墳墓に棲みつくもの

墳墓に棲みつくもの』(ふんぼにすみつくもの、原題:: The Dweller in the Tomb)は、アメリカ合衆国のホラー小説家リン・カーターによる短編ホラー小説。クトゥルフ神話の1つで、1971年にアーカムハウスの単行本『ダーク・シングス』にて発表された。後にシリーズ『超時間の恐怖』The Terror Out of Timeの最初の作品に位置付けられる、ゾス神話連作の1つである。ゾス神話シリーズは2014年に単行本『クトゥルーの子供たち』にて翻訳されてようやく日本で読めるようになるが、本短編のみ先行して邦訳がある。

初期タイトルは『窖の住人』The Inhabitant of the Cryptであったが、本タイトルで発表された。作者はシリーズ『超時間の恐怖』に位置付ける際に『ザントゥー』に改題しようとしていたが、後を継いだロバート・M・プライスは改題せずに発表時のタイトルを維持することにした。プライスは本タイトルを、ハワード作のコンラッド&キロワンもの『The Dweller under the Tombs』(墓地の住人)から拝借した可能性を指摘しつつ、クトゥルフ神話お約束の順当なタイトルでもあると指摘している[1]。またコープランドの物語がザントゥーというタイトルである理由として、コープランドがザントゥーであるからという真相に、クライマックスで至るようになっている。

クトゥルフ神話の原点は、言うまでもなくラヴクラフトの『クトゥルフの呼び声』であり、クトゥルフ神話作中においては、神クトゥルフが初めて学会で論じられたのは1908年の出来事であると、長らくされていた。しかしリン・カーター執筆した本作品によって、1906年にコープランド教授がクトゥルフの論文を発表していたとされたために、史上初が更新された。

フランク・ベルナップ・ロングの『恐怖の山』にも登場した「ツァン高原」が舞台であり、作中でも『恐怖の山』の出来事への言及がある[注 1]。さらに本作ではツァン高原とレン高原の関連が示唆される[注 2]

東雅夫は『クトゥルー神話事典』にて、「神話大系の研究家でもあるカーターらしく、おなじみの固有名詞を嬉々として多用している作品」と解説している。[2]

物語編集

コープランド教授の生涯編集

  • 1906年:論文『ポリネシア神話――クトゥルー神話大系における一考察』を発表。以後オカルトに傾向するようになる。
  • 1911年:論文『「ポナペ経典」から考察した先史時代の太平洋海域』を発表。精神異常を疑われ、学会を追われる。
  • 1913年:中央アジア探検に出かけるも、遭難。モンゴル-ロシア国境付近の砂丘にて、錯乱し餓死寸前の状態で発見される。
  • 1916年:持ち帰った「ザントゥー石板」の「推測的な翻訳」を発表するも、大バッシングを受け、精神病院に収容される。
  • 1926年:精神病院で死去。
  • 1928年:コレクションがサンボーン研究所に遺贈される。ブレイン博士によって1913年の探検の日誌が公開される。

中央アジア探検隊の記録編集

1913年、コープランド教授は文献「ポナペ経典」や「無名祭祀書[3]を手掛かりに、神官ザントゥーの墳墓を発見すべく、中央アジア遠征隊を組織して出発する。しかし同志が疫病で死に、宿泊中に獣に水袋を切り裂かれて飲料水を失うなど、トラブルが続出する。現地ガイド達に反発され脱走者が相次ぐも、コープランドは禁断のツァン高原奥地から引き返すつもりはない。

40日を過ぎたころには、疲労により、正確な日付もわからなくなる。一行は城塞の幻覚あるいは蜃気楼を見るようになる。ガイドの一人が見た幻覚を、彼らは「ミ=ゴだ!」と恐れて喚き出し、コープランドの命令をきかなくなる。寒さと乾燥に苛まれ、コープランドの意識も朦朧としてくるが、ザントゥーの通った道であると考えて決意を保つ。雪原に入り雪[注 3]を食べることで渇きを克服するも、ミ=ゴの襲撃に遭いガイド全員を失う。

