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この名前は、ポルトガル語圏の人名慣習に従っています。第一姓(母方の)はマツザレム第二姓(父方の)はダ・シウヴァです。

マトゥザレム (Matuzalém) ことフランセリーノ・マトゥザレム・ダ・シウヴァFrancelino Matuzalém da Silva, 1980年6月10日 - )は、ブラジルリオグランデ・ド・ノルテ州ナタウ出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー

マトゥザレム Football pictogram.svg
名前
本名 フランセリーノ・マトゥザレム・ダ・シウヴァ
Francelino Matuzalém da Silva
ラテン文字 MATUZALÉM
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
イタリアの旗 イタリア
生年月日 (1980-06-10) 1980年6月10日(39歳)
出身地 ナタウ
身長 175cm
選手情報
ポジション MF (DMF)
利き足 左足
ユース
ブラジルの旗 ヴィトーリア
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1997-1999 ブラジルの旗 ヴィトーリア 14 (0)
1999 スイスの旗 ベッリンツォーナ 0 (0)
1999-2001 イタリアの旗 ナポリ 52 (2)
2001-2002 イタリアの旗 ピアチェンツァ 28 (3)
2001-2003 イタリアの旗 パルマ 0 (0)
2002-2003 イタリアの旗 ブレシア (loan) 30 (0)
2003-2004 イタリアの旗 ブレシア 30 (3)
2004-2007 ウクライナの旗 シャフタール 68 (25)
2007-2009 スペインの旗 サラゴサ 14 (1)
2008-2009 イタリアの旗 ラツィオ (loan) 14 (0)
2009-2013 イタリアの旗 ラツィオ 61 (2)
2013-2014 イタリアの旗 ジェノア 36 (1)
2014-2015 イタリアの旗 ボローニャ 36 (0)
2015-2016 イタリアの旗 ヴェローナ 7 (0)
2016 アメリカ合衆国の旗 マイアミFC英語版 3 (0)
2016-2018 イタリアの旗 モンテロージ 28 (3)
1997-2018 通算 421 (40)
代表歴2
1997 ブラジルの旗 ブラジル U-17 6 (3)
1999 ブラジルの旗 ブラジル U-20 4 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。2019年1月5日現在。
2. 2014年6月29日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

目次

経歴編集

キャリア初期編集

1999年夏にECヴィトーリアを離れ、パルマFCとの共同保有でSSCナポリへ移籍[1] 。加入初年度にクラブのセリエA昇格を経験する。同クラブには2シーズン所属し、リーグ戦52試合に出場した。

ピアチェンツァ編集

2001年夏にパルマが保有権を買い取り、すぐにアマウリらと共にピアチェンツァ・カルチョへ共同保有で加入[2]。ナポリ時代に続きワルテル・ノヴェッリーノの指揮を受け、8月26日のSSラツィオ戦 (1-1) ではクラブ史上において外国人選手初となるゴールを挙げた。

ブレシア編集

シーズン終了後にパルマが再び保有権を買い戻すと、ブレシア・カルチョへレンタルとなった[3]カルロ・マッツォーネ監督の下リーグ戦30試合に出場すると、翌年よりブレシアに完全移籍した。同クラブではロベルト・バッジョルイジ・ディ・ビアジョルカ・トーニらと共にプレー。バッジョの現役最後の試合となった2004年5月16日のACミラン戦では2得点を挙げた。

シャフタール編集

2004年夏、移籍金1400万ユーロでウクライナ・プレミアリーグFCシャフタール・ドネツクへ移籍[4]ミルチェア・ルチェスクに率いられた在籍中の3年間で、2度のリーグ優勝を経験する。

2006-07シーズンは、退団したアナトリー・ティモシュチュクの後を継ぎキャプテンとしてチームを牽引した。2007年3月15日に行われたUEFAカップ2回戦・セビージャFCとの第2戦ではオーバーヘッドによる先制点を挙げたが、チームは延長の末逆転を許し敗退した[5]。シーズン終了後、クラブの年間最優秀選手に選出された。

