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安堂寺町(あんどうじまち)は、大阪府大阪市中央区町名。現行行政地名は安堂寺町一丁目から二丁目まで。2015年10月1日現在の人口は2,761人、世帯数は1,640世帯[1]郵便番号は〒542-0061。

安堂寺町
Cominix
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 大阪府
市町村 大阪市
中央区
人口
2015年(平成27年)10月1日現在)
 • 合計 2,761人
等時帯 UTC+9 (JST)
郵便番号
542-0061

地理編集

大阪市中央区の南部に位置する。北は神崎町十二軒町龍造寺町、西は松屋町、東は上町筋を挟んで上町、南は長堀通を挟んで谷町6丁目及び上本町西にそれぞれ接する。

明治から昭和にかけての文豪・直木三十五の出身地としても知られ、文学碑が建てられている。

歴史編集

現行町名と旧町名で場所が異なる。

現行町名編集

  • 1872年明治5年) 南大組山家屋町(やまかやちょう)、桜町、坂田町、内安堂寺町、播磨町、尾張坂町、丹波屋町の北東部を統合して内安堂寺町通1 - 3丁目に改編。
  • 1879年(明治12年) 南大組が南区となる。
  • 1943年昭和18年) 1丁目の上町筋以東(もと山家屋町)が東区へ転属。
  • 1979年(昭和54年) 東区内安堂寺町通1丁目(もと山家屋町)が上町1丁目の一部となり消滅。
  • 1982年(昭和57年) 安堂寺町1 - 2丁目の現行町名に改編。

旧町名編集

  • 1872年(明治5年) 南大組安堂寺町1 - 5丁目(2丁目は上半・下半に分かれる)、北勘四郎町を統合して安堂寺橋通1 - 4丁目に改編。
  • 1879年(明治12年) 南大組が南区となる。
  • 1982年(昭和57年) 南船場1 - 4丁目の現行町名に改編。

町名の由来編集

日本書紀』に記述されている安曇寺が転訛し、安堂寺と呼ばれるようになったとする説があるが、定かではない。阿曇氏の拠点が上町台地側にあったとも推定される[2]

施設編集

交通編集

出身者編集

脚注編集

  1. ^ 中央区 人口
  2. ^ 安堂寺橋”. 大阪市. 2018年9月18日閲覧。

外部リンク編集