外務・英連邦大臣

外務英連邦大臣から転送)

女王陛下の外務および英連邦大臣英語: Her Majesty's Principal Secretary of State for Foreign and Commonwealth Affairs)は、イギリス外務・英連邦省の長たる国務大臣。一般にForeign Secretaryと略され、他国の外務大臣に相当する。Great Offices of Stateと呼ばれる重要閣僚ポストの一つでもある。

イギリスの旗 イギリス
外務および英連邦大臣
Secretary of State for Foreign and Commonwealth Affairs
Royal Coat of Arms of the United Kingdom (HM Government).svg
任命者 女王エリザベス2世
首相テリーザ・メイの助言に基づき)
初代 チャールズ・ジェームズ・フォックス
創設 1782年3月27日
公式サイト FCO website
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諸外国との外交関係、英連邦海外領土に関わる事項に加えて、海外におけるイギリスの国益の増進を担当する[1]。また、秘密情報部 (MI6) および政府通信本部 (GCHQ) を監督する行政上の権限も有する[2]

現在の外務・英連邦大臣は、元ロンドン市長ボリス・ジョンソン下院議員で、2016年7月にテリーザ・メイ首相により任用された。

目次

概要編集

Secretary of State for Foreign Affairs外務大臣)の職は1782年の政府再編により創設され、北部国務卿南部国務卿がそれぞれ内務大臣と外務大臣になった。Secretary of State for Foreign and Commonwealth Affairs外務・英連邦大臣)の職は、1968年に従来の外務大臣 (Secretary of State for Foreign Affairs) と英連邦大臣 (Secretary of State for Commonwealth Affairs) の職務が一つの省の下に統合する形で設置された。インド省英語版は外務省の前身機関の一つであった。

外務・英連邦大臣は内閣の一員であり、Great Offices of Stateと呼ばれる重要閣僚ポストの一つと見なされている。大臣の執務拠点はホワイトホールの外務・英連邦省内にある。そのほか、ロンドンのカールトン・ガーデンズ1 (1 Carlton Gardens) とケントのチーヴニング (Chevening) に大臣公邸がある。

