岩下敬輔

日本のサッカー選手

岩下 敬輔(いわした けいすけ、1986年9月24日 - )は、鹿児島県伊集院町(現:日置市)出身の元プロサッカー選手。ポジションはディフェンダー(センターバック)。

岩下 敬輔 Football pictogram.svg
名前
カタカナ イワシタ ケイスケ
ラテン文字 IWASHITA Keisuke
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1986-09-24) 1986年9月24日(34歳)
出身地 鹿児島県伊集院町
(現:日置市
身長 181cm
体重 77kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 サガン鳥栖
ポジション DF (CB, SB) / MF (DH)
背番号 8
利き足 右足
ユース
1999-2001 桜島町立櫻島中学校
2002-2004 鹿児島実業高等学校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2005-2012 清水エスパルス 127 (12)
2012 ガンバ大阪 (loan) 12 (0)
2013-2016 ガンバ大阪 83 (4)
2017-2019 アビスパ福岡 55 (4)
2019 サガン鳥栖 (loan) 0 (0)
2020 サガン鳥栖 2 (0)
代表歴
2009 日本の旗 日本 0 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2020年12月20日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj
岩下敬輔

来歴編集

鹿児島実業高等学校在学中の2005年に全国高等学校サッカー選手権大会で優勝を経験。この年、清水エスパルスに入団。中学年代までは攻撃的なポジションで鹿児島県選抜に選ばれた。足元の技術も高さを当時の監督長谷川健太に買われ、5月1日の大宮戦でボランチとしてデビューし、その後も本職のセンターバックだけでなくサイドバックなども任された。3年目の2007年J1第22節 対アルビレックス新潟戦に先発出場し、後半17分にCKからプロ入り初ゴールとなるヘディングシュートを決めた。しかし、それ以降は中々定位置を掴めなかった。

2009年、退団した高木和道に代わりセンターバックのレギュラーとして定着。2009年10月、チームメイトの山本海人とともに日本代表に初選出された[1]

2012年、開幕からレギュラーとして起用されるも安定感に欠けたプレーが目立ち、次第に出番が減少していった。同年8月ガンバ大阪へ期限付き移籍[2]。加入当初は、負傷離脱中であった加地亮の穴を埋めるため右サイドバックで起用され、加地復帰後はセンターバックとして起用された。しかし、チームは不振から抜け出せずJ2降格となってしまった。

2013年、複数のJ1クラブからオファーを貰うも[3]、ガンバ大阪への完全移籍を選択した[4]。シーズン序盤はセンターバックでスタメン出場を続けるも、J2第26節東京V戦で右足関節捻挫の怪我で戦線離脱。以降、練習には何度か復帰するも再発を繰り返し、実践復帰は最終節群馬戦まで長引いてしまい、出場数はリーグ戦半分以下の17試合に留まった。

2014年は開幕から定位置を奪回しシーズン通してレギュラーとして活躍。リーグ戦は出場停止となった2試合を除く32試合に出場し、失点数リーグ2位タイに抑えたディフェンス陣を牽引。清水時代からの恩師で前年からG大阪の監督を務めていた長谷川健太にタイトルをもたらし、ガンバのリーグ優勝さらに国内三冠に貢献した。

2015年も前半戦はスタメンを維持していたが、慢性的な右膝の痛みによりベストなパフォーマンスを発揮することができなかった。シーズン終盤は長谷川の意向で怪我の治療に専念するためメンバーから外され、12月に右膝のクリーニング手術を受けたが、コンディションは回復しなかった。

2017年からはアビスパ福岡に所属し2シーズンでJ2リーグ55試合出場4得点を記録し中心選手として活躍していたが[5]、2019年3月、主力DF3人が流出し、J1開幕からルヴァン杯を含めて公式戦3連敗・8失点と守備崩壊に陥っていたサガン鳥栖へ期限付き移籍[6]。2020年に完全移籍を果たしたものの、シーズン終盤の11月30日に現役引退を発表した[7]