サラゴサ編集

USチッタ・ディ・パレルモトリノFCSSCナポリなどからオファーが届いたが[6]、2007年7月18日にプリメーラ・ディビシオンレアル・サラゴサと3年契約を締結した[7]。9月26日のFCバルセロナ戦でトゥーレ・ヤヤのタックルを受け、左膝内側側副靭帯の断裂及び後脛骨の挫傷により全治2か月と診断された[8]。2008年3月に復帰しレギュラーとして14試合に出場したが、クラブは2部に降格した。

イタリア復帰編集

サラゴサの降格に伴い、2008年7月17日にSSラツィオへ買い取りオプション付きでシーズンローンとなった[9]。シーズンを通して負傷に悩まされながらも、クリスティアン・レデスマと中盤を形成した。

2009年5月19日、サラゴサへの移籍の際にシャフタールとの契約を一方的に破棄したとして、本人及びサラゴサに対してシャフタールへ1200万ユーロの移籍金を支払うようスポーツ仲裁裁判所から裁定を受けた[10]

UCサンプドリアとのコッパ・イタリア決勝戦は累積警告による出場停止のため欠場したが、クラブは優勝を収めた。8月8日に開催されたスーペルコッパ・イタリアーナインテルナツィオナーレ・ミラノ戦では、61分に先制点を挙げ2-1で勝利。クラブのシーズン2冠に貢献した[11]

シーズン終了後にラツィオはオプションを行使する意向を示したが、フアン・パブロ・カリーソの獲得を希望するサラゴサとの交渉が難航。最終的に両者をトレードする形でラツィオへ完全移籍となった[12]

2010年3月14日のASバーリ戦で左足腓骨を骨折し、残りのシーズンを棒に振る[13]翌シーズンはレデスマやクリスティアン・ブロッキの控えとなった。2011年3月19日のACチェゼーナ戦において、相手MFルイス・ヒメネスを暴行し4試合の出場停止処分を受けた[14]

2012年3月29日、先の移籍金支払いが遅滞した場合の出場停止を可能としたCASの裁定がスイス連邦最高裁判所英語版によって棄却された[15]

2011-12シーズンを終えるとブラジルへ帰国したが、クラブと音信不通になるというトラブルを起こす[16]

2013年1月、レンタルでジェノアCFCへ加入[17]。シーズン終了後にはラツィオを退団しフリートランスファーでジェノアと契約した[18]。翌年7月1日にクラブとの契約を解除することで合意した[19]

同月4日、セリエBボローニャFCに加入[20]。レギュラーとしてプレーしクラブのセリエA昇格に貢献した。

ボローニャ退団後の2015年9月18日、エラス・ヴェローナFCと1年契約を結んだ[21]

キャリア晩年編集

2016年1月20日、北米サッカーリーグへ新たに参入するマイアミFCと契約した[22]

同年5月にアメリカを去ると、12月5日にセリエDモンテロージFCへ加入することが発表された[23]。2018年1月7日に行われたカルチョ・フラミニア・チヴィタ・カステッラーナとのリーグ戦で審判を殴打し、3か月間の出場停止処分が科された[24]

2017-18シーズン限りで現役を引退。9月27日にUEFAのA級コーチライセンスを取得した[25]

代表歴編集

1997年9月のFIFA U-17世界選手権ブラジル代表として出場し、6試合で3得点を記録。ガーナとの決勝でもゴールを決め、ブラジルが優勝する原動力となった。世代別の代表としては、1999年のFIFAワールドユース選手権にも出場している。

