1962年ドイツグランプリ
1962年ドイツグランプリ (1962 German Grand Prix) は、1962年のF1世界選手権第6戦として、1962年8月5日にニュルブルクリンクで開催された。
レース詳細 | |||
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1962年F1世界選手権全9戦の第6戦 | |||
ニュルブルクリンク北コース(1927-1967) | |||
日程 | 1962年8月5日 | ||
正式名称 | XXIV Grosser Preis von Deutschland | ||
開催地 |
ニュルブルクリンク 西ドイツ ニュルブルク | ||
コース | 恒久的レース施設 | ||
コース長 | 22.810 km (14.173 mi) | ||
レース距離 | 15周 342.150 km (212.602 mi) | ||
決勝日天候 | 雨 (ウエット) | ||
観客数 | 350,000 | ||
ポールポジション | |||
ドライバー | ポルシェ | ||
タイム | 8:47.2 | ||
ファステストラップ | |||
ドライバー | グラハム・ヒル | BRM | |
タイム | 10:12.2 (3周目) | ||
決勝順位 | |||
優勝 | BRM | ||
2位 | ローラ-クライマックス | ||
3位 | ポルシェ |
レースは15周で行われ、BRMのグラハム・ヒルが予選2位から優勝した。ローラをドライブするジョン・サーティースが2位、ポルシェのダン・ガーニーが3位となった。上位6台が全て異なるコンストラクターだったことで、本レースは注目に値するものであった[1]。
レース概要
編集大雨による水と泥の流れがコースの一部を覆ったため、レースは1時間以上遅れてスタートした。路面は完全に乾くことはなく、ウエットコンディションのままレースは行われた[2]。グラハム・ヒルはウエットコンディションで巧みに走り、トップドライバーとして徐々に頭角を現し始めたサーティースが続いた[2]。サーティースは本レースでドライバーズランキング3位に立ったが、この年は本レースが最後の入賞となった。ガーニーは見事なハンドリングでフィル・ヒルをかわして3位となった。フェラーリは前戦イギリスGPよりもはるかに良くなっていたが、フィル・ヒルはオイルでバイザーが汚れたためピットインしなければならず、ピットアウト直後にリアサスペンションが壊れてリタイアした。フェラーリは労働ストライキによりフランスGPを欠場し、続くイギリスGPもフィル・ヒル1台のみの出走にとどまったが、異なる仕様とした4台の156で力を発揮した。フィル・ヒルの156には最新の6速トランスミッションが搭載され、リカルド・ロドリゲスは改良型のティーポ188(バンク角65度)エンジンが搭載された156でチーム最上位の6位入賞を果たしたのに対し、ジャンカルロ・バゲッティは従来型の156で10位に終わった。ロレンツォ・バンディーニは通常のノーズコーン、小型のラジエーター、フロントとリアのサスペンションを改造した開発カーを走らせたが、11位走行中の3周目にリタイアした[3]。
ジム・クラークはスタート時に燃料ポンプが起動せず13秒をロスしてしまい、燃料ポンプが始動した時には最後尾の26位に後退した。クラークは1周目に17台を抜き、首位と3-4秒速いタイムを出して猛追するが、レース中盤に数回のクラッシュが発生した後、ペースを少し緩め[1]、4位に入賞した。5位のブルース・マクラーレン(クーパー)はクライマックスFWMVエンジン(V8)を搭載したT60を使用した。チームメイトのトニー・マグスも当初はT60を走らせる予定だったが、予選でカレル・ゴダン・ド・ボーフォールのポルシェ・718に取り付けられたドイツのテレビ会社のカメラがコース上に落ち、グラハム・ヒルとともにクラッシュを喫したため[3]、古いクライマックスFPFエンジン(直列4気筒)を搭載したスペアカーのT55を使用せざるを得ず、9位に終わった。グランプリ・ドライバーズ・アソシエーション(GPDA)は安全上のリスクに起因する車載カメラを使用しない方針だったが、ド・ボーフォールはGPDAには所属していなかった[2]。
本レースには3台の新しいマシンが登場した。BRMの新しいV8エンジンを搭載したギルビー(キース・グリーンがドライブ)は、レース中盤にギアボックスのトラブルでリタイアした。マセラティの直列4気筒エンジンを搭載したベルギーのENBをドライブしたルシアン・ビアンキは最下位の16位で完走した。このマシンは、前年に使用したエメリソンをフェラーリ・156のようなシャークノーズを装備したボディに改造したもので、非選手権レースと本レースのみの参加となった[4]。ポールポジションを獲得したガーニー[5]が8分47秒2を出したのに対し、ビアンキのENBは10分40秒7と2分近く遅かったが、彼より速いドライバーが予選通過に最低限必要な5周を走行しなかったおかげで決勝に出走することができた[6]。最も重要なのは、ジャック・ブラバムが創設したブラバムの最初のF1マシンBT3がデビューを果たしたことであった。彼は練習走行の初日にベアリングが壊れてスピンを喫し、トレバー・テイラーのロータス・24(エンジンのバルブが曲がった)の部品を使って修復されたエンジンで予選を通過し、後方グリッドからレースを開始した。彼は1周目が終わるまでに9位に上がったが、その後スロットルが壊れて9周目にリタイアとなった。ブラバムのコンストラクターとしてのデビュー戦は不本意な結果に終わったが、彼はマシン、特にハンドリングに満足していた[3]。
エントリーリスト
編集- 追記
結果
編集予選