外務大臣の一覧編集

外務大臣(1782年-1968年)編集

氏名 肖像 就任 退任 政党 首相
チャールズ・ジェームズ・フォックス   1782年3月27日 1782年7月5日
辞職
ホイッグ党 第2代ロッキンガム侯爵
第2代グランサム男爵   1782年7月13日 1783年4月2日 ホイッグ党 第2代シェルバーン伯爵
チャールズ・ジェームズ・フォックス   1783年4月2日 1783年12月19日 ホイッグ党 第3代ポートランド公爵
テンプル伯爵   1783年12月19日 1783年12月23日 トーリー党 ウィリアム・ピット (小ピット)
カーマーゼン侯爵[3]   1783年12月23日 1791年5月
(辞職)
トーリー党
グレンヴィル男爵   1791年6月8日 1801年2月20日 トーリー党
ハークスベリー男爵[4]   1801年2月20日 1804年5月14日 トーリー党 ヘンリー・アディントン
第2代ハロビー男爵英語版   1804年5月14日 1805年1月11日 トーリー党 ウィリアム・ピット (小ピット)
マルグレイヴ卿   1805年1月11日 1806年2月7日 トーリー党
チャールズ・ジェームズ・フォックス   1806年2月7日 1806年9月13日
(死去)
ホイッグ党 グレンヴィル男爵
ホーウィック子爵   1806年9月24日 1807年3月25日 ホイッグ党
ジョージ・カニング   1807年3月25日 1809年10月11日 トーリー党 第3代ポートランド公爵
第3代バサースト伯爵   1809年10月11日 1809年12月6日 トーリー党
初代ウェルズリー侯爵   1809年12月16日 1812年3月4日 トーリー党 スペンサー・パーシヴァル
カスルリー子爵   1812年3月4日 1822年8月12日
(死去)
トーリー党 第2代リヴァプール伯爵
ジョージ・カニング   1822年9月16日 1827年4月30日 トーリー党
初代ダドリー伯爵英語版   1827年4月30日 1828年6月2日 トーリー党 ジョージ・カニング
初代ゴドリッチ子爵
第4代アバディーン伯爵   1828年6月2日 1830年11月22日 トーリー党 初代ウェリントン公爵
第3代パーマストン子爵   1830年11月22日 1834年11月14日 ホイッグ党 第2代グレイ伯爵
第2代メルバーン子爵
初代ウェリントン公爵   1834年11月14日 1835年4月18日 トーリー党 初代ウェリントン公爵
サー・ロバート・ピール準男爵
第3代パーマストン子爵   1835年4月18日 1841年9月2日 ホイッグ党 第2代メルバーン子爵
第4代アバディーン伯爵   1841年9月2日 1846年7月6日 保守党 サー・ロバート・ピール準男爵
第3代パーマストン子爵   1846年7月6日 1851年12月16日 ホイッグ党 ジョン・ラッセル卿
第2代グランヴィル伯爵   1851年12月26日 1851年2月27日 ホイッグ党
第3代マームズベリー伯爵 1852年2月27日 1852年12月28日 保守党 第14代ダービー伯爵
ジョン・ラッセル卿   1852年12月28日 1853年2月21日 ホイッグ党 第4代アバディーン伯爵
第4代クラレンドン伯爵   1853年2月21日 1858年2月26日 ホイッグ党
第3代パーマストン子爵
第3代マームズベリー伯爵 1858年2月26日 1859年6月18日 ホイッグ 第14代ダービー伯爵
ジョン・ラッセル卿[5]   1859年6月18日 1865年11月3日 自由党 第3代パーマストン子爵
第4代クラレンドン伯爵   1865年11月3日 1866年7月6日 自由党 初代ラッセル伯爵
スタンリー卿   1866年7月6日 1868年12月9日 保守党 第14代ダービー伯爵
ベンジャミン・ディズレーリ
第4代クラレンドン伯爵   1868年12月9日 1870年7月6日 自由党 ウィリアム・グラッドストン
第2代グランヴィル伯爵   1870年7月6日 1874年2月21日 自由党
第15代ダービー伯爵   1874年2月21日 1878年4月2日 保守党 ベンジャミン・ディズレーリ
第3代ソールズベリー侯爵   1878年4月2日 1880年4月28日 保守党
第2代グランヴィル伯爵   1880年4月28日 1885年6月24日 自由党 ウィリアム・グラッドストン
第3代ソールズベリー侯爵   1885年6月24日 1886年2月6日 保守党 第3代ソールズベリー侯爵
第5代ローズベリー伯爵   1886年2月6日 1886年8月3日 自由党 ウィリアム・グラッドストン
初代イデスリー伯爵   1886年8月3日 1887年1月12日
(死去)
保守党 第3代ソールズベリー侯爵
第3代ソールズベリー侯爵   1887年1月14日 1892年8月11日 保守党
第5代ローズベリー伯爵   1892年8月18日 1894年3月11日 自由党 ウィリアム・グラッドストン
初代キンバリー伯爵   1894年3月11日 1895年6月21日 自由党 第5代ローズベリー伯爵
第3代ソールズベリー侯爵   1895年6月29日 1900年11月12日 保守党 第3代ソールズベリー侯爵
第5代ランズダウン侯爵   1900年11月12日 1905年12月4日 自由統一党 第3代ソールズベリー侯爵
アーサー・バルフォア
サー・エドワード・グレイ準男爵   1905年10月10日 1916年10月10日 自由党 サー・ヘンリー・キャンベル=バナマン
ハーバート・ヘンリー・アスキス
アーサー・バルフォア   1916年12月10日 1919年10月23日 保守党 デビッド・ロイド・ジョージ
カーゾン・オブ・ケドルストン伯爵[6]   1919年10月23日 1924年1月22日 保守党
アンドルー・ボナー・ロー
スタンリー・ボールドウィン
ラムゼイ・マクドナルド   1924年1月22日 1924年11月3日 労働党 ラムゼイ・マクドナルド
サー・オースティン・チェンバレン   1924年11月6日 1929年6月4日 保守党 スタンリー・ボールドウィン
アーサー・ヘンダーソン   1929年6月7日 1931年8月24日 労働党 ラムゼイ・マクドナルド
初代レディング侯爵   1931年8月25日 1931年11月5日 自由党 ラムゼイ・マクドナルド
サー・ジョン・サイモン   1931年11月5日 1935年6月7日 国民自由党英語版 ラムゼイ・マクドナルド
サー・サミュエル・ホーア準男爵英語版   1935年6月7日 1935年12月18日
(辞職)
保守党 スタンリー・ボールドウィン
アンソニー・イーデン   1935年12月22日 1938年2月20日
(辞職)
保守党
ネヴィル・チェンバレン
ハリファックス子爵   1938年2月21日 1940年12月22日 保守党
アンソニー・イーデン   1940年12月22日 1945年7月26日 保守党 ウィンストン・チャーチル
アーネスト・ベヴィン   1945年7月27日 1951年3月9日 労働党 クレメント・アトリー
ハーバート・モリソン英語版   1951年3月9日 1951年10月26日 労働党
アンソニー・イーデン   1951年10月28日 1955年4月7日 保守党 サー・ウィンストン・チャーチル
ハロルド・マクミラン   1955年4月7日 1955年12月20日 保守党 サー・アンソニー・イーデン
セルウィン・ロイド英語版   1955年12月20日 1960年7月27日 保守党
ハロルド・マクミラン
第14代ヒューム伯爵[7]   1960年7月27日 1963年10月20日 保守党
ラブ・バトラー   1963年10月20日 1964年10月16日 保守党 サー・アレック・ダグラス=ヒューム
パトリック・ゴードン・ウォーカー英語版   1964年10月16日 1965年1月22日[8] 労働党 ハロルド・マクミラン
マイケル・ステュワート英語版   1965年1月22日 1966年8月11日 労働党
ジョージ・ブラウン英語版   1966年8月11日 1968年3月16日
(辞職)
労働党
マイケル・ステュワート   1968年3月16日 1968年10月17日 労働党

