フェリペ・ポーリーノ

この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はポーリーノ第二姓(母方の)はデル・ギディースです。

フェリーペ・アドルフォ・ポーリーノ・デル・ギディースFelipe Albertin Paulino Del Guidice , 1983年10月5日 - )は、ドミニカ共和国サントドミンゴ出身、ベネズエラミランダ州育ちのプロ野球選手投手)。右投右打。2017年現在は独立リーグ・アトランティックリーグシュガーランド・スキーターズに所属。

フェリペ・ポーリーノ
Felipe Paulino
シュガーランド・スキーターズ
201205025-0822a Felipe Paulino.jpg
ロイヤルズ時代 (2012年5月25日)
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
ベネズエラの旗 ベネズエラ
二重国籍
出身地 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
サントドミンゴ
生年月日 (1983-10-05) 1983年10月5日(34歳)
身長
体重
191 cm
122 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2001年 アマチュア・フリーエージェントとしてヒューストン・アストロズと契約
初出場 MLB / 2007年9月5日 ミルウォーキー・ブルワーズ
NPB / 2016年6月18日 東京ヤクルトスワローズ
最終出場 NPB / 2016年8月20日 千葉ロッテマリーンズ
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム ベネズエラの旗 ベネズエラ
プレミア12 2015年

目次

経歴編集

プロ入り前編集

ドミニカ共和国サントドミンゴに生まれるが、生後数か月でベネズエラに渡り、2歳の頃に母親と共にベネズエラのミランダ州ロス・テケスに正式に移住。

アストロズ時代編集

2001年7月2日にヒューストン・アストロズと契約。

2003年に渡米し、ルーキー級マーティンズビル・アストロズで16試合に登板。2勝2敗1セーブ、防御率5.61だった。

2004年はルーキー級グリーンズビル・アストロズで10試合に登板し、1勝3敗、防御率7.59だった。

2005年はA-級トリシティ・バレーキャッツで13試合に登板し、2勝2敗1セーブ、防御率3.82だった。8月にA級レキシントン・レジェンズへ昇格。A級では7試合に登板し、1勝1敗、防御率1.85だった。オフの11月18日にアストロズとメジャー契約を結び[1]、40人枠入りした。

2006年2月21日にアストロズと1年契約に合意。3月19日にAAA級ラウンドロック・エクスプレスへ異動した[2]。この年はA+級セイラム・アバランチで27試合に登板し、9勝7敗、防御率4.35だった。

2007年3月1日にアストロズと38万ドルの1年契約に合意[3]。3月12日にAAA級ラウンドロックへ異動した[4]。開幕をAA級コーパスクリスティ・フックスで迎え、22試合に登板。6勝9敗、防御率3.62だった。9月4日にメジャーへ昇格し、9月5日のミルウォーキー・ブルワーズ戦でメジャーデビュー。7点ビハインドの4回裏から登板し、3回を投げ6安打(3本塁打)5失点2四球だった[5]。3度目の登板となった9月18日のブルワーズ戦では先発として初めて起用されたが、4回を5安打5失点と打ち込まれ、メジャー初黒星を喫した[6]。9月25日のシンシナティ・レッズ戦では、5回を投げ8安打5失点と再び打ち込まれたが、8点の援護でメジャー初勝利を挙げた[7]。この年は5試合に登板し、2勝1敗、防御率7.11だった。

2008年2月27日にアストロズと1年契約に合意。3月19日に右上腕神経痛で15日間の故障者リスト入りした[8]。8月5日にAAA級ラウンドロックで復帰したが、1試合の登板にとどまった。

