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平帝(へいてい)は、前漢の第13代皇帝元帝の孫にあたる。

平帝 劉衎
前漢
第13代皇帝
王朝 前漢
在位期間 前1年10月17日 - 6年2月3日
姓・諱 劉箕子→劉衎
諡号 孝平皇帝
廟号 元宗
生年 元延4年(前9年
没年 元始5年12月16日
6年2月3日
劉興
衛姫
后妃 王皇后
陵墓 康陵
年号 元始 : 1年 - 5年

生涯編集

元延5年(前8年)、父の中山孝王劉興元帝の末子)の死去にともない2歳で爵位を継承した。元寿2年(前1年)、従兄の哀帝の死去にともない、皇帝の璽綬を董賢から奪った王莽らによって9歳で皇帝に即位した。即位当初から王莽ら王一族が権力を握った。母衛姫や衛氏一族は長安に入れなかったが、王莽の長男・王宇やその義兄呂寛らは、このことがのちのち禍根となることを恐れて、衛氏が長安に入れるように働きかけた。そのことが王莽の怒りを買い、平帝の叔父に当たる衛宝、衛玄兄弟ら衛氏を(衛姫を除いて)ことごとく誅殺し、王宇や呂寛も衛氏とともに殺した。

元始4年(4年)に王莽の娘が皇后に立てられた。元始5年(5年)14歳の時、未央宮に於いて王莽に因り毒殺され崩御した。『漢書』平帝紀注によると、王莽が臘日に献上した酒に毒を盛り殺したという。