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オーストリアen:EggenburgにあるKrahuletz-Museumに展示されている旧石器時代の石器
日本の旧石器時代の様々な打製石器
ギリシアアテネにあるギリシア国立考古学博物館に展示されている、新石器時代の石器、陶器、集落の様子。
韓国の新石器時代の石器
フランス、トゥールーズの博物館に展示されている石器。今から3300~2400年ほど前、新石器時代末期の矢頭(やがしら)。発見場所はフランスアヴェロン県fr:Saint-Léons、のドルメン支石墓)。(アヴェロン県はドルメンの類がおよそ800も見つかっている。fr:Sites mégalithiques de l'Aveyronも参照。)

石器(せっき、: stone tool)は、人間がを用いて製作し、使用した道具[1]材料として、それを加工して製作した道具利器武器の総称である。

概説編集

呼称の指す範囲

主として「手の延長」としての石製の道具を指し、石碑や墓石のようなものは「石器」に含めない。ただし日本の縄文時代儀式に使用されたと考えられる石棒のようなものまで「広義の石器」に含めることがある。石器は製作や使用に伴って、大量の石の破片(「石片」。剥片、砕片など)が生じる。これらは直接的には「道具」とよぶことはできないが、道具としての石器の製作や使用に深い関連があり、本来はその「本体の一部であったもの」にもあたることから、「石器」として扱う範囲にある[1]。(実際には、石を材料とした道具は現代でも、いくつかのもの、例えば石臼など[2]では、現代でも使われ続けているが)「石器」という用語は、(現代も現役で使われている石製の道具を指すためにはあまり使われず)おもに遺跡から遺物として発見される考古学的資料を指す[1]

石器が用いられるようになった時期

人間と石器とのかかわりは250万年以上前までさかのぼる[1]人類が使い始めた時期は、約330万年前とする説もある[3]ネアンデルタール人がすでに石器を使っていた(ネアンデルタール人は、(人類同士の関係としては、言わば「ホモサピエンスの兄貴分」に当たるような存在で)アフリカにいたホモ・ハイデルベルゲンシスが、アフリカから出て中東を経由して、30万年ほど前にヨーロッパまで進出した。ホモサピエンスよりも前にホモ・ハイデルベルゲンシスから枝分かれし、ホモサピエンスよりも数十万年も前にヨーロッパにまで進出していた人類。顔は眉骨が出ており、体格はホモサピエンスより横幅がやや広くがっしりしており、肌の色は白い。5~4万年ほど前、ホモサピエンスが遅れてヨーロッパに進出してきた時代にネアンデルタール人は絶滅。ただし、ユーラシア大陸に後からやってきたホモサピエンスと出会い(両者間の争いもあっただろうが)、両者が交わり子孫が生まれるということも起きていたようで、残された骨からDNA解析したところ、ホモサピエンスの遺伝子の1~2%程度がネアンデルタール人由来のものと判明。[4])。

この時点(はっきりしないが250万年~330万年前ころの、石器製造の証拠が残っている最初期の時代)で、すでに打ち割り面を複雑に組み合わせた加工がみられるので、単純な石の利用はさらにさかのぼるだろうと推察される[1]

先史時代時代区分は道具の材質を基準にして分けるということが行われており、石器は「石器時代Stone Age)」の呼称にも採用されており、人類史を研究する上で重要な要素のひとつともなっている。

研究法

石器の製作や使用方法については、(今日に見られる土俗・民俗例などから類推することもありはするが)できるだけ加工の痕跡や使用の痕跡などから復原的に理解することが必要である[1]。石器の表面に観察される「加工痕」と「使用痕」は厳密に区分され、製作実験や使用実験(→実験考古学)を通して追跡検討しながら、その石器を作り使った人の意図や仕組みにまでも迫る研究が行われるようになってきた[1]。 石器と石片の関係は、元になる石から一撃によって分かれた二者として、接合関係(分かれた二者がふたたびあわさる形状的関係)をもつ[1]。遺物について、その直接的な関係を確認する整理作業があり、分かれた二者を確認して、元の状況に戻す作業を「接合作業」とよび、それによって復原された資料を「接合資料」という。接合資料は近年増加してきており、その評価は石器の製作の経過を理解するため、また使用の経過をより具体的に理解するためのデータとして重視されている[1]