タイトル編集

クラブ編集

ECヴィトーリア
シャフタール
ラツィオ

代表編集

ブラジル U-17

脚注編集

  1. ^ Napoli: via all' operazione rilancio La difesa e' a posto, arriva Robbiati”. La Gazzetta dello Sport (1999年6月17日). 2019年1月5日閲覧。
  2. ^ Liverpool a caccia di Rui Costa”. La Gazzetta dello Sport (2002年5月20日). 2019年1月5日閲覧。
  3. ^ gli altri affari”. La Repubblica (2002年8月30日). 2019年1月5日閲覧。
  4. ^ Gli uomini-mercato”. La Repubblica. 2019年1月5日閲覧。
  5. ^ <サッカー UEFA杯>セビージャ シャフタール・ドネツクを逆転で降し準々決勝進出 - ウクライナ”. AFPBB.com (2007年3月16日). 2019年1月5日閲覧。
  6. ^ Matuzalem può tornare in Italia: su di lui Palermo, Torino e Napoli”. TUTTOmeratoWEB.com (2007年6月5日). 2019年1月5日閲覧。
  7. ^ El Real Zaragoza cierra el fichaje del brasileño Matuzalem”. Marca.com (2007年7月18日). 2019年1月5日閲覧。
  8. ^ Matuzalem estará dos meses de baja”. Marca.com (2007年9月27日). 2019年1月5日閲覧。
  9. ^ Matuzalem se marcha cedido a la Lazio”. Marca.com (2008年7月18日). 2019年1月5日閲覧。
  10. ^ CAS £11m award in Matuzalem case ends cheap contract buy-outs”. The Guardian (2009年5月20日). 2019年1月5日閲覧。
  11. ^ ラツィオ インテルを破りスーパーカップを制す”. AFPBB.com (2009年8月9日). 2019年1月5日閲覧。
  12. ^ Lazio, Matuzalem ha firmato”. TUTTOmercatoWEB.com (2009年7月20日). 2019年1月5日閲覧。
  13. ^ Lazio, stagione finita per Matuzalem”. TUTTOmercatoWEB.com (2010年3月15日). 2019年1月5日閲覧。
  14. ^ サッカー=ラツィオのマツザレム、4試合の出場停止処分”. ロイター (2013年3月22日). 2019年1月5日閲覧。
  15. ^ FIFA and CAS rapped by Swiss court over Matuzalem case”. Reuters (2012年3月29日). 2019年1月5日閲覧。
  16. ^ Lazio, Matuzalem caso dell'estate”. Calciomercato.com (2012年7月10日). 2019年1月5日閲覧。
  17. ^ “Ufficiale: Matuzalem è del Genoa. Domenica l'esordio contro il Bologna”. cittadigenova.com. http://www.cittadigenova.com/Genova/Sport/Ufficiale-Matuzalem-e-del-Genoa-58840.aspx 2013年2月20日閲覧。 
  18. ^ UFFICIALE: Genoa, depositato il contratto di Matuzalem”. TUTTOmercatoWEB.com (2013年8月24日). 2019年1月5日閲覧。
  19. ^ UFFICIALE: Genoa, rescissione consensuale per Matuzalem”. TUTTOmercatoWEB.com (2014年7月1日). 2015年11月1日閲覧。
  20. ^ UFFICIALE: Matuzalem è un nuovo giocatore del Bologna”. TUTTOmercatoWEB.com (2014年7月4日). 2015年11月1日閲覧。
  21. ^ UFFICIALE: Hellas Verona, contratto annuale per Matuzalem”. TuttoMercatoWeb.com (2015年9月18日). 2015年11月1日閲覧。
  22. ^ MIAMI FC SIGNS SERIE A CHAMPION MATUZALEM FRANCELINO DA SILVA”. Miami FC (2016年1月20日). 2016年2月9日閲覧。
  23. ^ Matuzalem riparte dalla Serie D: giocherà con suo figlio nel Monterosi”. La Gazzetta dello Sport (2016年12月5日). 2018年1月11日閲覧。
  24. ^ Matuzalem squalificato 3 mesi: punito lo schiaffo all'arbitro”. Sky Sport (2018年1月11日). 2019年1月5日閲覧。
  25. ^ ピルロ、バティ、ジラルディーノ…イタリアの名選手たちが揃って指導者ライセンス取得”. ゲキサカ (2018年9月28日). 2019年1月5日閲覧。

外部リンク編集