建築様式

対象物を特徴づける特定の建築手法
イスタンブールアヤソフィア。ビザンティン建築の代表とされる。

建築様式(けんちくようしき)とは、ある特定の特徴を持った建造物の様式、または、その建築手法、対象物を特徴づける特定の建築手法のことをいう。

概要編集

ヨーロッパの建築史上の主な建築様式には、ビザンティン建築ロマネスク建築ゴシック建築ルネサンス建築ロココ建築新古典主義建築等が挙げられる。また、建築様式の定義に当てはめると、ロマネスク様式はローマの建築様式を基にした、教会堂などにあわせ、鐘楼、ステンドグラス等を付け加えた箇所、また、アヤソフィア等に代表されるビザンティン建築では、アジア的なドームアーチなどのローマ建築から継承した特徴、等が特徴として挙げられる。

また、建築様式は、時と場所(つまり気候や時代)によって変化する。したがって、建築様式は、歴史と深く関わっている。例えば、ルネサンス期には古典復興の風潮のなか、ローマの建築様式を手本とした建造物が数多く建設されたし、また、ナポレオンの時代には、彼の皇帝としての威厳を示すために、ギリシャやローマの建築様式を真似た建築を建てる風潮や、彼のエジプト遠征の影響によるオリエンタルな雰囲気の様式の建築物があった。

また、建築様式は、建築家や依頼主らによっても変化する場合がある。例えば、19世紀のヴィクトリア朝期(美術的には、「ヴィクトリアン」と言った)等には、「様式」と言う価値観が発見された時期である。したがって、人々の間には、「それぞれ別の様式があるのならば、自分たちも好きなように様式が選べるのではないか」と言う考えも現れ、ヴィクトリア朝期は、建築様式の混在期となった。また、同じ建築家であっても、用途に合わせて様式を変えたりするようなこともあった。その後、装飾華美な建築から、モダニズム的な建築物に変遷していき、「建築様式」の流行が小刻みになっていった。そのため、現在では、一定の建築様式は見いだすことができない、とされている。

 
エジプトのピラミッド、ペルシアの建造物、ギリシア、ローマ、ゴシック、ビザンティンの建築様式の建物が一堂に描かれた絵画

建築様式は、建物やその他の構造物を注目に値する、または歴史的に特定できる特徴によって特徴付けられている。それは一般的に視覚芸術のスタイルのサブクラスであり、建築のほとんどのスタイルはより広い現代の芸術スタイルに密接に関連している。スタイルには、フォーム、建設方法、建築材料、地域の特性などの要素が含まれる場合がある。ほとんどの建築は、時間の経過とともに変化するスタイルの年代順に分類することが可能であり、これは、変化するファッション、信念、宗教、または新しいスタイルを可能にする新しいアイデア、テクノロジー、または素材の出現を反映していると考えられている。

したがって、スタイルは社会の歴史から生まる。それらは建築史の主題で文書化されていることが多い。建築様式が変遷すると、建築家が新しい建築様式を学び、それに順応するにつれて、通常は徐々に変化することにより建築様式は発展していったのであった。。新しいスタイルは、ポストモダニズム(「モダニズム後」を意味する)など、21世紀に独自の言語を発見し、他の名前を獲得したいくつかのスタイルに分割された既存のスタイルに対する反抗にすぎない場合がある。

建築様式は他の場所にも広がることが多いため、他の国々が独自のひねりを加えながら、その起源の様式は新しい方法で発展し続ける。たとえば、ルネサンスのアイデアは1425年頃にイタリアで登場し、今後200年間でヨーロッパ全体に広がった。したがってフランスドイツ英語圏、スペインのルネサンスは、同じスタイルでありながら独特の特徴を持っている。

建築様式はまた、植民地主義を通じて、彼らの母国から学ぶ外国の植民地によって、または新しい土地に移住する開拓者によって広がる。 1つの例は、18世紀後半にスペインの司祭によってもたらされ、現地の建築様式と融合してユニークなスタイルで構築されたカリフォルニアのスペイン的な様式である。

建築スタイルが時代遅れになった後、復活と再解釈が発生することもある。たとえば、古典主義は何度も復活し、新古典主義としての新しい生命を見出した。それが復活するたびに、それは異なる意味合いや様式を帯びてゆくことが多い。スペインのミッションスタイルは100年後にミッション・リヴァイヴァル建築として復活し、すぐにスパニッシュ・コロニアル・リヴァイヴァル建築へと進化した。

主な建築様式編集

先史時代編集

環地中海地方と中東の文明化編集

古代アジア編集

古代編集

 
アッタロス1世のストアの復元(アテネ)
 
ローマのカピトリヌスにあったユピテル・オプティムス・マキシムス、ユーノー、ミネルウァ神殿
典型的なエトルリア神殿の形式。内陣が3室あり、中央にユピテル神、両脇にユーノー神・ミネルウァ神が祭られていた。

中世前期編集

中世ヨーロッパ編集

 
サン・ロレンツォ聖堂
上部はルネサンス時代、下部は末期ローマ時代のものである。

暗黒時代と中世におけるアジア編集

暗黒時代と中世におけるアメリカ大陸編集

ルネサンスとその後継者編集

ルネサンス期及びその後の時代におけるアジア編集

新古典主義編集

リヴァイヴァルとオリエンタリズム編集

その他の19世紀の様式編集

産業革命の影響編集

モダニズムとその互換のもの編集

 
ミース・ファン・デル・ローエのバルセロナ・パビリオン(再現。オリジナルは1929年に建てられた)

その他の20世紀の様式編集

ポストモダニズム・21世紀の様式編集

築城編集

 
1750年の状態に復元されたブルタング要塞 オランダ

ヴァナキュラー建築編集

関連項目編集