なお出土する同じ石の分散状況に焦点を当てて、石器用石材の分配の証拠として、遺跡内や遺跡間での人間関係を論じるためのデータとして利用する研究の動きもある。自然科学の領域で岩石成分組成の研究が近年進み、火山岩系の岩石の産地の同定(判別)が可能になったので、遺跡から出土する石器の石質と産地との関連を調べることにより、「石材」がどのように流通したのかについても論じられるようになってきた[1]

日本語の「石器」という呼称

日本では、藤貞幹『集古図』(安永年間刊行か)のなかに石斧類の図を掲げて「石器」の呼称を採用していた[5]

分類編集

石器の分類では、フランスの著名な先史学者フランソワ・ボルドfr:François Bordes、1919-1981)が案出した厳密な石器分類基準がある。世界全体の標準的な分類基準はおおむねそちらである。

ただし、東アジアの前期旧石器の分類に関しては、各研究者独自の用語が用いられることが多く、統一的な基準を欠いてしまっているという状況がある。以下は色々な観点からの分類である[6]

  • 石器は、加工方法によって大きく2種類に区分される。石同士を打ち付けたり、あるいは道具を使用して打ち叩くことによって、剥片をはいで道具として使用するのにかなった形に成形する打製石器(だせいせっき)と、石を磨き上げた磨製石器(ませいせっき)[7]とがある。
  • 「石核石器」(せっかくせっき)[† 1]、「剥片石器」(はくへんせっき)[† 2]という区分もある。
  • 石器製作の過程で大小様々なカケラが出てくる。それらを総称して「石製遺物」という。またそれらは石器・剥片[† 3]、石核[† 4]、砕片[† 5]などに分類される。
  • 砂岩玄武岩のような礫状のものを材料とした重量のある大型石器と、黒曜石サヌカイトなどのような緻密な材料の石の剥片を材料とした軽量の小型石器に分けことも多い[5]
  • 前期・中期・後期の各時期に使用された石器に分類することもある。例えば、前期旧石器時代に主に使用された石器としては、礫器(チョッパー、チョッピング・トゥール)、祖型ハンドアックス、握斧(クリ-ヴァー)、手斧(ハンドアックス)、尖頭石器、祖型彫器(プロト・ピュアリン)、叩石(ハンマー・ストーン)、剥片、ルヴァロア型石核などがある[8]

打製石器編集

打製石器は人類の最も古い道具の一つと考えられ、アウストラロピテクスが使っていたとする説もある。他の動物でも石を道具として使用する例はあるが、加工するのは人間だけである。ただし、チンパンジーでそれに近い例があるともいう。

オルドワン型石器群編集

オルドワン型石器群は、ヒト科人類による最古の石器群と言われている[† 6][9]。礫の一部を打撃して造るチョッパー・チョッピングツールを主体とする。この石器群は、ケニアトゥルカナ湖東海岸の諸遺跡やタンザニアオルドヴァイ峡谷の遺跡などで出土している。因みに、この石器の担い手はホモ・ハビリスもしくは頑丈型猿人と推測されている。

磨製石器編集

 
磨製石器製の斧頭(斧の刃)。fr:Muséum de Toulouseにて展示。

磨いた石器である。

なお磨製石器はJ.ラボックによって新石器時代の指標とされたが、実際には中石器時代に当たる紀元前9000年に北西ヨーロッパ西アジアで局部磨製石器が出現している。

日本の磨製石器編集

日本では旧石器時代である3万〜4万年前のものと推定される局部磨製石斧が、群馬県岩宿遺跡栃木県磯山遺跡長野県杉久保遺跡東京武蔵野台地栗原遺跡千葉県三里塚55地点遺跡などから出土し、旧石器時代に磨製石器が存在したことが明らかになった[10]小田静夫によれば、日本の旧石器文化の磨製石斧は3-4万年前に集中し、その後は草創期にならないと出現しないが、現在、世界最古の磨製石器とされる[11][12]

