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ダナ・ホワイトDana Frederick White Jr.1969年7月28日 - )は、アメリカ合衆国総合格闘技団体「UFC」の代表。数々のスター選手を育て上げている名プロモーターでもある。コネチカット州マンチェスター出身。

ダナ・ホワイト
Dana White - London 2015.jpg
生誕 (1969-07-28) 1969年7月28日(49歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
コネチカット州マンチェスター
住居 ネバダ州ラスベガス
職業 実業家、プロモーター
著名な実績 Ultimate Fighting Championship (UFC)

UFC日本大会開催(2012年2月26日)に伴う事前記者会見で、名前の表記についての記者の質問に対して、本人がダナは女の子っぽくなるという理由でデイナを希望してからは[1]デイナ・ホワイトと表記するメディア媒体が多くなっている。

目次

概要編集

団体の代表としてロレンゾ・フェティータと共に、ルールの整備による競技化の推進、テレビ放送及び視聴形態の拡張、選手の福利拡充、他団体の買収などを実施することで、UFCを短期間で世界規模の資産価値数十億ドルの団体へと成長させた[2]。(詳細はリンク先のUFCの歴史を参照)

プロモーターとしてもコナー・マクレガーロンダ・ラウジーチャック・リデルアンデウソン・シウバジョルジュ・サンピエールジョン・ジョーンズランディ・クートゥアティト・オーティズBJ・ペンなどのスター選手を育て上げている。

来歴編集

元々はアマチュアボクサーで、高校卒業後19歳の時にホテルマンを辞めボクシング業界へ転身するも、マフィアの首領ジェームズ・ジョセフ・バルジャーに謂れの無い借金を押し付けられた上に、無視をしていると脅しを受けたためボストンからネバダ州ラスベガスへ転居する[3][2]1992年にラスベガスで自身の会社「ダナ・ホワイト・エンタープライゼス」を設立、ボクシングの指導やボクササイズのジムを経営する。経営が軌道に乗ると、プロボクサーのマネージメント業にも進出した。

総合格闘家のジョン・ルイスと偶然知り合うと柔術のレッスンを受けるようになり、当時UFCと契約の問題を抱えていたティト・オーティズチャック・リデルに頼まれマネージャーとなりUFCと交渉を行う[2]

その流れから、当時UFCを運営していたSEG社(Semaphore Entertainment Group)が、暴力性への批判等からUFCの規模を縮小させ売却先を探していることを知ると、小学校時代からの友人で、ネバダ州アスレチック・コミッションにおいてコミッショナーを務めた経験を持ち、ホテルカジノ「ステーション・カジノ」を経営するロレンゾ・フェティータにこの話を持ちかけ、2001年にロレンゾとその兄フランクと共にUFCの親会社「ズッファ(Zuffa, LLC)」を設立してUFCを買収し代表に就任した[2]

2016年7月、UFCをWME-IMG率いる投資グループに40億2,500万(約4400億円)で売却。ホワイトは売却時UFCの株を9%所有していた。引き続き現在もWME-IMGと契約しUFC代表に就任している[4][5]

人物編集

  • 「勝敗をジャッジに委ねるな」と言うのが口癖。
  • ロレンゾ・フェティータが2016年にUFCを退任するまでは、主にダナ・ホワイトは現場の取り仕切りとUFCの顔となり広報活動を、ロレンゾ・フェティータはUFCの経営面を担っていた。
  • 少年時代はブルース・リーモハメド・アリの大ファンだった。格闘技に携わるようになってからは桜庭和志のファンであると公言した。
  • 2007年にPRIDEを買収した後、PRIDEが消滅したことやUFCの日本大会開催に妨害があることについて「我々にはPRIDEのための計画があったし、日本大会を開催するつもりだった。しかし、そこにはマフィアが横行していた。そんなところでビジネスをするのは実に面倒だ。そのせいでPRIDEというブランドが消滅することになってしまったのは非常に残念だ」と語っていたが[6]、その後、「そのことはだいぶ無くなったので大丈夫です」と語り、数度に渡って日本でUFCの大会を開催している[7]
  • UFC以外の他の総合格闘技団体に対しては批判的な姿勢をとっており、BodogFightEliteXCなど、多くの新興団体を「ジョーク」と発言する等[8]UFCへの自負が強い[9]
  • 総合格闘技対ボクシングのドリームマッチが度々話題になるが、ボクシングルールか総合格闘技ルールでの対戦に関わらず、コナー・マクレガーフロイド・メイウェザー・ジュニアアンデウソン・シウバロイ・ジョーンズ・ジュニアのように選手がお互いに対戦を望んだとしても、「ロイ・ジョーンズの悪口は言いたくないし、彼のことが好きだしファンだった。しかし彼の全盛期は約15年前だ。今の彼は世界最高レベルのボクサーではない。もちろん試合をやろうと思えばやれるし、大々的に宣伝して儲けることも可能だろう。でも稼ぐことは出来たとしても、長期的に見れば総合格闘技に悪影響を及ぼすことになる。我々はこの総合格闘技というスポーツが好きだからそういう試合はしたくない」というスタンスを取っており[10]、UFCと契約している選手には、UFC以外の試合には出場を一切認めない方針のため、実現しなかった。2017年8月26日、UFC世界ライト級王者のコナー・マクレガーをフロイド・メイヴェザー・ジュニアと対戦させた。
  • 2012年にメニエール病と診断されオルソカイン治療を受けていることを明らかにした[11]。この病のためにUFC on Fuel TV 3ではUFC代表に就任して以来11年間で初めてUFCの大会を欠席している[12]
  • 第45代アメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプと個人的な親交を持ち2016年の共和党全国大会で演壇に立ち演説を行った[13]

出演編集

脚注編集

関連項目編集

外部リンク編集