朝鮮大妃の一覧

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朝鮮大妃の一覧(ちょうせんたいひのいちらん)では、李氏朝鮮大妃、および大王大妃のその他詳細を列記する。朝鮮の大妃の地位については王大妃を参照。

歴代大妃編集

純貞孝皇后と哲仁王后を除いて、殆どが王大妃となった人物である。

諡号 時世 配偶者 別称 本貫 在位期間 王陵 備考
定安王后 太宗 定宗 徳嬪
徳妃
順徳王太妃
慶州金氏 1400年 - 1412年 厚陵 朝鮮初の王大妃。
元敬王后 世宗 太宗 靖寧翁主
貞嬪
静妃
厚徳王太妃
驪興閔氏 1418年 - 1422年 献陵
定順王后 世祖 端宗 懿徳王大妃 礪山宋氏 1455年 - 1457年 思陵
貞熹王后 睿宗 世祖 楽浪府大夫人
慈聖王大妃
慈聖大王大妃
坡平尹氏 1468年 - 1469年 光陵 孫の成宗が幼かったため、朝鮮初の垂簾聴政を行った。
昭恵王后 成宗 徳宗 粋嬪
仁粋王妃
仁粋王大妃
仁粋大王大妃
清州韓氏 1475年 - 1494年(追尊) 敬陵
安順王后 成宗 睿宗 仁恵王大妃
明懿大王大妃
清州韓氏 1469年 - 1494年 昌陵
貞顕王后 燕山君
中宗
成宗 慈順王大妃 坡平尹氏 1494年 - 1530年 宣陵
文定王后 仁宗 中宗 聖烈大王大妃 坡平尹氏 1544年 - 1545年 泰陵 幼い息子の明宗に代わって、垂簾聴政を実施。垂簾聴政後も、政権を掌握。
仁聖王后 明宗
宣祖
仁宗 恭懿王大妃 潘南朴氏 1545年 - 1578年 孝陵
仁順王后 宣祖 明宗 懿聖王大妃 青松沈氏 1567年 - 1575年 康陵
仁穆王后 光海君
仁祖
宣祖 昭聖王大妃
明烈大王大妃
延安金氏 1608年 - 1618年
1623年 - 1624年
穆陵 大妃の地位を廃され、側室に降格。継子の光海君に慶運宮に幽閉されていた。仁祖が起こしたクーデターで名誉を回復。
荘烈王后 孝宗 仁祖 慈懿王大妃
慈懿恭慎大王大妃
楊州趙氏 1649年 - 1659年 徽陵 存命中に2度の礼訟論争があった。
仁宣王后 顕宗 孝宗 豊安府夫人
孝粛王大妃
徳水張氏 1659年 - 1674年 寧陵
明聖王后 粛宗 顕宗 顕烈王大妃 清風金氏 1674年 - 1684年 崇陵 息子の粛宗が王になると、国政に深く干渉した。
仁元王后 景宗 粛宗 恵順王大妃
恵順慈敬大王大妃
慶州金氏 1720年 - 1724年 明陵
宣懿王后 英祖 景宗 敬純王大妃 咸従魚氏 1724年 - 1730年 懿陵
貞純王后 正祖 英祖 睿順王大妃
睿順聖哲大王大妃
慶州金氏 1776年 - 1800年 元陵 純祖在位時に3年間の垂簾聴政を行った。
孝懿王后 純祖 正祖 孝懿宣皇后 清風金氏 1800年 - 1821年 健陵
純元王后 憲宗 純祖 明敬王大妃
文仁光聖大王大妃
純元粛皇后
安東金氏 1834年 仁陵 存命中に2度の垂簾聴政を行った。
神貞王后 憲宗
哲宗
翼宗 孝裕王大妃
宣敬純化大王大妃
神貞翼皇后
豊壌趙氏 1834年 - 1857年(追尊) 綏陵 幼くして、国王になった養子の高宗のために興宣大院君と共に垂簾聴政を行った。
孝定王后 哲宗
高宗
憲宗 明憲大妃
明憲王大妃
明憲王太后
明憲太后
孝定成皇后
南陽洪氏 1849年 - 1904年 景陵
哲仁王后 高宗 哲宗 明純大妃
哲仁章皇后
安東金氏 1863年 - 1878年 睿陵
純貞孝皇后 日本統治時代
大韓民国
純宗 李王妃
李王大妃
海平尹氏 1926年 - 1966年 裕陵 大韓帝国皇太后

歴代大王大妃編集

諡号 時世 配偶者 本貫 在位期間
貞熹王后 睿宗 世祖 坡平尹氏 1469年 - 1483年
昭恵王后 燕山君 徳宗 清州韓氏 1495年 - 1504年(追尊)
安順王后 燕山君 睿宗 清州韓氏 1495年 - 1499年
文定王后 明宗 中宗 坡平尹氏 1545年 - 1565年
仁穆王后 仁祖 宣祖 延安金氏 1624年 - 1632年
荘烈王后 顕宗
粛宗
仁祖 楊州趙氏 1659年 - 1688年
仁元王后 英祖 粛宗 慶州金氏 1724年 - 1757年
貞純王后 純祖 英祖 慶州金氏 1800年 - 1805年
純元王后 憲宗 純祖 安東金氏 1834年 - 1857年
神貞王后 憲宗
哲宗
翼宗 豊壌趙氏 1857年 - 1890年(追尊)

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