大井川鐵道

日本の静岡県島田市に本社を置く鉄道事業者

大井川鐵道株式会社(おおいがわてつどう)は、静岡県島田市に本拠を置き、大井川流域を基盤とする鉄道事業を主たる業務とする陸運業や観光[5]を営む企業である。大井川本線井川線の2つの鉄道路線を運営している[2]。略称は大鉄[6]大鐵(だいてつ)。

大井川鐵道株式会社
Ōigawa Railway Co., Ltd.
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Shin-Kanaya sta.,Shimada-city,Japan.jpg
新金谷駅(本社所在地)
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 大鉄、大鐵
本社所在地 日本の旗 日本
428-8503
静岡県島田市金谷東二丁目1112番地の2
新金谷駅[1]
北緯34度49分34.26秒 東経138度8分13.20秒 / 北緯34.8261833度 東経138.1370000度 / 34.8261833; 138.1370000座標: 北緯34度49分34.26秒 東経138度8分13.20秒 / 北緯34.8261833度 東経138.1370000度 / 34.8261833; 138.1370000
設立 1925年大正14年)3月10日
業種 陸運業
法人番号 1080001013422 ウィキデータを編集
事業内容 旅客鉄道事業
代表者 代表取締役社長 鈴木 肇[2]
資本金 1億円
(2018年3月31日現在[3]
売上高 16億7649万3000円
(2018年3月期[3]
営業利益 1億310万円
(2018年3月期[3]
純利益 2億1756万5000円
(2018年3月期[3]
純資産 35億9782万6000円
(2018年3月期[3]
総資産 45億7198万8000円
(2018年3月期[3]
決算期 3月31日
主要株主 エクリプス日高 100%
(2019年3月31日現在[4]
外部リンク http://www.oigawa-railway.co.jp/
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全国登山鉄道‰会に加盟している[7]

概要編集

運営する鉄道路線のうち、大井川本線蒸気機関車 (SL) の動態保存、「南アルプスあぷとライン」の愛称がある井川線は日本唯一のアプト式ラック鉄道として知られる。他に2015年平成27年)まで寸又峡線の路線バス事業を手がけていたが、こちらは子会社の大鉄アドバンスに移管されている。

元々は大井川鉄道という会社名であったが、2000年(平成12年)10月1日子会社の大鉄技術サービスを存続会社とする形で合併し、翌2日大井川鐵道商号を改称した。

1976年昭和51年)に日本で初めてSLの動態保存を始めた鉄道で、現在でもほぼ毎日運転されている。また、SLの保存運転を行っている縁から、1977年(昭和52年)12月19日スイスブリエンツ・ロートホルン鉄道と姉妹鉄道提携を結んでいる。1996年(平成8年)8月10日に本社所在地の金谷町(現・島田市)がブリエンツ村と姉妹都市提携を結んだのも、この縁によるものである。1986年(昭和61年)1月25日には台湾阿里山森林鉄道とも姉妹鉄道提携を結んでいる。

大井川本線で運行されるSL列車SL急行)に旧型客車を使用していることや沿線の風景から、第二次世界大戦戦前戦中に時代設定されているドラマ映画ロケーション撮影でよく使用される(沿線で撮影が行われた作品は「大井川鐵道大井川本線#大井川鉄道沿線でロケが行われた作品」を参照)。

なお、井川線は当初からSLが運用されてはいなかったが、イベント列車として千頭駅 - 川根両国駅間に並行していた側線[注 1] で走行したことがある[注 2]

大井川鐵道の鉄道事業収入は、沿線人口の減少などから、2010年代にはその9割をSLを目的とする観光客から得る構造となっている[8]定期券利用は収入ベースで1割以下、乗客数で約2割である[9]。しかし、東日本大震災発生後には団体バスツアー客などが減少し続けていることから2011(平成23)年度から2期連続で最終赤字を計上している[10]。加えて、2013年(平成25年)8月に施行された高速乗合バス走行距離規制強化において沿線自治体のうち島田市北部および川根本町首都圏からの距離にして規制強化後の走行距離制限値を僅かに上回ることになり、首都圏の大部分からの日帰りが不可能となり[11]、これが要因となって同年4 - 12月期の団体ツアー客は前年同期より46%減少し、収益をさらに悪化させていた[12]

