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右岸溢流堤より望む(左が上流側)

長良川河口堰(ながらがわかこうぜき)は、三重県長良川河口部に治水利水を目的に作られた河口堰)。

その建設に当たり、利水や治水の観点から建設を望む声がある一方[要出典]、長良川の生態系漁業などへの悪影響などが懸念され、漁協自然保護団体、日本全国のカヌーイストらなどによって激しい反対運動が起き[1][2]、建設の是非をめぐる論争が発生した。

もともとは工業用水を溜めるために計画されたが、計画が30年以上紆余曲折しているうちに重工業がさして水を必要としなくなったため、洪水防止に名目を変更して建設が押し進められた[3]。本来の目的を失ったにも関わらず計画を中止しない建設省の強硬な態度は、建設省と土建屋の癒着があったからと言われている[4]

この論争は、単なる「開発」か「環境」かという論点をこえて、誰がこの問題の「当事者」足りうるのかという、税金を使う公共事業のあり方、河川管理や産業振興、環境保護のあり方についての論点を提起することにもなった[要出典]

諸元編集

 
画像手前の揖斐川長良川合流部に位置する長良川河口堰と奥は木曽川河口空撮

経緯編集

  • 1965年(昭和40年)木曽川水系工事実施基本計画が施行。
  • 1968年(昭和43年)10月 - 建設基本計画が閣議で決まる(事業化)。
  • 1976年(昭和51年)9月 - 安八町で本堤防決壊(台風17号9.12水害
  • 同年10月 - 海津町、平田町が県知事に浚渫を陳情。
  • 1978年(昭和53年)- 岐阜県知事上松陽助)が着工に同意。
  • 1988年(昭和63年)3月 - 堰本体工事着工。
  • 1994年(平成6年) - 堰竣工。
  • 1995年(平成7年)7月 - 本格運用開始。
  • 1997年(平成9年)7月 - 堰上流のマウンド浚渫終了。
  • 1998年(平成10年)4月 - 知多半島への送水開始。

その他編集

  • 長良川に初めて造られた堰。長良川はこの河口堰が出来るまで、本州で唯一の本流に堰の無い大きな川だった。

脚注編集

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  1. ^ 片岡義男・野田知佑・佐藤秀明『カヌーで来た男』文藝春秋〈文春文庫〉、pp201 - 202。
  2. ^ 日本自然保護協会/長良川河口堰建設問題
  3. ^ 片岡義男・野田知佑・佐藤秀明『カヌーで来た男』文藝春秋〈文春文庫〉、pp201 - 202。
  4. ^ 片岡義男・野田知佑・佐藤秀明『カヌーで来た男』文藝春秋〈文春文庫〉、pp201 - 202。

関連項目編集

外部リンク編集