2009年2月21日にアストロズと1年契約に合意。3月17日にAAA級ラウンドロックへ異動し、開幕をAAA級で迎えた。AAA級では2試合の登板で、1勝0敗、防御率0.75と好投し、4月18日にメジャーへ昇格[9]。シーズン初登板となった4月19日のレッズ戦では6回を無失点に抑えたものの、その後2試合連続で敗戦投手となり、5月からリリーフに転向。しかし3試合連続で失点したため、5月12日のコロラド・ロッキーズ戦から先発に復帰した。先発再転向後は7試合に登板したが、防御率7.59と振るわず、7月13日にAAA級へ降格した。8月4日に再昇格[10]。しかし同日のサンフランシスコ・ジャイアンツ戦で4.1回を9安打5失点と結果を残せず、8月8日にAAA級へ降格。8月18日にマイク・ハンプトンが故障者リスト入りしたため、リリーフとして再昇格し[11]、9月から先発に復帰したが、5連敗を喫した。この年は23試合に登板し、3勝11敗、防御率6.27だった。

2010年は開幕ローテーションに加わったが、シーズン2試合目の登板となった4月16日から6連敗を記録し、その後も勝ち星に恵まれず、11試合目の登板となった6月4日のシカゴ・カブス戦でようやくシーズン初勝利を挙げた。6月24日に右肩の故障で15日間の故障者リスト入りし[12]、7月31日に60日間の故障者リストへ異動[13]。9月12日に復帰し、リリーフとして5試合に登板した。この年は19試合に登板し、1勝9敗、防御率5.11だった。

ロッキーズ時代編集

2010年11月18日にクリント・バームスとのトレードでコロラド・ロッキーズへ移籍した[14]

2011年1月18日にロッキーズと79万ドルの1年契約に合意[15]。開幕後はリリーフとして18試合に登板したが、0勝4敗、防御率7.36と結果を残せず、5月21日にDFAとなった[16]

ロイヤルズ時代編集

2011年5月26日に金銭トレードでカンザスシティ・ロイヤルズへ移籍した[17]。移籍後初登板となった5月27日のテキサス・レンジャーズ戦では、4.1回のロングリリーフを任されたが、1安打無失点に抑え、6月から先発に復帰。シーズン終了までローテーションを守った。ロイヤルズでは21試合に登板し、4勝6敗、防御率4.11だった。

2012年1月17日にロイヤルズと190万ドルの1年契約に合意[18][19]。4月4日に右肘の故障で15日間の故障者リスト入りした[20]。5月5日に復帰し[21]、シーズン初登板となった同日のニューヨーク・ヤンキース戦では、6回を4安打無失点6奪三振に抑え、良いスタートを切ったが、6月6日に行われたミネソタ・ツインズ戦の1回表2死の場面で、右肘の痛みを訴え降板。6月9日に15日間の故障者リスト入りし[22]、7月3日にトミー・ジョン手術を受け、7月15日に60日間の故障者リストへ異動[23]。そのままシーズンを終えた。この年は7試合に登板し、3勝1敗、防御率1.67だった。オフの11月29日にロイヤルズと175万ドル+出来高の1年契約を結んだ[24][25]

2013年2月12日に前年の手術の影響で、60日間の故障者リスト入りした[26]。6月にAA級ノースウエストアーカンソー・ナチュラルズでリハビリを開始し、8月にAAA級オマハ・ストームチェイサーズへ昇格。AAA級では5試合に登板したが、0勝3敗、防御率8.24と結果を残せず、9月10日に右肩の手術を行い、そのままシーズンを終了した。11月20日にDFAとなり、同日にマイナー契約を拒否したため、FAとなった[27]

ホワイトソックス時代編集

2013年12月9日にシカゴ・ホワイトソックスと150万ドルの1年契約(2015年・400万ドルの球団オプション付き[28])を結んだ[29]

2014年は開幕ローテーションに加わったが、4月19日に右回旋筋腱板の故障で15日間の故障者リスト入りし[30]、5月にリハビリのためAAA級シャーロット・ナイツで5試合に登板したが、肩の状況は悪化し、7月20日に60日間の故障者リストへ異動[31]。結局シーズン中に復帰することはできず、この年は4試合の登板にとどまり、0勝2敗、防御率11.29だった。オフの10月30日にホワイトソックスが400万ドルの球団オプションを破棄したため、FAとなった[32]