編集順位 | No. | ドライバー | コンストラクター | タイム | 差 | グリッド |
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1 | 7 | ダン・ガーニー | ポルシェ | 8:47.2 | — | 1 |
2 | 11 | グラハム・ヒル | BRM | 8:50.2 | +3.0 | 2 |
3 | 5 | ジム・クラーク | ロータス-クライマックス | 8:51.2 | +4.0 | 3 |
4 | 14 | ジョン・サーティース | ローラ-クライマックス | 8:57.5 | +10.3 | 4 |
5 | 9 | ブルース・マクラーレン | クーパー-クライマックス | 9:00.7 | +13.5 | 5 |
6 | 8 | ヨアキム・ボニエ | ポルシェ | 9:04.0 | +16.8 | 6 |
7 | 12 | リッチー・ギンサー | BRM | 9:05.9 | +18.7 | 7 |
8 | 18 | カレル・ゴダン・ド・ボーフォール | ポルシェ | 9:12.9 | +25.7 | 8 |
9 | 15 | ロイ・サルヴァドーリ | ローラ-クライマックス | 9:14.1 | +26.9 | 9 |
10 | 3 | リカルド・ロドリゲス | フェラーリ | 9:14.2 | +27.0 | 10 |
11 | 17 | モーリス・トランティニアン | ロータス-クライマックス | 9:19.0 | +31.8 | 11 |
12 | 1 | フィル・ヒル | フェラーリ | 9:24.7 | +37.5 | 12 |
13 | 2 | ジャンカルロ・バゲッティ | フェラーリ | 9:28.1 | +40.9 | 13 |
14 | 32 | ハイニ・ヴァルター | ポルシェ | 9:30.0 | +42.8 | 14 |
15 | 26 | ニーノ・ヴァッカレッラ | ポルシェ | 9:33.8 | +46.6 | 15 |
16 | 25 | イアン・バージェス | クーパー-クライマックス | 9:39.2 | +52.0 | 16 |
17 | 19 | ジョー・シフェール | ロータス-クライマックス | 9:39.3 | +52.1 | 17 |
18 | 4 | ロレンツォ・バンディーニ | フェラーリ | 9:39.7 | +52.5 | 18 |
19 | 27 | キース・グリーン | ギルビー-BRM | 9:47.1 | +59.9 | 19 |
20 | 28 | ハインツ・シラー | ロータス-BRM | 9:51.5 | +1:04.3 | 20 |
21 | 20 | ジャッキー・ルイス | クーパー-クライマックス | 9:58.0 | +1:10.8 | 21 |
22 | 6 | トレバー・テイラー | ロータス-クライマックス | 10:09.6 | +1:22.4 | 26 1 |
23 | 31 | ベルナール・コロンブ | クーパー-クライマックス | 10:09.7 | +1:22.5 | 22 |
24 | 29 | トニー・シェリー | ロータス-クライマックス | 10:18.6 | +1:31.4 | DNQ 2 |
25 | 10 | トニー・マグス | クーパー-クライマックス | 10:21.2 | +1:34.0 | 23 |
26 | 16 | ジャック・ブラバム | ブラバム-クライマックス | 10:21.6 | +1:34.4 | 24 |
27 | 34 | ヴォルフガング・ザイデル | ロータス-BRM | 10:38.2 | +1:51.0 | DNQ 2 |
28 | 21 | ルシアン・ビアンキ | ENB-マセラティ | 10:40.7 | +1:53.5 | 25 |
29 | 30 | ジェイ・チャンバーレイン | ロータス-クライマックス | 11:12.9 | +2:25.7 | DNQ 2 |
30 | 34 | ギュンター・ザイフェルト | ロータス-BRM | 11:38.9 | +2:51.7 | DNQ 2 |
ソース:[9]
|
- 追記
決勝
編集順位 | No. | ドライバー | コンストラクター | 周回数 | タイム/リタイア原因 | グリッド | ポイント |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 11 | グラハム・ヒル | BRM | 15 | 2:38:45.3 | 2 | 9 |
2 | 14 | ジョン・サーティース | ローラ-クライマックス | 15 | +2.5 | 4 | 6 |
3 | 7 | ダン・ガーニー | ポルシェ | 15 | +4.4 | 1 | 4 |
4 | 5 | ジム・クラーク | ロータス-クライマックス | 15 | +42.1 | 3 | 3 |
5 | 9 | ブルース・マクラーレン | クーパー-クライマックス | 15 | +1:19.6 | 5 | 2 |
6 | 3 | リカルド・ロドリゲス | フェラーリ | 15 | +1:23.8 | 10 | 1 |
7 | 8 | ヨアキム・ボニエ | ポルシェ | 15 | +4:37.3 | 6 | |
8 | 12 | リッチー・ギンサー | BRM | 15 | +5:00.1 | 7 | |
9 | 10 | トニー・マグス | クーパー-クライマックス | 15 | +5:07.0 | 23 | |
10 | 2 | ジャンカルロ・バゲッティ | フェラーリ | 15 | +8:14.7 | 13 | |
