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石垣広文

日本の俳優、アクション監督

来歴・人物編集

高校卒業後、1981年にジャパンアクションクラブ(現JAE)に入門(第12期)[3][1][2]。同期には蜂須賀祐一蜂須賀昭二兄弟がいる[2]

1980年代から1990年代にかけて、スーパー戦隊シリーズにてスーツアクターとして活躍。戦隊ヒーローでのデビュー作は『超獣戦隊ライブマン』のブラックバイソン役。主に小柄なヒーローを演じることが多く、後年は敵幹部役も務めていた。

つかこうへいの舞台で活躍していた春田純一に憧れて1990年代後半から舞台の芝居を学び始める[3][2]。その後作品制作へ魅力を感じたことや年齢的な問題からスタントコーディネートやアクションコーディネートへと転向した[3][2]

忍風戦隊ハリケンジャーVSガオレンジャー』で竹田道弘と連名でアクション監督を務め、『特捜戦隊デカレンジャー』のメイン監督の渡辺勝也が「まだ勉強中だから」と断ろうとする石垣に対し「殺陣師の勉強がしたいなら尚更うちにおいで」という誘いによりテレビシリーズのメインアクション監督に就任[3]。以後、スーパー戦隊シリーズでは『海賊戦隊ゴーカイジャー』までを担当し[1]仮面ライダーシリーズでは『仮面ライダーウィザード』から『仮面ライダードライブ』までを担当した。

俳優としては『ゴジラ×メカゴジラ』で引退したと述べているが[3][2]後に『獣拳戦隊ゲキレンジャー』で一度だけスーツアクターを務めている。[要出典]

2016年5月にJAEを退社。自身のtwitterで「長い間応援有難うございました。これからは皆さんと一緒に「戦隊・ライダー」を応援していきたいと思います。」とコメントをしている[4]。そしてVシネマドライブサーガ 仮面ライダーチェイサー』がアクション監督を務める最後の作品となった。

出演編集

テレビドラマ(出演)編集

特撮テレビドラマ(出演)編集

映画(出演)編集

Vシネマ(出演)編集

イベント(出演)編集

  • JAE NAKED LIVE「がんばろう 日本!」(2011年) - ゲスト出演

アクション監督編集

特撮テレビドラマ(アクション監督)編集

テレビスペシャル編集

映画(アクション監督)編集

※名前が確認できた作品のみ

Vシネマ、オリジナルビデオ、ネットムービー(アクション監督)編集

舞台(アクション監督)編集

  • つかこうへいダブルス「飛龍伝2001」(2001年)
  • つかこうへいダブルス「幕末純情伝」(2003年)
  • つかこうへいダブルス「飛龍伝」(2003年)
  • つかこうへい作・演出「寝取られ宗介」(2003年)

CM(アクション監督)編集

  • カゴメ(ホームページ)(2012年) - ポーズ指導

PV(アクション監督)編集

脚注編集

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  1. ^ a b c 「SPECIAL CROSS TALK 宇都宮孝明×石垣広文」『東映ヒーローMAX』Vol.43、辰巳出版、2012年、 7頁、 ISBN 978-4777810819
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y 仮面俳優列伝 2014, pp. 191-198, 「第5章 プレイヤーからアクション監督への転身 18 石垣広文」
  3. ^ a b c d e f g 「デカレンジャー徹底解剖 3監督インタビュー2 アクション監督石垣広文」『宇宙船』Vol.112(2004年5月号)、朝日ソノラマ、2004年5月1日、 31頁、 雑誌コード:01843-05。
  4. ^ jac_ishigakiのツイート(735777552308916225)
  5. ^ a b 『海賊戦隊ゴーカイジャー公式読本 豪快演義』グライドメディア〈グライドメディアムック73〉、2012年4月、129頁。ISBN 978-4813081739
  6. ^ ワタリヒロシワールド”. 2014年5月25日閲覧。

参考文献編集

外部リンク編集