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コロンビア邦人副社長誘拐事件(コロンビアほうじんふくしゃちょうゆうかいじけん)は、2001年コロンビア矢崎総業グループの現地法人副社長が左翼ゲリラ誘拐され、約2年9ヵ月後に遺体で見つかった事件。2015年シリア安田純平が誘拐され、約3年4ヵ月後の2018年に解放されるまで、海外で発生した邦人誘拐事件での拘束期間としては最長であった。

コロンビア邦人副社長誘拐事件
場所 コロンビア
日付 2001年2月22日 - 2003年11月24日
標的 民間人
攻撃手段 武装襲撃
死亡者 1人
犯人 コロンビア革命軍
動機 身代金目当て
対処 救出作戦の失敗とされる

事件発生編集

2001年2月22日、コロンビアのボゴタで矢崎総業の現地合弁企業「矢崎シーメル」の日本人副社長(当時52歳、愛知県新城市出身)が、帰宅途中、ボゴタ北部チアの路上で、警察官を装った男らに停車を命じられ、連れ去られた。

副社長は身柄を約25万ドル(約2700万円)で、中南米最大の左翼ゲリラ組織コロンビア革命軍(FARC)の第53戦線(ロマーニャ司令官)に引き渡された。その後、FARCは矢崎総業に対し、身代金2500万ドル(約27億円)を要求したとされる。

矢崎総業はアメリカの専門会社を仲介して交渉に当たった。当初、日本政府と矢崎総業は事件を極秘にしていたが、同年3月中旬、コロンビアのエル・エスペクタドール紙が副社長の誘拐を報じたため、事件が発覚した。

事件の長期化編集

副社長の消息は4月下旬にボゴタ南部フニン付近で目撃されたのを最後に途絶え、副社長の安否や健康状態など詳しい情報が入らないまま事件は長期化した。

2002年3月、副社長の家族が地元紙に副社長の早期解放を呼び掛ける記事を掲載した。

2002年5月20日、コロンビア大統領府治安局(DAS)はボゴタ郊外で副社長の誘拐に関与した誘拐団「ロス・カルボス(禿頭)」のメンバーらを逮捕した。後の裁判で主犯格には懲役40年、共犯には16年から32年の刑が宣告された。

2002年7月、コロンビア中部の山岳地帯で発見された白骨遺体が副社長ではないかとの情報が流れ、在コロンビア日本大使館員が向かったが確認できなかった。

2003年8月、FARCに誘拐され解放されたコロンビア人男性が、地元ラジオ局のインタビューで同国南部メタ県の人質収容施設で副社長を目撃したと証言した。

同年10月30日コロンビア軍第5師団はボゴタ北部トパイピーでFARC西方軍司令官マルコ・アウレリオ・ブエンディアを殺害した。ブエンディアは「副社長を丁重に扱え」というFARC最高幹部ホルヘ・ブリセーニョ・スアレス(通称モノ・ホホイ)からの指令書を携行していた。これにより副社長の生存が確認された。

遺体発見編集

2003年11月24日、コロンビア国軍がボゴタ北方約70キロのクンディナマルカ県サンフアンデリオセコ付近の山中で副社長とみられる男性の遺体を発見した。遺体は戦闘服姿で、胸や脇腹に複数の弾痕があった。

遺体は翌日、ボゴタの法務監察医務院で司法解剖され、指紋や歯形、DNAなどから副社長本人と確認された。死因は至近距離からカラシニコフで複数撃たれたことによる失血死と判明した。

コロンビア国防省によると、24日午前10時半ごろ、現場付近で国軍のパトロール部隊が銃声を聞き、捜索中の午後1時半ごろ、副社長の遺体を発見した。

矢崎総業は交渉の過程で身代金を支払った事実はないと表明した。

コロンビアのアルバロ・ウリベ大統領は27日、大統領宮殿で矢崎総業の関係者らと面会し、哀悼の意を表明。自らも父親をFARCに殺害された過去を持つ大統領は「今回このような形でお会いするのはとても残念だ」と語り、治安回復に全力を上げる考えを示した。日本政府はコロンビア政府に副社長の殺害犯の処罰を要請した。

副社長の遺体は28日、コンチネンタル航空機でコロンビアを離れ、米国経由で30日夜、愛知県新城市の実家に到着した。

副社長の葬儀・告別式は12月2日静岡県裾野市の矢崎総業本社にて行われ、同社社長が葬儀委員長を務めた。葬儀には関係者ら約1000人が参列した。

犯人の逮捕と死編集

12月6日、国軍はボゴタ郊外キピーレで、副社長を誘拐・監禁していたFARC第22戦線所属の兵士2人を拘束した。2人は副社長の殺害直前まで副社長の監視役を務めており、国軍部隊が接近してきたためキャンプから逃げたが、司令官が副社長の殺害を命じたと証言した。拘束された2人は副社長の殺害には関わっておらず、2人が逃げた直後に銃声が聞こえたという。

また、副社長殺害の2日前、第22戦線の兵士2人が国軍に投降し、副社長の監禁場所を教えた。国軍は、国軍部隊の接近を察知したゲリラが、人質奪還を恐れて副社長を殺害したものと断定した。

12月15日、DASはボゴタ郊外で副社長の殺害に関与したとみられるFARC第22戦線の指揮官ウィルメル・アントニオ・マリン・カノを逮捕した。カノは同年2月にボゴタ市内で発生した高級ナイトクラブ爆破事件に関与した疑いが持たれていた。同26日、コロンビア検察庁はカノを誘拐と殺人で起訴した。

2004年1月9日、国軍はボゴタ郊外グジェッタで副社長の殺害を実行したとみられるFARC第22戦線の兵士「通称・ヘレミアス」を銃撃戦の末に射殺した。国軍はこの日、拘束した別の兵士2人の供述から、ヘレミアスが副社長を殺害したと判断した。

2005年5月2日、DASはボゴタ郊外で副社長の誘拐に関与したとみられる3容疑者を逮捕した。

2006年8月31日、コロンビア検察庁は副社長の誘拐を計画したとして、FARC最高幹部マヌエル・マルランダを起訴した。検察当局は誘拐がFARCによる計画的犯行だったと断定した。

2009年3月2日、コロンビア国軍は副社長の誘拐・殺害に関与したとみられるFARC幹部を逮捕した。

外部リンク編集