犬上郡

日本の滋賀県(近江国)の郡

犬上郡(いぬかみぐん)は、滋賀県近江国)の

滋賀県犬上郡の位置(1.豊郷町 2.甲良町 3.多賀町 黄:明治期 薄緑:後に他郡から編入した区域)

人口20,641人、面積157.2km²、人口密度131人/km²。(2022年9月1日、推計人口

以下の3町を含む。

郡域編集

1879年明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、下記の区域にあたる。

地理編集

東部地域は南北に走る鈴鹿山脈の西麓にあたり、東麓側にある三重県いなべ市(旧・員弁郡)および岐阜県大垣市上石津地域自治区(旧・養老郡)と県境を接する。主な山として霊仙山三国岳がある。多賀町域の山間部は石灰岩帯であり、総延長距離全国第4位の大洞窟として知られる鍾乳洞河内風穴を擁している。

地域は扇状地であり、標高は東に高く、西に低い。最も面積の大きい多賀町は町域の大半が山地であり、平地が少ないのに対して、甲良町と豊郷町は全域が平地である。そして、これらの平地は湖東平野の一部をなしている。

地域の北部を流れる芹川は、霊仙山に発して西進し、彦根市域に入ったのち、琵琶湖に流入する。南部を流れる犬上川は、東方の鈴鹿山脈に発した北谷川と南谷川が多賀町川相(かわない)で合流し、犬上川となって西進。多賀町域から甲良町域・彦根市域を経て琵琶湖に達している。また、最も南部を流れる宇曽川は、鈴鹿山麓の東近江市北東部の永源寺地区の北東に発して西進し、愛知郡愛荘町域・豊郷町域・彦根市域を経て琵琶湖に注ぐ。

中世以前編集

近世以前は、いぬがみのこおり、いぬがみこおり、いぬがみごおり、いぬかみごおり、とも呼ばれた。日本武尊(やまとたけるのみこと)の子・稲依別王の後裔と『記紀』に記載される地方豪族犬上君(いぬがみのきみ、犬上氏)や、天津彦根命の後裔で三上氏の同族である犬上県主(いぬがみのあがたぬし)らが勢力的地盤としていた地域であり、郡名もそれら氏族の名に由来している。

古代編集

下記のが置かれた。

  • 多賀郷(たがのごう) / 多可郷(たかのごう)
  • 水沼村(みぬまむら) - 現在の多賀町敏満寺尼子の南部一帯にあった。現存する日本最古の地図の一つであり、現存する世界最古の地籍図の一つとも考えられる「東大寺領近江国水沼村墾田図」(天平勝宝3年〈751年〉に作成された絵地図。正倉院所蔵)で有名[2]。後世、東大寺荘園となる[3]
  • 甲良郷(かわらのごう)
  • 安食郷(あじきのごう、あんじきのごう) - 現・豊郷町域の半分。阿直岐氏の居住地とされる。
  • 覇流村(へるむら) - 犬上郡と愛智郡の郡境で琵琶湖と荒神山に挟まれた曽根沼(現在は彦根市に所在)一帯。「東大寺領近江国水沼村墾田図」に記された水沼村と同様、「東大寺近江国開田図」に記述がある。後世、東大寺の荘園となる[3]

中世編集

下記の荘が置かれた。

近世以降編集

 
『木曽海道六拾九次之内 高宮』
天保6 - 8年(1835年-1837年)頃、歌川広重[4]

江戸時代には中山道が郡の中央を南北に走り、犬上郡内の宿場としては高宮宿(64番目、現・彦根市高宮町)が設けられていた。また、旧・坂田郡の鳥居本宿(63番目、現・彦根市鳥居本町)を北の起点として始まる朝鮮人街道も郡内を通っていた。ただしこれらの全ては現在、近代になって犬上郡から分かれた彦根市の市域となっている。

