西岡 竜一朗(にしおか りゅういちろう、1976年1月21日[1] - )は、日本の元俳優ハーレーダビッドソンのカスタムショップ「有限会社セレクテッド」代表取締役。

にしおか りゅういちろう
西岡 竜一朗
生年月日 (1976-01-21) 1976年1月21日(44歳)
出生地 日本の旗 日本山口県光市
身長 178 cm[1]
血液型 O型[1]
職業俳優
ジャンル テレビドラマ
活動期間 1996年 - 2007年
活動内容 1996年:デビュー
1999年:救急戦隊ゴーゴーファイブ
配偶者 あり
主な作品
テレビドラマ
救急戦隊ゴーゴーファイブ
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山口県光市出身。俳優時代は徳馬企画、グランパパプロダクション先駆舎に所属していた。父方の伯父は俳優の西岡徳馬

来歴・人物編集

1996年、芸能界デビュー。1999年、『救急戦隊ゴーゴーファイブ』のゴーレッド / 巽マトイ役で主演[1]

2007年2月18日、9年間付き合っていた女性と結婚。それを機に芸能界を引退し、鈴木飛雄と共にハーレーダビッドソン専門のカスタムバイクショップ「セレクテッド」を立ち上げ現在に至る。同年、第1子である長女が誕生[2]

俳優業は引退しているが出演ドラマのイベントには継続して出演している[3][4]

『ゴーゴーファイブ』に関するエピソード編集

第1話の撮影では、本物のレスキュー装備を着用し、実際に火が燃えている現場であったため、「この現場で殺される」「一年間耐えられない」と思ったという[1]

第3話でのマトイの振る舞いを横暴だと感じ、西岡は視聴者から批判を受けることも予想したが、先の展開で優しさを見せる機会があると信じ、フォローなしでナガレを怒る演技に挑んだという[1]。マトイは音痴という設定で西岡自身も歌を苦手としていたため、第6話の歌うシーンでは様子見しながら歌っていたが、監督の長石多可男から気合を入れるよう叱咤され、がなるように歌ったという[1]。西岡は、これにより真剣すぎるから笑える親しみやすいマトイになったと述懐している[1]

出演者は皆、カメラマンの松村文雄から怒られていたが、第19話の雨のシーンの撮影後に水着一枚でストーブにあたっていた西岡に松村が自身の上着を着せ、西岡は嬉しく思ったという[1]。同話の撮影では他の共演者からも励まされ、皆に支えられているのを実感したと述懐している[1]

ゴーレッドのスーツアクターを務めた高岩成二は、西岡は芝居に対するこだわりが強く、高岩の演技もすべて観察しセリフや感情の起伏を合わせていたと証言している[5]

かつては子供が嫌いであったが、『ゴーゴーファイブ』の撮影の下半期に入った頃から徐々に心境が変化し、ヒーローである自分達を応援する子供達の熱視線に感銘を受け、最終的には好きになったことをインタビューで明かした[2]

第41話にゲスト出演した真木蔵人は、共にいい作品を作ろうと思える兄貴分であったといい、ラストシーンでの敬礼は西岡から真木への敬意も込めていたと述べている[1]

挿入歌「Chance or Death」のラップパートの詞は、西岡が自ら志願して手掛けた[1]

出演編集

テレビドラマ編集

映画編集

舞台編集

  • SASUKE(2006年8月30日) - 服部半蔵 役

オリジナルビデオ編集

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d e f g h i j k l 「メモリアル座談会」『救急戦隊ゴーゴーファイブ超全集小学館てれびくんデラックス愛蔵版〉、2000年3月1日、61-65頁。ISBN 978-4091014726
  2. ^ a b 芸能人と遊ぼう!:西岡竜一朗 - livedoor Blog
  3. ^ Inc, Natasha (2019年10月15日). “「救急戦隊ゴーゴーファイブ」巽兄妹が集結、20周年イベントの模様をTTFCで配信” (日本語). 映画ナタリー. 2020年3月7日閲覧。
  4. ^ 『ゴーゴーファイブ』西岡竜一朗&日笠淳Pトークイベントに柴田かよこがサプライズ登場、撮影秘話や着装再現にファン歓喜” (日本語). マイナビニュース (2020年2月1日). 2020年3月7日閲覧。
  5. ^ 「スーパー戦隊制作の裏舞台 高岩成二」『スーパー戦隊 Official Mook 21世紀 Vol.5 魔法戦隊マジレンジャー講談社〈講談社シリーズMOOK〉、2017年7月10日、33頁。ISBN 978-4-06-509516-4

外部リンク編集