ラフプレー編集

  • 2015年5月10日のJ11st 第11節サンフレッチェ広島戦において、プレーとは関係のない場面で相手チームの清水航平に肩と肘をぶつけるという行為を行い、Jリーグ規律委員会から厳重注意処分を受けた[8]。翌2016年の広島戦でも清水に挑発行為を行い試合の進行を妨げる行為を行い、週刊誌に「日本版ルイス・スアレス」との見出しを付けられた[9]
  • 上記処分直後の第12節川崎フロンターレ戦では大久保嘉人の決定機を再びラフプレーで阻止し、2戦続けての危険な行為が批判された。大久保は「あそこ(11節)で出場停止にしておけばよかったのではないか」としながらも、プレーそのものに対しては「チームのためにレッド覚悟でやった」ものだとして一定の理解を示した[10]
  • 2018年4月1日第7節栃木SC戦において、栃木MF夛田凌輔を踏みつけたことに対する報復行為で夛田選手は退場になったが、岩下の行為はレフェリーが気づかずイエロー止まりだった。ただ、その試合、岩下はもう一度警告を受け退場となっ[11]

人物編集

所属クラブ編集

ユース経歴
プロ経歴

個人成績編集

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2005 清水 30 J1 6 0 2 0 0 0 8 0
2006 5 2 0 0 0 1 0 3 0
2007 11 1 2 0 2 0 15 1
2008 18 2 10 2 1 0 29 4
2009 29 5 9 1 1 0 39 6
2010 20 1 5 0 5 1 30 2
2011 29 2 4 0 4 1 37 3
2012 12 1 2 0 - 14 1
G大阪 13 12 0 - 6 1 18 1
2013 8 J2 17 2 - 0 0 17 2
2014 J1 32 1 8 0 2 0 42 1
2015 24 0 5 1 0 0 29 1
2016 10 1 1 0 1 0 12 1
2017 福岡 36 J2 32 3 - 0 0 32 3
2018 11 23 1 - 0 0 23 1
2019 0 0 - - 0 0
鳥栖 8 J1 0 0 1 0 0 0 1 0
2020 2 0 1 0 - 3 0
通算 日本 J1 207 14 50 4 23 3 280 21
日本 J2 72 6 - 0 0 72 6
総通算 279 20 50 4 23 3 351 27

その他の公式戦

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 期間通算
出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 期間通算
2016 G大23 8 J3 6 0 6 0
通算 日本 J3 6 0 6 0
総通算 6 0 6 0
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFCACL
2015 G大阪 8 10 0
2016 1 0
通算 AFC 11 0

その他の国際公式戦

タイトル編集

ガンバ大阪

出場大会編集

代表歴編集

  • 2009年 日本代表 

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ AFCアジアカップ2011カタール予選Aグループ(10/8@アウトソーシングスタジアム日本平)キリンチャレンジカップ2009 ALL FOR 2010!(10/10@日産スタジアム 10/14@宮城スタジアム)日本代表メンバー - 日本サッカー協会(2009年10月1日)
  2. ^ DF岩下敬輔選手 ガンバ大阪に合流 - ガンバ大阪公式サイト(2012年8月7日)
  3. ^ G大阪岩下残留か、近日中に決断 - 日刊スポーツ(2013年1月3日)
  4. ^ 岩下敬輔選手ガンバ大阪へ完全移籍決定のお知らせ - 清水エスパルス公式サイト(2013年1月12日)
  5. ^ 福岡の岩下敬輔、「様々な事情により」鳥栖へ電撃移籍…レンタル決定 サッカーキング - 2019年3月5日
  6. ^ 鳥栖DF岩下「目に見える結果で」守備立て直し誓う 日刊スポーツ - 2019年3月7日
  7. ^ 岩下敬輔選手 現役引退のお知らせ - サガン鳥栖公式サイト(2020年11月30日)
  8. ^ 「明治安田生命J1リーグ 1stステージ第11節サンフレッチェ広島戦」における、岩下敬輔選手の行為についてのお詫び(2015/5/12)
  9. ^ ファウル連発! Jリーグの“悪童”ガンバ大阪・岩下敬輔が日本代表に招集されないのが自業自得? 日刊サイゾー、2016年5月24日
  10. ^ ラフプレーで批判集中のG大阪・岩下を“被害者”大久保が擁護 東京スポーツ、2015年5月19日
  11. ^ “踏みつけた”DF岩下敬輔が逆に相手のレッドカード誘発も…4分後に自身も退場”. 2018年4月1日閲覧。
  12. ^ 岩下敬輔選手の入籍のお知らせ - 清水エスパルス公式サイト(2010年2月23日)
  13. ^ 岩下 敬輔選手 ガンバ大阪へ完全移籍&長男誕生のお知らせ - ガンバ大阪公式サイト(2013年1月12日)

関連項目編集

外部リンク編集