カブス傘下時代編集

2015年1月29日ボストン・レッドソックスとマイナー契約を結ぶが、3月31日に放出され、5月3日シカゴ・カブスとマイナー契約を結んだ[33]。11月には第1回WBSCプレミア12ベネズエラ代表に選出された[34]。オフにFAとなった。

インディアンス傘下時代編集

2015年12月1日にクリーブランド・インディアンスとマイナー契約を結んだ。

2016年5月20日埼玉西武ライオンズとの入団交渉が合意に至ったため、インディアンスは保有権を放棄し、解雇とした[33]

西武時代編集

2016年5月29日に埼玉西武ライオンズとの契約合意が発表され[35]、31日付で支配下選手登録された[36]。同日に入団会見が行われ、背番号は4に決まった[37]

6月18日に出場選手登録され[38]、同日の対東京ヤクルトスワローズ戦に9番・投手で来日初出場・初先発し、5回を投げ被安打4、奪三振2、与四球1、失点2(自責点0)で勝敗はつかなかった。また、2回に初打席に立ち、結果は見逃し三振だった[39][40]。8月20日の対千葉ロッテマリーンズ戦では、6回表に2番手で来日後初となる救援登板したが、0回1/3を投げ3失点での成績で[41]、翌21日に出場選手登録を抹消されると[42]以後一軍の試合に登板することはなかった。

11月1日、ウェイバー公示の手続きがなされたことが発表された[43]。しかし譲渡を希望する球団は無く、11月8日に自由契約公示がなされた[44]

西武退団後編集

2017年3月29日に独立リーグ・アトランティックリーグシュガーランド・スキーターズと契約。5月26日にメキシカンリーグサルティーヨ・サラペメーカーズへ移籍するが、7月25日に解雇となり、シュガーランド・スキーターズに復帰。

選手としての特徴編集

  • 2013年に肩を故障するまでは93~98mph(約149.7~157.7km/h)の速球を計測していたが、以降は平均で93mphにまで球速が低下した。フォーシームと平均86.5mph(約139.1km/h)のスライダーを主体とした速球派で、他にはツーシームカーブチェンジアップを投げる[45]。制球力と球威はメジャー平均レベルを大きく下回っており、ストライク率も大半の球種で60%以下となっている[46]
  • 西武入団時の体重122kgは、当時のNPB所属の投手では最重量[47]。アメリカでは「ジャンボ」というニックネームをつけられていた[48]

詳細情報編集

年度別投手成績編集





















































W
H
I
P
2007 HOU 5 3 0 0 0 2 1 0 1 .667 85 19.0 22 5 7 1 0 11 1 0 15 15 7.11 1.53
2009 23 17 0 0 0 3 11 0 0 .214 448 97.2 126 20 37 2 4 93 5 0 73 68 6.27 1.67
2010 19 14 0 0 0 1 9 0 1 .100 411 91.2 95 4 46 4 3 83 6 1 63 52 5.11 1.54
2011 COL 18 0 0 0 0 0 4 0 2 .000 68 14.2 23 3 7 0 0 14 1 0 12 12 7.36 2.05
KC 21 20 0 0 0 4 6 0 0 .400 531 124.2 123 10 48 2 8 119 6 1 62 57 4.11 1.37
'11計 39 20 0 0 0 4 10 0 2 .286 599 139.1 146 13 55 2 8 133 7 1 74 69 4.46 1.44
2012 7 7 0 0 0 3 1 0 0 .750 156 37.2 31 3 15 0 0 39 1 0 8 7 1.67 1.22
2014 CWS 4 4 0 0 0 0 2 0 0 .000 103 18.1 35 6 12 1 1 14 2 0 24 23 11.29 2.56
2016 西武 9 8 0 0 0 0 6 0 0 .000 203 44.0 44 3 25 2 32 4 0 31 23 4.70 1.57
MLB:6年 97 65 0 0 0 13 34 0 4 .277 1802 403.2 455 51 172 10 16 373 22 2 257 234 5.22 1.55
NPB:1年 9 8 0 0 0 0 6 0 0 .000 203 44.0 44 3 25 2 32 4 0 31 23 4.70 1.57
  • 2016年度シーズン終了時

