のある研究では、引きこもり(6カ月以上自宅に滞在)を理由として精神保健福祉センターにカウンセリングに訪れた16-35歳のうち、その80%は精神疾患が診断され、その33%は統合失調症もしくは気分障害、32%は一般的発達障害もしくは精神遅滞、34%はパーソナリティ障害もしくは適応障害であった[6]。ただし実際重度の強迫性障害や統合失調症は就労不可能である場合がほとんどであり、諸外国もそういう疾患を非就労とは換算しない。

諸分析・諸見解編集

厚生労働省の調査結果では、56%の引きこもり経験者がこれまでに精神障害を経験していた。しかし精神障害の経験なしの者も44%あった。引きこもりと同時期の精神障害の発症は多くない。

厚生労働省の調査研究班が、引きこもり支援にあたる専門機関の職員などに向けた「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」をとりまとめた。全国5か所の精神保健福祉センターにおいて、引きこもりの相談に訪れた当事者184人(16歳 - 35歳)を対象に精神科診断を行なったもの。調査結果によると、何らかの精神障害を有していると診断されたのは149人。分類不可とされた1名を除き、

  1. 統合失調症などを有し、薬物療法を必要とする群(49人)
  2. 広汎性発達障害など、生活・就労支援が必要となる群(48人)
  3. パーソナリティ障害など、心理療法的支援が必要となる群(51人)という、3つに分類された[6]

諸問題編集

8050問題編集

中高年の引きこもりが直面する問題に8050問題がある。これは80歳を超えた親が引きこもりに陥った中高年の子を支える事で発生する様々な問題の総称である[7][8][9]

引き出し屋編集

引きこもりの解決を謳う業者の中には、本人を無理やり連れ出し施設に収容し、さらに施設においても人権を侵害されるようなケースがあり、「引き出し屋」または「引き出し業者」として問題視されている[10]。引き出し屋の施設に入れられた引きこもりが、精神的なストレスによるPTSDや引きこもりの悪化、自殺企図に至るケースもある[11]

脚注編集

[脚注の使い方]

注釈編集

出典編集

  1. ^ 【日本経済新聞】中高年ひきこもり61万人 内閣府が初調査2019年3月29人
  2. ^ 【NHK】推計61万人!中高年のひきこもり2019年4月10日
  3. ^ “全国で推計50万人! 40歳以上の"ひきこもり中年"たちは、なぜ公的支援の対象から外され続けてきたのか?”.  週プレNEWS. (2018年10月28日). https://wpb.shueisha.co.jp/news/society/2018/10/28/107403/ 
  4. ^ 中高年ひきこもり61万人 初の全国調査、若年層上回る2019年3月29日朝日新聞デジタル
  5. ^ ミザントロープ コトバンク
  6. ^ a b 長期化するひきこもりへの支援〜精神保健からのアプローチ〜 (PDF) 長野県精神保健福祉センター 大沼泰枝 小泉典章
  7. ^ 日本放送協会. “「8050問題」とは? 求められる多様な支援 - 記事 | NHK ハートネット” (日本語). NHKハートネット 福祉情報総合サイト. 2022年11月23日閲覧。
  8. ^ 「8050問題」の本当の原因とは? 親子共倒れの悲劇を生まないためにできること|tayorini by LIFULL介護” (日本語). tayorini by LIFULL介護. 2022年11月23日閲覧。
  9. ^ 高齢者のひきこもりが増加している?8050問題が起こる理由や対策方法も解説|サービス付き高齢者向け住宅の学研ココファン” (日本語). サービス付き高齢者向け住宅の学研ココファン. 2022年11月23日閲覧。
  10. ^ 読売新聞 2019年7月15日 15面掲載
  11. ^ 「週刊女性PRIME」編集部. “まるで"強制収容所"引きこもり支援の壮絶実態”. 東洋経済 ONLINE. 東京経済新報社. 2020年11月3日閲覧。

参考文献編集

  • 10代・20代を中心とした「ひきこもり」をめぐる地域精神保健活動のガイドライン (Report). 国立精神・神経センター. (2003). https://www.mhlw.go.jp/topics/2003/07/tp0728-1.html. 
  • Fit Mind, Fit Job - From Evidence to Practice in Mental Health and Work (Report). OECD. (2015-03). doi:10.1787/9789264228283-en. 
  • 池上正樹 『大人のひきこもり 本当は「外に出る理由」を探している人たち』講談社講談社現代新書〉、2014年。ISBN 978-4062882866 

関連項目編集

引きこもりが加害者となる事件編集

外部リンク編集