このため、大井川鐵道は2014年(平成26年)2月3日に当時の社長伊藤秀生が記者会見を開き、経営合理化の一環としてのダイヤ改正を同年3月26日に実施することを明らかにした[8][12]。この中で、大井川本線では改正前[注 3]において1日14往復設定されている電車を「全線運転8往復と金谷 - 家山間区間運転1往復」に削減、また井川線では改正前[注 3]において全線運転4往復ならびに区間運転3往復(うち1往復は季節運転)設定されているところを「全線運転4往復+区間運転(1本)」に削減する、一方で大井川本線におけるSL急行の運転に関しては改正後も現行通りとする、と発表した[12][注 4]。この記者会見に先立ち伊藤社長は会見当日の午前に島田市役所を訪れ、沿線自治体である島田市と川根本町の両首長に対して存続について[12]や、経営支援策を検討する協議会の設置を要請[8]。これに対し島田市と川根本町は、静岡県などにも参加を呼び掛けて早期に協議会設置にこぎ着ける方針を示した[10]。なお、このダイヤ改正で2014年度に約2300万円のコスト削減を見込むも「劇的な改善効果はない」(伊藤秀生社長談)として、前記の島田市と川根本町に対して補助金拠出や固定資産税減免などを要請する見通しと報じられた[10]

その後、2015年5月になって、地域経済活性化支援機構の支援の下、静岡銀行エクリプス日高[注 5] による再生計画が決定した[15]。これによると、エクリプス日高が名古屋鉄道が所有する株式の譲渡および第三者割当増資により大井川鐵道株式の約90 %を所有し、主要銀行から金融債権放棄を受けた上で再建にあたることになる。

2015年8月31日より名鉄グループを外れ、エクリプス日高の支援下で経営再建をスタートさせた[16][17]2017年(平成29年)6月16日にはエクリプス日高の完全子会社となった[18]

2019年(平成31年)4月、静岡市にツアーセンターを開設し、2020年令和2年)には1月2日フジドリームエアラインズなどと協力して、富士山静岡空港発着の遊覧飛行と奥大井湖上駅訪問などを組み合わせた「富士山周遊フライトツアー」を開始[5]。同年には中部電力およびJTBの協力を得て通常は非公開の施設(井川ダム内部など)を見学できるツアーを予定[19]するなど、観光利用を重視した経営努力を続けている。企業以外の大鉄沿線振興の協力者としては、NPO法人クロスメディアしまだ(島田市)が「UNMANNED 無人駅の芸術祭/大井川」を毎年3月ごろに開催し、芸術家の現地滞在と作品展示による集客を行っている[9][20]。観光客向け事業については「#イベント」の節も参照。

鉄道路線編集

以下の2路線を経営している。各路線の運行形態などはそれぞれの項目を参照。

大井川本線と井川線とは建築限界が極端に異なり、共通するのは軌間だけである。千頭駅を境に大井川本線と井川線の運行ダイヤは分断されている。この分断は運賃にもみられ、同じ事業者でありながら、大井川本線と井川線相互間を乗車する場合でもそれぞれの運賃額を合算して算出する。乗車券は原則として通し購入可能だが、千頭駅で再購入する場合と同額となる。

乗車券は基本的には硬券で発売され、軟券補充券も用意されている。多種多様な企画乗車券の設定があり、そちらの利用が多い。また、静岡県内および特定の駅(東京駅名古屋駅など)との間には連絡乗車券も発売されており、大井川鐵道で購入した乗車券で大井川鐵道からJR線へ、JRで購入した乗車券でJR線から大井川鐵道へ乗り継いで行くことが可能である[21]

未成線編集

大井川鐵道にはかつて以下の鉄道計画が存在したが実現することはなかった。

車両編集

電車編集

現在在籍している電車はすべて他社から譲渡を受けたものである。電化されている大井川本線でのみ運用。

電化後間もない頃は国鉄の払下げ車両と西武鉄道からの譲受車両のみで構成されていたが、次第に様々な鉄道から車両を譲受していくようになる。以前はクリーム色と赤色(一部車両は青色)の独自の車体色へと塗り替えていたが、最近では譲受車両に動態保存の意味も込めているため、譲受元の車体色のままで運用されている。現在の在籍車両は以下のとおり。なお、電力事情の関係で高性能車の加速性能はいずれも吊り掛け車並みに下げられている。