年度別打撃成績編集

















































O
P
S
2016 西武 9 2 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
NPB:1年 9 2 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
  • 2016年度シーズン終了時

記録編集

NPB投手記録
NPB打撃記録
  • 初打席:2016年6月18日、対東京ヤクルトスワローズ2回戦(明治神宮野球場)、2回表にカイル・デイビーズから見逃し三振

背番号編集

  • 55 (2007年 - 同年途中、2011年 - 同年途中、2014年)
  • 52 (2007年途中 - 2010年)
  • 39 (2011年途中 - 同年途中)
  • 59 (2011年途中 - 2012年)
  • 4 (2016年)

代表歴編集

脚注編集

  1. ^ Astros add five to 40-man roster”. MLB.com Astros Press Release (2005年11月18日). 2015年1月9日閲覧。
  2. ^ Jim Molony (2006年3月20日). “Orie trying to nab final roster spot”. MLB.com. 2015年1月9日閲覧。
  3. ^ Astros sign Gutierrez, Nieve, Paulino, Rodriguez”. MLB.com Astros Press Release (2007年3月1日). 2015年1月9日閲覧。
  4. ^ Astros option Barthmaier, Paulino to Round Rock”. MLB.com Astros Press Release (2007年3月12日). 2015年1月9日閲覧。
  5. ^ Scores for Sep 5, 2007”. ESPN MLB (2007年9月5日). 2015年1月9日閲覧。
  6. ^ Scores for Sep 18, 2007”. ESPN MLB (2007年9月18日). 2015年1月9日閲覧。
  7. ^ Scores for Sep 25, 2007”. ESPN MLB (2007年9月25日). 2015年1月9日閲覧。
  8. ^ Alyson Footer (2008年3月20日). “Astros cut eight from spring roster”. MLB.com. 2015年1月9日閲覧。
  9. ^ Alyson Footer (2009年4月19日). “Paulino called up; Arias sent down”. MLB.com. 2015年1月9日閲覧。
  10. ^ Gene Duffey (2009年8月4日). “Paulino returns to face Giants”. MLB.com. 2015年1月9日閲覧。
  11. ^ Jason Grodsky (2009年8月19日). “Hampton to DL with strained left shoulder”. MLB.com. 2015年1月9日閲覧。
  12. ^ Astros place RHP Paulino on DL, purchase RHP Banks from Triple A”. MLB.com Astros Press Release (2010年6月24日). 2015年1月9日閲覧。
  13. ^ Astros acquire RHP Melancon, IF Paredes from Yankees for 1B Lance Berkman”. MLB.com Astros Press Release (2010年7月31日). 2015年1月9日閲覧。
  14. ^ Rockies acquire RHP Felipe Paulino from the Houston Astros”. MLB.com Rockies Press Release (2010年11月18日). 2015年1月9日閲覧。
  15. ^ Thomas Harding (2011年1月19日). “Rockies, Paulino strike one-year pact”. MLB.com. 2015年1月9日閲覧。
  16. ^ Rockies designate RHP Felipe Paulino for assignment”. MLB.com Rockies Press Release (2011年5月21日). 2015年1月9日閲覧。
  17. ^ Royals acquire pitcher Felipe Paulino from Rockies for cash considerations”. MLB.com Royals Press Release (2011年5月26日). 2015年1月9日閲覧。
  18. ^ Royals agree to terms with pitchers Hochevar, Paulino and Sanchez”. MLB.com Royals Press Release (2012年1月17日). 2015年1月9日閲覧。
  19. ^ Dick Kaegel (2012年1月18日). “Royals agree with quartet; Gordon unsigned”. MLB.com. 2015年1月9日閲覧。
  20. ^ Dick Kaegel (2012年4月5日). “O'Sullivan officially assigned to Omaha”. MLB.com. 2015年1月9日閲覧。