外務・英連邦大臣(1968年-現在)編集

氏名 肖像 就任 退任 政党 首相
マイケル・ステュワート   1968年10月17日 1970年6月19日 労働党 ハロルド・ウィルソン
サー・アレック・ダグラス=ヒューム   1970年6月20日 1974年2月28日 保守党 エドワード・ヒース
ジェームズ・キャラハン   1974年3月5日 1976年4月5日 労働党 ハロルド・ウィルソン
アンソニー・クロスランド英語版   1976年4月8日 1977年2月19日
(死去)
労働党 ジェームズ・キャラハン
デイヴィッド・オーウェン   1977年2月22日 1979年5月4日 労働党
第6代キャリントン男爵   1979年5月5日 1982年4月5日
(辞任)
保守党 マーガレット・サッチャー
フランシス・ピム   1982年4月6日 1983年6月11日 保守党
サー・ジェフリー・ハウ英語版   1983年6月11日 1989年7月24日 保守党
ジョン・メージャー   1989年7月24日 1989年10月26日 保守党
ダグラス・ハード   1989年10月26日 1995年7月5日 保守党
ジョン・メージャー
マルコム・リフキンド英語版   1995年7月5日 1997年5月2日 保守党
ロビン・クック   1997年5月2日 2001年6月8日 労働党 トニー・ブレア
ジャック・ストロー   2001年6月8日 2006年5月5日 労働党
マーガレット・ベケット   2006年5月5日 2007年6月28日 労働党
デイヴィッド・ミリバンド   2007年6月28日 2010年5月11日 労働党 ゴードン・ブラウン
ウィリアム・ヘイグ   2010年5月11日 2014年7月14日 保守党 デーヴィッド・キャメロン
フィリップ・ハモンド   2014年7月14日 2016年7月13日 保守党
ボリス・ジョンソン   2016年7月13日 (現職) 保守党 テリーザ・メイ

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ Secretary of State for Foreign and Commonwealth Affairs”. Government of the United Kingdom. 2014年9月4日閲覧。
  2. ^ Ministerial responsibility” (en-gb) (2016年3月23日). 2017年5月25日閲覧。 “Day-to-day ministerial responsibility for GCHQ lies with the Foreign Secretary.”
  3. ^ 在任中の1789年にリーズ公爵に叙される
  4. ^ 在任中の1803年11月に繰上勅書により未だ父が存命ながらハークスベリー男爵位を継承する。それまでは儀礼称号として使用していた。
  5. ^ 1861年にラッセル伯爵に叙される
  6. ^ 在任中の1921年のカーゾン・オブ・ケドルストン侯爵に叙される
  7. ^ 1963年に爵位返上
  8. ^ 1964年イギリス総選挙で落選

外部リンク編集