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千種町(ちくさちょう)は、かつて愛知県愛知郡にあった。現在の名古屋市千種区西部に該当する。

ちくさちょう
千種町
廃止日 1921年8月22日
廃止理由 編入合併
名古屋市、愛知郡千種町東山村、西春日井郡六郷村杉村清水町 → 名古屋市
現在の自治体 名古屋市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 愛知県
愛知郡
面積 4.37km2.
総人口 21,340
(1920年10月1日)
隣接自治体 名古屋市、愛知郡東山村、御器所村
千種町役場
所在地 愛知県愛知郡千種町字中道2
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地理編集

標高は5mから30mほどで、西端で低く東に向かってなだらかに上っていき、東端でやや急に高くなる。 蝮池・今池・振甫池・鉄砲池といった溜め池がある。

歴史編集

非常に古くから活発な活動があったと思われるが、先史時代の遺跡や古墳はそれほど多くなく、後代の開発により失われたものと考えられる。千種駅を挟むように存在する高牟神社物部神社は、それぞれ成務天皇垂仁天皇の御代に遡ると伝えられる式内社であり、ともに物部氏との結びつきを示している。古代には物部郷古井村、中世には鳴海荘古井村と呼ばれ、村域は現在の東区西部や新栄あたりまでの広い範囲に及んでいた。江戸時代には尾張藩領となり、清洲越し以来の名古屋城下の拡大に飲まれていった。廃藩置県により名古屋県を経て愛知県に所属。純農村だったが、次第に市街化して商工業が盛んになった。

沿革編集

  • 1872年(明治5年)9月29日 - 愛知県区画章程により第二大区第七小区に所属。
  • 1876年(明治9年)8月21日 - 愛知県第二区に所属。古井村に、丸山村、名古屋村東畑、名古屋新田、春日井郡鍋屋上野村のそれぞれ一部が合併し、千種村となる。
  • 1878年(明治11年)12月20日 - 郡区町村編制法のもとで、愛知郡千種村となる。
  • 1884年(明治17年)8月1日 - 田代村[注釈 1]とともに愛知郡第25組を構成し、千種村字高見に連合戸長役場が置かれた。
  • 1889年(明治22年)10月1日 - 町村制施行。千種村の一部[注釈 2]鍋屋上野村[注釈 1]に編入される。
  • 1902年(明治35年)2月13日 - 町制施行。千種町となる。
  • 1909年(明治42年)10月1日 - 中央本線より西側の一部地域を名古屋市中区へ編入。[注釈 3]
  • 1921年(大正10年)8月22日 - 名古屋市に編入され、名古屋市東区の一部となる。
  • 1937年(昭和12年) - 東区から千種区が分離する。

官公署編集

産業編集

農業は米麦のほかに、盆栽庭木、養鶏酪農が盛んだった。商業は飯田街道沿いに多く、工業は陶磁器織物が主であった。

金融機関編集

教育機関編集

交通機関編集

鉄道編集

脚注編集

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  1. ^ a b 田代村と鍋屋上野村は1906年に合併して東山村となった。1921年千種町とともに名古屋市に編入され、おおむね現在の千種区を構成する。
  2. ^ のちに東山村大字千種となり、名古屋市編入に際して北千種町となった。現在の北千種に相当する。
  3. ^ 以前より編入の要望があったが、第10回関西府県連合共進会の敷地(現在の鶴舞公園)として御器所村の一部を名古屋市へ編入する機に乗じて実現された。

参考文献編集

  • 『千種区史』千種区制施行50周年記念事業実行委員会、1987年。全国書誌番号:88013325

関連項目編集