  21. ^ Coleman optioned to Triple-A Omaha”. MLB.com (2012年5月6日). 2015年1月9日閲覧。
  22. ^ Royals put Paulino on DL; Mendoza to start”. MLB.com (2012年6月10日). 2015年1月9日閲覧。
  23. ^ Pina reinstated, sent to Northwest Arkansas”. MLB.com (2012年7月16日). 2015年1月9日閲覧。
  24. ^ Royals agree to terms with Paulino on a one-year contract for 2013”. MLB.com Royals Press Release (2012年11月30日). 2015年1月9日閲覧。
  25. ^ Dick Kaegel (2012年11月30日). “Paulino, Royals agree on $1.75 million deal for '13”. MLB.com. 2015年1月9日閲覧。
  26. ^ Johnson joins Royals' 40-man roster from Rays”. MLB.com (2013年2月13日). 2015年1月9日閲覧。
  27. ^ Royals set 40-man roster ahead of deadline”. MLB.com Royals Press Release (2013年11月21日). 2015年1月9日閲覧。
  28. ^ 違約金は25万ドル。
  29. ^ White Sox agree to terms with right-hander Felipe Paulino”. MLB.com White Sox Press Release (2013年12月9日). 2015年1月9日閲覧。
  30. ^ White Sox Place Felipe Paulino on Disabled List”. MLB.com White Sox Press Release (2014年4月19日). 2015年1月9日閲覧。
  31. ^ White Sox purchase the contract of Taylor Thompson”. MLB.com White Sox Press Release (2014年7月20日). 2015年1月9日閲覧。
  32. ^ Scott Merkin (2014年11月1日). “White Sox opt to decline Paulino's '15 option”. MLB.com. 2015年1月9日閲覧。
  33. ^ a b Felipe Paulino Statistics and History > Transactions”. Baseball Reference.com. 2016年6月1日閲覧。
  34. ^ Teams | 2015 WBSC Premier12 WBSC (英語) 2016年6月1日閲覧
  35. ^ フェリペ・ポーリーノ投手との契約合意についてのお知らせ 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト 2016年5月29日配信
  36. ^ 新規支配下選手登録 NPB.jp 日本野球機構
  37. ^ フェリペ・ポーリーノ投手 入団会見 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト 2016年5月31日配信
  38. ^ 公示(出場選手登録・抹消) 2016年6月 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト
  39. ^ 西武・田辺監督 辞めろ!ヤジにブチ切れ「いねぇんだよ!」 スポニチ Sponichi Annex 2016年6月19日掲載
  40. ^ 2016年6月18日 東京ヤクルト 対 埼玉西武 成績詳細 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト
  41. ^ 2016年8月20日 埼玉西武 対 千葉ロッテ 成績詳細 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト
  42. ^ 公示(出場選手登録・抹消) 2016年8月 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト
  43. ^ 埼玉西武ライオンズ選手来季契約について 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト 2016年11月1日配信
  44. ^ 自由契約選手”. 日本野球機構公式サイト (2016年11月8日). 2016年11月8日閲覧。
  45. ^ Brooks Baseball · Home of the PitchFX Tool - Player Card: Felipe Paulino
  46. ^ Felipe Paulino > Pitch Data”. The Baseball Cube. 2016年5月31日閲覧。
  47. ^ 体重122キロ!西武助っ人来日 大谷と対戦希望 日刊スポーツ 2016年5月31日紙面から
  48. ^ 体重122キロ右腕の西武・ポーリーノ熱望 愛称“ジャンボ” スポニチ Sponichi Annex 2016年6月1日掲載

関連項目編集

外部リンク編集