石製品編集

石製品とは、利器や武器でない石皿、磨石(すりいし)、砥石、台石(だいいし)、敲石(たたきいし)などの総称[13]。石製の装身具や古墳時代以降の石製の道具類は、石製品あるいは石造物などとよんで区別するのが一般的である[5]

石器の種類編集

石核 (core
石器を制作した時に残った石材
剥片 (flake
石器を制作した時に発生した欠片
石刃、ブレード (blade
後期旧石器時代に特徴的な石器の素材。石核から大量の石刃を創り出し、これを加工して石器にする。日本では後期旧石器時代の最終末期に沖縄を除き日本列島全域に広がった細石刃がある。
石核石器 (core tool
素材となる石(母岩)を打ち割り、形を整え、刃をつけた石器
剥片石器 (flake tool
母岩から破片(剥片)を割り取り(剝離)、剥片の形を整え、割れ目を刃に利用した石器
礫器 (pebble tool
最も原始的な石器の一つである。
チョッパー (chopper
礫の一部に片面から数回の打撃によって打ち欠いて刃をつけた石器。片刃の礫器とも呼ばれる。刃の断面の角度は20° - 30°くらいが多い。
チョッピング・トゥール (chopping tool
礫の一部に両面から交互に打撃を加えて、表面を剥離させジグザグ状の刃をつけた石器。
握斧握槌、ハンド・アックス (hand axe
礫の全体を両面から打ち欠いて刃をつけた石器。上端が尖る形状が多く、舌状、フィクロン形、槍先形あるいはミコク形、卵形、心臓形、アーモンド形などと呼称される場合がある。
尖頭器 (point
先端を鋭く尖らせた石器。槍先に付けたと考えられる。細長く鋭く尖る形のものが典型的だが、それ以外にも多くの種類の尖頭器がある。石槍とも言う。斜軸尖頭器という種類は、狩猟用の槍先とされ、中期旧石器時代(約12万、13万年前 - 約3万年前、旧人の時代)の指標である。岩手県宮守村(現在の遠野市)の金取遺跡から出土している。
削器、スクレーパー (scraper
F.ボルドによると剥片の先端部分を打ち欠いて刃をつけた石器。
掻器、端削器、エンド・スクレーパー (end scraper
削器、側削器、サイド・スクレーパー (side scraper
彫器、刻器、グレーバー、ビュラン (graver, フランス語: burin)
バックド=ブレード (backed blade
石錐 
錐状に尖らせた石器。皮革などに穴をあけるために使用したと思われる。
石錘 
漁網や釣り糸の下部に付けておもりとして使用した石器。織物を張る際にも使用したと考えられる。
ナイフ形石器 (knife blade
石刃から創り出した石器の一種。東アジアの他の地域には見られない日本独自の石器である。後期旧石器時代の中盤から後半にかけて発達した。地方によって様々な型式が見られる
ノッチ、抉入石器 (notched tool)
尖頭器 
木葉形で東日本を中心に発達した。ナイフ形石器に後続する主要石器である。
細石器 (microlith)
石匙 
携帯に便利なように工夫された、日本の石器。
石斧 
英米では刃が柄と平行なものを平行刃斧 axe(ax), hatchet、刃が柄と直交しているものを直交刃斧 adze(adz) と呼ぶ。後者は比較的小型軽量で、片手で使えるものを指すことが多い。
局部磨製石斧
石篦
石鏃
石銛
磨石
凹石
石皿
台形様石器 
後期旧石器時代の初め頃に出現する打製石器。九州から北海道まで広範囲に分布する。台形状または長方形状に仕上げた小型の剥片石器。柄を付けて付けて刺突具または切削器に使用したと推定される。台形様石器の一部はペン先形をしており、槍先として使用されたものと推定されている。
石棒
男性器を石で象った推測されるもので、女性を表現したとみられる土偶と対照的なもので、祭祀のための縄文時代の遺物である。その出現は前期初頭である。中期になって類例が増える。出土範囲は、中部高地を中心に関東地方西部から北陸地方までである。造形は、出現時には小さな川原石を細長く整形したものであったが、中期になると頭部に鍔(つば)を巡らせ、その上下に円や三角形の文様を彫り込むものが出現している。この時期に長さが1メートルを超えるものも出現している。その背景として、縄文社会の祭祀が集団化し、集落から地域へと大規模化していったことが考えられる[14]
石冠 
冠に似ている石製品。縄文時代前期の北海道の物と、中部地方西部を中心に近畿地方東北地方に分布する縄文時代晩期の物がある。石冠を模した土器が東北地方から出土している。
岩偶 
石偶ともいう。石製の人形で、土偶と同じように信仰と関係があるものと考えられている。