近代以降の沿革編集

  • 明治初年時点で、全域が彦根藩領であった。「旧高旧領取調帳」に記載されている村は以下の通り。●は村内に寺社領が存在。(1町124村)
彦根町[5]、後三条村、松原村、中藪村、長曽根村[6]、里根村、大藪村、開出今村、野瀬村、宇尾村、八坂村、甘呂村、西今村、竹ヶ鼻村、平田村、小泉村、岡村、東沼波村、正法寺村、戸賀村、山之脇村、西沼波村、地蔵村、高宮村、野田山村、土田村、月ノ木村、小林村、曽我村、久徳村、大堀村、中川原村、一円村、栗栖村、八重練村、●多賀村、敏満寺村、四手村、大岡村、猿木村、大尼子村、今畑村、落合村、入谷村、桃原村、杉村、甲頭倉村、屏風村、後谷村[7]、水谷村、保月村、河内村、五僧村、向ノ倉村、富之尾村、藤瀬村、川相村、霜ヶ原村、霜ヶ原村出屋敷、佐目村、南後谷村[8]、大君ヶ畑村、萱原村、一ノ瀬村、大杉村、小原村、仏ヶ後村、樋田村、長寺村、金屋村、●池寺村、北落村、小川原村、楢崎村、横関村、正楽寺村、法養寺村、在士村、下之郷村、八目村、雨降野村、尼子村、八町村、石畑村、四十九院村、南川瀬村、川瀬馬場村、野口村、極楽寺村、葛籠町村、西葛籠町村、森堂村、法士村、普賢寺村、蓮台寺村、堀村、金剛寺村、辻堂村、太堂村、明福寺村、楡村、安食中村、安食西村、安食南村、北山崎村、大山崎村、小山崎村、小田部村、茂賀村、●清水村、島村、中沢村、泉村、妙楽寺村、安田村、筒井村、五僧田村、寺村、須越村、三津屋村、大橋村、大橋中村[9]、外町村[9]、安清村、出町村[10]
  • 明治4年
  • 明治5年
  • 明治7年(1874年)(1町110村)
    • 5月
      • 彦根町の一部(佐和町および北新町の一部)が分立して古沢村となる。
      • 明福寺村・楡村・安食中村が合併して千尋村となる。
      • 大山崎村・小山崎村・小田部村・茂賀村が合併して賀田山村となる。
      • 大橋村・大橋中村・外町村が合併して芹川村となる。
    • 10月
      • 普賢寺村の一部(枝郷大野)が分立して広野村となる。
      • 中藪村・長曽根村が合併して中根村となる。
    • 霜ヶ原村出屋敷が霜ヶ原村から正式に独立して壺村となる。
    • 安食南村の一部が分立して三ツ池村となる。
    • 高宮村の一部が分立して呉竹村となる。
    • 小林村・曽我村が合併して木曽村となる。
    • 今畑村・落合村・入谷村が合併して霊仙村となる。
    • 島村・中沢村・泉村・妙楽寺村・安田村・筒井村・五僧田村・寺村が合併して日夏村となる。
  • 明治12年(1879年)(1町107村)
    • 3月
      • 法士村・普賢寺村が合併して犬方村となる。
      • 北山崎村・清水村が合併して清崎村となる。
    • 5月16日 - 郡区町村編制法の滋賀県での施行により、行政区画としての犬上郡が発足。郡役所が彦根町に設置。
    • 11月 - 芹川村の一部が彦根町に編入[11]
    • 大尼子村が多賀村に合併。
  • 明治14年(1881年)2月 - 中根村が分割されて中藪村・長曽根村となる。(1町108村)
  • 明治19年(1886年)9月 - 千尋村の一部が分立して楡村・安食中村となる。(1町110村)

