久居市

日本の三重県にあった市
久居町から転送)

久居市(ひさいし)は、三重県にあった2006年1月1日に旧・津市等10市町村で合併し津市となり廃止した。本項では市制前の名称である一志郡久居町(ひさいちょう)についても述べる。

ひさいし
久居市
ウインドパーク久居榊原
久居市旗 久居市章
久居市旗 久居市章
廃止日 2006年1月1日
廃止理由 新設合併
久居市、津市、河芸町芸濃町美里村安濃町香良洲町一志町白山町美杉村津市
現在の自治体 津市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 東海地方近畿地方
都道府県 三重県
市町村コード 24213-6
面積 68.20km2.
総人口 42,497
(2005年7月30日)
隣接自治体 津市美里村一志町白山町松阪市伊賀市
市の木 なし
市の花 なし
市の鳥
市の花木
オオタカ
モクセイ
久居市役所
所在地 514-1192
三重県久居市東鷹跡町246番地

津市久居庁舎(旧久居市役所)
外部リンク 久居市Internet Archive
座標 北緯34度40分29秒 東経136度28分12秒 / 北緯34.67486度 東経136.46992度 / 34.67486; 136.46992座標: 北緯34度40分29秒 東経136度28分12秒 / 北緯34.67486度 東経136.46992度 / 34.67486; 136.46992
久居市の位置
ウィキプロジェクト

青山高原にある風力発電設備は24基と、日本有数の規模である。榊原温泉は、清少納言の「枕草子」に有馬温泉玉造温泉と並び日本三名泉として挙げられている。当時の市章は久居の「久」の字が5つ繋がった形になっていた。

地理 編集

三重県中勢地域にあった。

市西部にある青山高原は、若狭湾から伊勢湾にかけての「日本のくびれ」といわれる地峡部に位置し、特にこの部分は周りの山地に比べ比較的標高が低いため、日本海と太平洋の間を卓越する風の通り道となっており恒常的に安定した風速が得られる。そのため大規模な風力発電所が立地している。

自然 編集

隣接していた自治体 編集

歴史 編集

市名の由来 編集

1670年寛文10年)津藩主・藤堂高虎の孫、佐渡守・高通(たかみち)宗家と分かれて支藩久居藩)を立てる。そのとき、「永久鎮居」の意を込めて「久居」と命名した。

沿革 編集

経済 編集

元来、農業の街だったが、末期には交通の利便性から企業の立地が進んでいた。

久居梨 編集

久居では1907年(明治40年)に青年団の活動として栽培を開始した[1]。開始当初は3 haに過ぎなかったが、1970年代には30 haまで拡大した[1]品種は長十郎が主であったが、早生品種として幸水を導入する農家が1970年代当時増加していた[1]。1970年代の出荷先は、半数が三重県内で、一宮市場が3割、大阪市場が2割であった[1]。栽培の中心地は市街地に近接した井戸山町と小野辺町で、井戸山は苗木栽培と、小野辺は野菜栽培との複合経営である[1]

行政 編集

  • 市長:池田幸一

歴代市長 編集

特記なき場合『日本の歴代市長 : 市制施行百年の歩み』などによる[2]

氏名 就任 退任 備考
1 野垣内三郎 1970年(昭和45年)8月1日 1984年(昭和59年)2月29日 旧久居町長
2 田中功 1984年(昭和59年)3月1日 1996年(平成8年)2月29日
3 藤岡和美 1996年(平成8年)3月1日 2001年(平成13年)5月 辞職
4 池田幸一 2001年(平成13年)5月27日 2005年(平成17年)12月31日 廃止

久居町長 編集

国の施設 編集

姉妹都市・友好都市 編集

国内 編集

教育 編集

高等学校 編集

 
久居農林高等学校

中学校 編集

小学校 編集

特別支援学校 編集

過去にあった高等学校 編集

交通 編集

鉄道 編集

中心となる駅久居駅

路線バス 編集

道路 編集

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事 編集

 
久居市民会館

名所・旧跡 編集

観光スポット 編集

  • 榊原温泉
  • 青山高原ウィンドファーム(風力発電施設)

公園 編集

レジャー 編集

祭事 編集

出身者 編集

久居市に関する書物 編集

引用 編集

参考文献 編集

  • 農耕と園芸編集部 編 編『最新園芸特産地ガイド ②中部・近畿』誠文堂新光社、1972年7月20日、275頁。 全国書誌番号:70006531
  • 歴代知事編纂会 編集『日本の歴代市長 : 市制施行百年の歩み』 第2、歴代知事編纂会、1983年。 

関連項目 編集