石材編集

日本列島の旧石器時代に用いられた石材の代表的なものは、黒曜石硬質頁岩サヌカイトなどがあげられる。

※この石材の節は、「後期旧石器時代の地域色」堤 隆 『日本の考古学』奈良文化財研究所編 学生社 2007年を参照した。。

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 石塊(せっかい)の芯の部分を石器とする
  2. ^ 石塊から剥ぎ取られた剥片を細部加工した石器
  3. ^ 石器の素材となったり、石核形状を整えるため剥離されたりしたカケラ
  4. ^ 石核とは剥片が剥がされた残りの石塊
  5. ^ 砕片とは、石器の細部加工時に飛び散った微細なカケラ
  6. ^ 東アフリカのゴナ遺跡から発見された250万年前の石器が世界最古とされている

出典編集

  1. ^ a b c d e f g h i j 『日本大百科全書(ニッポニカ)』「石器」。松沢亜生 執筆。
  2. ^ 石臼は新石器時代から使われて始めたと推定されているが、現代でも現役の道具として使われ続けている。
  3. ^ 3.3-million-year-old stone tools from Lomekwi 3, West Turkana, Kenyaネイチャー』521, pages 310–315 (21 May 2015) 2018年12月29日閲覧。
  4. ^ ドイツのマックスプランク研究所が2010年、クロアチアで発見されたネアンデルタール人の骨からDNAの再現に成功し、それとホモサピエンスのDNAを比較してみたところ、ホモサピエンス(のユーラシア大陸に住む人々、つまりヨーロッパ人やアジア人など)のDNAにネアンデルタール人由来のDNAが1~2%程度まで含まれていることが判明した。それを発表したところ、それまでネアンデルタール人とホモサピエンスは「あくまで枝分かれして、別の存在、無関係」と考えられていたので、世界の学者・科学者に衝撃が走った。「白人」の肌が白いのはネアンデルタール人由来とも判明。(なお、アフリカに留まりそこで生き続けた人類、つまり現在のアフリカ人のDNAにはネアンデルタール人由来のDNAが含まれていないことも判明した。)NHK『コズミックフロント☆NEXT』「ネアンデルタール人はなぜ絶滅したのか?」の放送回でも、近年の研究により明らかになったことが紹介されている。
  5. ^ a b c 岡村道雄「石器」(田中琢佐原真編集 『日本考古学事典』 三省堂 2006年 p.490-495)
  6. ^ 松藤和人著 『日本列島人類史の起源 -「旧石器の狩人」たちの挑戦と葛藤-』 雄山閣 2014年 p.50
  7. ^ 刃を鋭くするため、儀式に使用するため、などといった理由で磨いた。
  8. ^ 松藤和人著 『日本列島人類史の起源 -「旧石器の狩人」たちの挑戦と葛藤-』 雄山閣 2014年 p.49
  9. ^ 堤隆「石器」 小林達雄編『考古学ハンドブック』新書館 2007年1月 101ページ
  10. ^ 小田静夫「旧石器時代の磨製石斧」
  11. ^ 小田静夫「磨製石斧」『図解 日本の人類遺跡』東京大学出版会 1992年 20-21頁
  12. ^ 佐原真『斧の文化史』UP考古学選書6 東京大学出版会 1994年
  13. ^ 松藤和人・門田誠一編著 『よく分かる考古学』 ミネルヴァ書房<やわらかアカデミズム>・<わかる>シリーズ 2010年 p.10-11
  14. ^ 原田昌幸「石棒、玉類などの分布からみた交易」(独立行政法人文化財研究所奈良文化財研究所監修『日本の考古学 -ドイツで開催された「曙光の時代」展』小学館 2005年)67-68ページ

参考文献編集

関連項目編集