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本来の表記は「熊﨑勝彦」です。この記事に付けられた題名は技術的な制限または記事名の制約により不正確なものとなっています。

熊崎 勝彦(くまざき かつひこ、1942年1月24日 - )は、日本の元検察官弁護士第一東京弁護士会)、熊崎勝彦綜合法律事務所 所長。元・最高検察庁公安部長。東京地方検察庁特別捜査部長(東京地検特捜部長)を経験している。吉本興業株式会社顧問。第13代日本野球機構コミッショナー

くまざき かつひこ
熊﨑 勝彦
生誕 (1942-01-24) 1942年1月24日(77歳)
岐阜県益田郡萩原町(現・下呂市
国籍 日本の旗 日本
出身校 明治大学法学部
職業 検察官
弁護士
肩書き 日本プロ野球コミッショナー顧問
任期 2014年1月1日 - 2017年11月27日
前任者 加藤良三
後任者 斉藤惇

目次

人物編集

1942年1月24日岐阜県益田郡萩原町(現・下呂市)出身。岐阜県立益田高等学校(現・岐阜県立益田清風高等学校)、明治大学法学部を経て、旧司法試験に合格。1972年30歳で検事任官。同期に大林宏(元検事総長)・横田尤孝最高裁判所裁判官)・中尾巧(元大阪高等検察庁検事長)・三井環(元大阪高等検察庁公安部長)などがいる。

横浜地方検察庁時代には検察官として藤沢母娘殺人事件警察庁広域重要指定112号事件)の被告人(2007年12月に死刑執行)を取り調べたほか[1]東京地検特捜部部長時代は上司の次席検事・石川達紘らと共に金丸信の脱税事件、ゼネコン汚職事件大蔵省接待汚職事件に関わった。退官後は弁護士。「発掘!あるある大事典」捏造問題では、社外調査委員会委員長を務めた。

日本野球機構にてコミッショナー顧問及び年俸調停委員会委員長を務め[2]、2014年1月1日より日本プロ野球コミッショナーに就任すると共に[3]野球殿堂博物館理事長に就任している[4]

2017年11月26日、任期満了によりプロ野球コミッショナーを退任し、新コミッショナーには斉藤惇が就任。自身はコミッショナー顧問に就任した。[5]

略歴編集

出演編集

脚注編集

  1. ^ 『読売新聞』1982年10月13日第14版神奈川版横浜読売地域面21面「残忍犯行生々しく 冒頭陳述要旨」
  2. ^ 扮装解決手続の公平化 日本プロ野球選手会オフィシャルサイト
  3. ^ a b コミッショナーに元特捜部長、熊崎勝彦氏選任「スピード感持って進める」 産経新聞 2013年12月26日閲覧
  4. ^ 概要 野球殿堂博物館オフィシャルサイト
  5. ^ a b 新コミッショナーに斉藤惇氏 前日本取引所グループCEO オーナー会議で選出 産経新聞 2018年1月2日閲覧

関連項目編集

外部リンク編集