11 | 25 | イアン・バージェス | クーパー-クライマックス | 15 | +8:15.3 | 16 | |
12 | 19 | ジョー・シフェール | ロータス-クライマックス | 15 | +8:15.5 | 17 | |
13 | 18 | カレル・ゴダン・ド・ボーフォール | ポルシェ | 15 | +9:11.8 | 8 | |
14 | 32 | ハイニ・ヴァルター | ポルシェ | 14 | +1 Lap | 14 | |
15 | 26 | ニーノ・ヴァッカレッラ | ポルシェ | 14 | +1 Lap | 15 | |
16 | 21 | ルシアン・ビアンキ | ENB-マセラティ | 14 | +1 Lap | 25 | |
Ret | 20 | ジャッキー・ルイス | クーパー-クライマックス | 10 | サスペンション | 21 | |
Ret | 1 | フィル・ヒル | フェラーリ | 9 | サスペンション | 12 | |
Ret | 16 | ジャック・ブラバム | ブラバム-クライマックス | 9 | スロットル | 24 | |
Ret | 27 | キース・グリーン | ギルビー-BRM | 7 | サスペンション | 19 | |
Ret | 15 | ロイ・サルヴァドーリ | ローラ-クライマックス | 4 | ギアボックス | 9 | |
Ret | 17 | モーリス・トランティニアン | ロータス-クライマックス | 4 | ギアボックス | 11 | |
Ret | 4 | ロレンツォ・バンディーニ | フェラーリ | 4 | アクシデント | 18 | |
Ret | 28 | ハインツ・シラー | ロータス-BRM | 4 | 油圧 | 20 | |
Ret | 31 | ベルナール・コロンブ | クーパー-クライマックス | 2 | ギアボックス | 22 | |
Ret | 6 | トレバー・テイラー | ロータス-クライマックス | 0 | アクシデント | 26 | |
DNQ | 29 | トニー・シェリー | ロータス-クライマックス | 予選不通過 | |||
DNQ | 34 | ヴォルフガング・ザイデル | ロータス-BRM | 予選不通過 | |||
DNQ | 30 | ジェイ・チャンバーレイン | ロータス-クライマックス | 予選不通過 | |||
DNQ | 34 | ギュンター・ザイフェルト | ロータス-BRM | 予選不通過 | |||
ソース:[11]
|
- ラップリーダー[12]
第6戦終了時点のランキング
編集
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- 注: トップ5のみ表示。ベスト5戦のみがカウントされる。ポイントは有効ポイント、括弧内は総獲得ポイント。
脚注
編集- ^ a b Blunsden, John (September 1962). "Skyfall över Tysklands GP" [Deluge on German GP]. Illustrerad Motor Sport (Swedish). No. 9. Lerum, Sweden. p. 24.
- ^ a b c Blunsden, p. 32
- ^ a b c Blunsden, p. 25
- ^ (林信次 1997, p. 49)
- ^ ポルシェにとってこれがF1世界選手権唯一のポールポジションで、ドイツのコンストラクターがポールポジションを獲得したのは1955年イタリアGPのメルセデス(ファン・マヌエル・ファンジオ)以来7年ぶりのことであった。ドイツのコンストラクターが次にポールポジションを獲得するのは46年後の2008年バーレーンGPのBMWザウバー(ロバート・クビサ)である。
- ^ Diepraam, Mattijs. “Lucien Bianchi and the ENB-née-Emeryson”. 8W. autosport.com. 2016年5月22日閲覧。
- ^ “Germany 1962 - Race entrants”. statsf1.com. 2018年7月8日閲覧。
- ^ “Germany 1962 - Result”. statsf1.com. 2018年7月8日閲覧。
- ^ a b “Germany 1962 - Qualifications”. statsf1.com. 2018年7月7日閲覧。
- ^ “Germany 1962 - Starting grid”. statsf1.com. 2018年7月7日閲覧。
- ^ “1962 German Grand Prix”. formula1.com. 2 December 2014時点のオリジナルよりアーカイブ。20 September 2015閲覧。
- ^ “Germany 1962 - Laps led”. statsf1.com. 2018年8月6日閲覧。
参照文献
編集- en:1962 German Grand Prix(2018年6月17日 15:46:00(UTC))を翻訳
- 林信次『F1全史 1961-1965』ニューズ出版、1997年。ISBN 4-938495-09-0。
外部リンク
編集- “Formula One World”. 2008年2月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年1月16日閲覧。
- STATS F1
前戦 1962年イギリスグランプリ |
FIA F1世界選手権 1962年シーズン |
次戦 1962年イタリアグランプリ |
前回開催 1961年ドイツグランプリ |
ドイツグランプリ | 次回開催 1963年ドイツグランプリ |