江刺市

日本の岩手県にあった市

江刺市(えさしし)は、岩手県内陸中南部に存在した

えさしし
江刺市
えさし藤原の郷
江刺市旗
江刺市章
江刺市旗 江刺市章
廃止日 2006年2月20日
廃止理由 新設合併
江刺市水沢市前沢町胆沢町衣川村奥州市
現在の自治体 奥州市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 岩手県
市町村コード 03212-3
面積 362.50km2
総人口 32,457
推計人口、2006年2月1日)
隣接自治体 北上市遠野市水沢市一関市花巻市気仙郡住田町胆沢郡金ケ崎町
市の木 けやき
市の花 れんげつつじ
市の鳥 かっこう
江刺市役所
所在地 023-1192
岩手県江刺市大通り1番8号
(現在の奥州市江刺大通り1番8号)
座標 北緯39度11分29秒 東経141度10分25秒 / 北緯39.19147度 東経141.17361度 / 39.19147; 141.17361座標: 北緯39度11分29秒 東経141度10分25秒 / 北緯39.19147度 東経141.17361度 / 39.19147; 141.17361
江刺市、県内位置図
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2006年(平成18年)2月20日に、水沢市胆沢郡胆沢町前沢町衣川村と合併して奥州市となり、消滅した。

現在は奥州市の北東部を占める。

歴史編集

江刺の語源編集

胆沢郡の前方を意味するイサキ(胆前)が転訛したとする説や、アイヌ語のエサウシ(esausi) に由来しているという説(意味は「頭を前(川)に突き出している者」)、「餌差(エサシ)」の意で鷹の餌となる小鳥を捕える業者のいた所など、諸説あり。

沿革編集

町村制施行による各町村の成立については江刺郡の項目を参照のこと

行政編集

歴代市長編集

特記なき場合『日本の歴代市長 : 市制施行百年の歩み』などによる[1]

氏名 就任 退任 備考
1 依田養七 1954年(昭和29年)4月1日 1959年(昭和34年)3月12日 旧江刺町長
2 渡辺長純 1959年(昭和34年)3月13日 1967年(昭和42年)3月12日
3 佐藤菊蔵 1967年(昭和42年)3月13日 1971年(昭和46年)3月12日
4 渡辺長純 1971年(昭和46年)3月13日 1979年(昭和54年)3月12日
5 菊地喜久男 1979年(昭和54年)3月13日 1983年(昭和58年)3月12日
6 及川勉 1983年(昭和58年)3月13日 2003年(平成15年)3月12日
7 相原正明 2003年(平成15年)3月13日 2006年(平成18年)2月19日 廃止

姉妹都市・友好都市編集

海外編集

教育編集

小学校編集

  • 江刺市立伊手小学校
  • 江刺市立稲瀬小学校
  • 江刺市立愛宕小学校
  • 江刺市立岩谷堂小学校
  • 江刺市立玉里小学校
  • 江刺市立大田代小学校
  • 江刺市立田原小学校
  • 江刺市立広瀬小学校
  • 江刺市立藤里小学校
  • 江刺市立梁川小学校
  • 江刺市立人首小学校
  • 江刺市立木細工小学校

中学校編集

高等学校編集

交通編集

鉄道路線編集

東北新幹線が通過していたが駅はなかった。市名が付く水沢江刺駅は旧水沢市域にあった。

バス編集

道路編集

観光編集

歴史公園「えさし藤原の郷」があり、NHK大河ドラマ炎立つ』『秀吉』『利家とまつ〜加賀百万石物語〜』『義経』のメインロケ地。奥州藤原氏の祖、『藤原清衡(ふじわらのきよひら)』の生誕地であり、居城であった『豊田館跡』がある。もともとこの地域は『江刺郡』という名称であった。

祭り編集

郷土芸能編集

今でも江刺市米里兄和田地区で踊り伝われている。江刺市立人首小学校では、兄和田剣舞が小学校四年生以上の必修となっている。

特産品編集

食べ物編集

物産編集

出身有名人編集

脚注編集

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参考文献編集

  • 歴代知事編纂会 編集 『日本の歴代市長 : 市制施行百年の歩み』 第1巻 歴代知事編纂会、1983年。 

関連項目編集

外部リンク編集