町村制以降の沿革編集

 
1.彦根町 2.北青柳村 3.磯田村 4.南青柳村 5.福満村 6.青波村 7.千本村 8.高宮町 9.川瀬村 10.日夏村 11.安水村 12.豊郷村 13.西甲良村 14.東甲良村 15.大滝村 16.多賀村 17.久徳村 18.芹谷村 19.脇ヶ畑村(紫:彦根市 桃:多賀町 赤:甲良町 橙:豊郷町)
  • 明治22年(1889年4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。(1町18村)
    • 彦根町(彦根町[12]が単独町制。現・彦根市)
    • 北青柳村 ← 中藪村、長曽根村、松原村(現・彦根市)
    • 磯田村 ← 八坂村、大藪村、須越村、三津屋村(現・彦根市)
    • 南青柳村 ← 甘呂村、開出今村(現・彦根市)
    • 福満村 ← 竹ヶ鼻村、宇尾村、西今村、野瀬村、戸賀村、平田村、小泉村(現・彦根市)
    • 青波村 ← 岡村、山之脇村、後三条村、芹川村、里根村、安清村、古沢村(現・彦根市)
    • 千本村 ← 野田山村、正法寺村、大堀村、東沼波村、西沼波村、地蔵村(現・彦根市)
    • 高宮村(単独村制。現・彦根市)
    • 川瀬村 ← 蓮台寺村、辻堂村、極楽寺村、森堂村、金剛寺村、堀村、広野村、犬方村、川瀬馬場村、南川瀬村、野口村、西葛籠町村、葛籠町村、出町村(現・彦根市)
    • 日夏村(単独村制。現・彦根市)
    • 安水村 ← 清崎村、賀田山村、安食中村、楡村、太堂村、千尋村(現・彦根市)
    • 豊郷村 ← 安食西村、安食南村、三ツ池村、四十九院村、石畑村、八目村、雨降野村、八町村(現・豊郷町)
    • 西甲良村 ← 尼子村、在士村、下之郷村、小川原村、呉竹村(現・甲良町)
    • 東甲良村 ← 横関村、北落村、法養寺村、長寺村、金屋村、池寺村、正楽寺村(現・甲良町)
    • 大滝村 ← 藤瀬村、川相村、一ノ瀬村、仏ヶ後村、大杉村、樋田村、萱原村、楢崎村、壷村、小原村、霜ヶ原村、南後谷村、佐目村、大君ヶ畑村、富之尾村(現・多賀町)
    • 多賀村 ← 四手村、多賀村、敏満寺村、土田村、猿木村(現・多賀町)
    • 久徳村 ← 八重練村、大岡村、栗栖村、一円村、久徳村、月ノ木村、中川原村、木曽村(現・多賀町)
    • 芹谷村 ← 水谷村、桃原村、屏風村、後谷村、向之倉村、甲頭倉村、河内村、霊仙村(現・多賀町)
    • 脇ヶ畑村 ← 杉村、保月村、五僧村(現・多賀町)
  • 明治23年(1890年8月16日 - 川瀬村が改称して河瀬村となる。
  • 明治24年(1891年5月6日 - 北青柳村の一部(松原)が分立して松原村が発足。(1町19村)
  • 明治25年(1892年6月25日 - 安水村が改称して亀山村となる。
  • 明治31年(1898年)4月1日 - 郡制を施行。
  • 大正元年(1912年9月10日 - 高宮村が町制施行して高宮町となる。(2町18村)
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和12年(1937年2月11日 - 彦根町・松原村・青波村・北青柳村・福満村・千本村が合併して彦根市が発足し、郡より離脱。(1町13村)
  • 昭和16年(1941年11月3日 - 多賀村・久徳村・芹谷村が合併して多賀町が発足。(2町10村)
  • 昭和17年(1942年6月10日 - 磯田村・南青柳村が彦根市に編入。(2町8村)
  • 昭和25年(1950年)4月1日 - 日夏村が彦根市に編入。(2町7村)
  • 昭和30年(1955年)4月1日
    • 東甲良村・西甲良村が合併して甲良町が発足。(3町5村)
    • 多賀町・大滝村・脇ヶ畑村が合併し、改めて多賀町が発足。(3町3村)
  • 昭和31年(1956年9月30日(3町1村)
    • 河瀬村・亀山村が彦根市に編入。
    • 豊郷村が愛知郡日枝村と合併し、改めて犬上郡豊郷村が発足。
  • 昭和32年(1957年4月3日 - 高宮町が彦根市に編入。(2町1村)
  • 昭和46年(1971年)2月11日 - 豊郷村が町制施行して豊郷町となる。(3町)

変遷表編集

自治体の変遷
明治22年4月1日 明治22年 - 大正15年 昭和1年 - 昭和19年 昭和20年 - 昭和29年 昭和30年 - 昭和64年 平成1年 - 現在 現在
彦根町 彦根町 昭和12年2月11日
彦根市
彦根市 彦根市 彦根市 彦根市
北青柳村 北青柳村
明治24年5月6日
分立
松原村
青波村 青波村
福満村 福満村
千本村 千本村
磯田村 磯田村 昭和17年6月10日
彦根市に編入
南青柳村 南青柳村
日夏村 日夏村 日夏村 昭和25年4月1日
彦根市に編入
川瀬村 明治23年8月16日
改称
河瀬村
河瀬村 河瀬村 昭和31年9月30日
彦根市に編入
安水村 明治25年6月25日
改称
亀山村
亀山村 亀山村
高宮村 大正元年9月10日
町制施行
高宮町
高宮町 高宮町 昭和32年4月3日
彦根市に編入
多賀村 多賀村 昭和16年11月3日
多賀町
多賀町 昭和30年4月1日
多賀町
多賀町 多賀町
久徳村 久徳村
芹谷村 芹谷村
大滝村 大滝村 大滝村 大滝村
脇ヶ畑村 脇ヶ畑村 脇ヶ畑村 脇ヶ畑村
東甲良村 東甲良村 東甲良村 東甲良村 昭和30年4月1日
甲良町
甲良町 甲良町
西甲良村 西甲良村 西甲良村 西甲良村
豊郷村 豊郷村 豊郷村 豊郷村 昭和31年9月30日
豊郷村
昭和46年2月11日
町制施行
豊郷町
豊郷町 豊郷町
愛知郡
日枝村
愛知郡
日枝村
愛知郡
日枝村
愛知郡
日枝村