独りとなったコープランドは、無名の山脈を登る。また飲料水の代替に、ミ=ゴを射殺して血を飲む。今や奇怪な建造物の幻覚が昼夜なく見えるようになった。そしてついに、谷間に墓を発見する。コープランドは石蓋を開けて、ミイラと黒翡翠の銘板を見つける。同時に、どういうわけか、この場所をなじみ深いと思う。ミイラの顔を見たコープランドは、極限状態の思考によって、ザントゥーが己の前世であり、己は前世と同じ行動をなぞってこの場所へとやって来たということを悟る。

主な登場人物編集

  • ハロルド・ハドリー・コープランド教授 - 主人公。太平洋考古遺物研究の大家。古文献から神官ザントゥーの墳墓の位置を突き止め、遠征に赴く。オカルトに傾倒し、周囲からは精神異常を疑われつつある。
  • 神官ザントゥー - ムー大陸の神イソグサの神官・魔術師。文献「ポナペ経典」には冒涜者として書かれている。
  • エリントン - コープランドと共に探検隊を率いた人物。出発後すぐに病死したとされ、フルネームも人物像も不明。
  • チャンポ=ヤア -雇われた現地人ガイドたちのリーダー。ミ=ゴの襲撃に遭い、消息不明になる。
  • ブレイン博士 - サンボーン研究所の職員。コープランド教授の探検日誌を公開する。

用語編集

  • ダクパ - 現地ガイドたちの会話に出てくる語。墳墓を護る、食屍鬼のような存在らしい。ブータンのゾス語で「雷のもの」を意味する言葉。
  • ミ=ゴ - 熊よりも巨大な「雪男」。翼を持つ、甲殻類か爬虫類めいた怪物たち。隊を襲撃してくるが、コープランドには近づいてこない。血はねばねばした悪臭あるもの。
  • ポナペ経典 - アーカムの貿易商アブナー・エゼキエル・ホーグ船長[注 4]が、18世紀にポナペから持ち帰った、ヤシの葉の皮紙製にムー大陸のナアカル語で記された古文書原本。および、英語の翻訳写本。ムー大陸の神ガタノソア崇拝の文献。この文献を元に、コープランドはザントゥーの墓の位置を突き止める。
  • ザントゥー石板 - コープランドが、ザントゥーの墳墓で発見した、10枚の黒翡翠の銘板(次作品では12枚になっている)。生還したコープランドは「推測的な翻訳」を発表するが、糾弾され、狂人とみなされる。

収録編集

  • 『クトゥルーの子供たち』KADOKAWAエンターブレイン、立花圭一ほか訳「墳墓に棲みつくもの」
  • 『真ク・リトル・リトル神話大系9』国書刊行会佐藤嗣二訳「墳墓の主」
  • 『新編真ク・リトル・リトル神話大系5』国書刊行会、佐藤嗣二訳「墳墓の主」

関連作品編集

  • 赤の供物 - ザントゥー石板の第7石板からの抜粋。
  • 奈落の底のもの - ザントゥー石板の第9石板からの抜粋。ザントゥーが「ポナペ経典」で弾劾されている原因が描かれる。

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ ただし本作品は1913年の出来事であり、『恐怖の山』は1928年ころの出来事であるため、矛盾が生じており、時系列に不明瞭な点がある
  2. ^ クトゥルフ神話では、アジアにレン高原/スン高原/ツァン高原があるとされ、またレン高原は位置が曖昧な地とされる。先行作家の設定では、チョー=チョー人潜伏するもの・スン高原)、ミ=ゴ(闇に囁くもの・ヒマラヤ)、シャンタク鳥(ドリームランドのレン高原)である。カーターは本作で、この三種族をレン高原と結び付けたうえで、ネクロノミコンで言及されるレン高原と舞台であるツァン高原を結びつけた。
  3. ^ 何かに汚染された「まずい」水分とのこと。
  4. ^ カーターは別作品で、オーベッド・マーシュの娘婿としている。だが年代によると、オーベッドよりも100年前の人物のはずとなり、数字が合っていない。

出典編集

  1. ^ KADOKAWAエンターブレイン『クトゥルーの子供たち』解題【墳墓に棲みつくもの】408ページ。
  2. ^ 学習研究社『クトゥルー神話事典第四版』380ページ。
  3. ^ 原文では『Unaussprechlichen Kulten』と、ドイツ語タイトルが用いられている。『クトゥルーの子供たち』【墳墓に棲みつくもの】訳注45ページ。