出身有名人編集

古代
中世
近世
近現代

行政編集

歴代郡長
氏名 就任年月日 退任年月日 備考
1 明治12年(1879年5月16日
大正15年(1926年6月30日 郡役所廃止により、廃官

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ 地区名で示すと鳥居本地区・稲枝地区を除いた地域。
  2. ^ 織田武雄 『地図の歴史 日本篇』 369巻、講談社講談社現代新書〉、1974年11月28日。ISBN 978-4-0611-5769-9 
  3. ^ a b c d 敏満寺西遺跡”. 滋賀県文化財学習シート 遺跡編(公式ウェブサイト). 滋賀県教育委員会事務局 文化財保護課. 2013年1月1日閲覧。
  4. ^ 中山道の脇往還である木曽街道を題材として描かれた名所絵揃物『木曽街道六十九次』の1枚。cf. 中山道六十九次
  5. ^ 彦根村・佐和町に分かれて記載。本項では便宜的に1町に数える。
  6. ^ 「旧高給領取調帳」には記載なし。石高は中藪村に含む。
  7. ^ 記載は「屏風・後谷村」。
  8. ^ 記載は後谷村。
  9. ^ a b 「旧高給領取調帳」には記載なし。石高は大橋村に含む。
  10. ^ 「旧高給領取調帳」には記載なし。
  11. ^ 彦根芹新町、彦根岡町、彦根芹中町、彦根大橋町となる。
  12. ^ この時点では、彦根京極下片原町、彦根尾末町、彦根金亀町、彦根連着町、彦根桶屋町、彦根四十九町、彦根上魚屋町、彦根下魚屋町、彦根職人町、彦根下藪下町、彦根西馬場町、彦根丸野木町、彦根石ヶ崎町、彦根内船町、彦根観音堂筋、彦根中島町、彦根一番町、彦根二番町、彦根三番町、彦根四番町、彦根五番町、彦根本町、彦根中藪上片原町、彦根中藪下片原町、彦根中藪下横町、彦根中藪土橋町、彦根東栄町、彦根西栄町、彦根下番衆町、彦根池洲町、彦根芹橋一丁目、彦根芹橋二丁目、彦根芹橋三丁目、彦根芹橋四丁目、彦根芹橋五丁目、彦根芹橋六丁目、彦根芹橋七丁目、彦根芹橋八丁目、彦根芹橋九丁目、彦根芹橋十丁目、彦根芹橋十一丁目、彦根芹橋十二丁目、彦根芹橋十三丁目、彦根芹橋十四丁目、彦根芹橋十五丁目、彦根勘定人町、彦根西池洲町、彦根小道具町、彦根鷹匠町、彦根餌指町、彦根彦根町、彦根柳町、彦根外船町、彦根北新町、彦根上瓦焼町、彦根下瓦焼町、彦根上藪下町、彦根上新屋敷町、彦根北組町、彦根東新町、彦根京町、彦根七十人町、彦根三筋町、彦根水流町、彦根百石町、彦根安清新屋敷町、彦根小藪町、彦根安養寺町、彦根平田町、彦根安養寺中町、彦根上番衆町、彦根中組西町、彦根中組東町、彦根江戸町、彦根外馬場町、彦根伊賀町、彦根河原町裏町、彦根旗手町、彦根上川原町、彦根巽町、彦根安清町、彦根袋町、彦根川原町、彦根橋本町、彦根土橋町、彦根芹新町、彦根岡町、彦根橋向町、彦根後三条町、彦根芹中町、彦根大橋町、彦根沼波町が存在。
  13. ^ 湖東焼の開祖 絹屋半兵衛 - 彦根のむかしばなし”. こどもひこねっと(公式ウェブサイト). 彦根市教育委員会事務局生涯学習課. 2012年12月23日閲覧。

参考文献編集

関連項目編集