現有車両編集

  • 16000系
     
    16000系
    元・近鉄南大阪線・吉野線の特急車16000系で、2016年4月時点で2両編成2本が在籍する。トイレの閉鎖とワンマン化改造が行なわれた以外はほぼ近鉄時代のまま使われている。1997年に2編成、2002年に1編成の計3編成を譲受した。そのうち第3編成 (16003F) はリクライニングシートでその他は回転シートである。
    2014年夏に大井川本線でC11 227による「きかんしゃトーマス号」が運転されることを受け、同年4月26日に16003Fがきかんしゃトーマス号PRラッピング電車となって登場した。2015年のトーマスラッピング電車は同年6月6日から運転している。ラッピングの内容は2015年バージョンとなり前年度とは少し異なっている。使用車両は前年同様16003F。
    16003Fは検査切れ後1年ほど休車扱いになっていたため2017年には「きかんしゃトーマス号」PRラッピング電車が走らない状態になっていた。その後、16003Fは同年4月に検査を受けて復帰。その際に、車内放送で日本語と英語の両方の案内をするようになり、運賃表示器LCDに変更され、英語表示もされるようになった。
    2018年10月17日抜里駅 - 家山駅間で倒木による架線支障により架線柱が倒れて16003Fが大破。翌2019年3月に修理が完了し、運用を再開した。その際、クーラーなどの部品を16003Fに移植した16002Fは休車となっている。
    16001Fは2014年9月ごろから運用を外れて新金谷車両区に留置されていたが、十和田観光電鉄から譲り受けた7200系に置き換えられ、2015年1月に廃車、新金谷駅構外側線(大代川側線)で解体された[22]
    16002Fは前述のとおり、部品を移植したため休車となっているが、南海電気鉄道より譲渡された後述の6000系の導入で廃車となる予定。
  • 21000系
     
    21000系
    元・南海電気鉄道高野線の大運転(急行)用車両21000系である。夏期の増発や特急車の検査時代走などで特急「臨時こうや号」運用へ充当する必要から、最後まで扉間に転換クロスシートが残されていた第1・第2編成の先頭車4両を譲り受けた。入線に当たってはワンマン化改造の他、21001・21003の連結面側のパンタグラフの撤去も行われている。
    21003Fのうち、21003は2013年にクーラーが故障して2シーズン非冷房車扱いになっていたが、2015年6月に一畑電車廃車となった車両からクーラーを調達し、載せ替えている。
    21001Fと21003Fは2017年2月26日の南海ツアーで併結運転が行われた。以前にも、多客時に併結運転が行われたことはあるが、その時は21003Fが川根本町の観光PR塗装になっていたため、グリーンの南海塗装同士の併結は営業列車としては初めてだった。
    21003Fは2017年に、撤去されていた連結面側のパンタグラフの再設置を実施した。
    21001Fは2017年3月に16003Fと交代する形で休車扱いとなったが、2018年4月の検査出場で運用を再開した。この際21003F同様に連結面側のパンダグラフの再設置が行われ、21002の車端部に設置されていた清涼飲料水の自動販売機が撤去されてロングシートに戻されている。また16003F同様、車内放送で日本語と英語の案内をするようになり、運賃表示器もLCDに変更され、英語表示もされるようになった。
    2018年6月には21002の種別表示板が南海時代の丸板に変更され、21001も同年7月に丸板に変更された。
  • 7200系
     
    7200系
    元・十和田観光電鉄のモハ7204・モハ7305である。東京急行電鉄7200形デハ7211・デハ7259を、十和田観光電鉄が譲り受けた際に両運転台化・ワンマン化改造したものである。2012年十和田観光電鉄線廃線後は車庫で保管されていたものを2014年6月に譲渡を受けた[23]。導入にあたっては車両費1000万円、輸送費900万円、改造費6100万円で合計8000万円の支出となった[23]。運行開始時期は同年冬を予定していたが[23]、整備と各種申請が遅れ、営業運転は翌2015年2月23日からとなった[24]
    両運転台のため単行での運転も可能だが、当面は2両編成で運転している。2016年9月には金谷駅 - 新金谷駅間の限定運用ながら単行で営業運転した。
    また、7204の修理の関係で2018年には単行で金谷駅 - 千頭駅間を運行することもあった。2018年12月、7204の修理完了後はそれまで7204が千頭方だったのが金谷方に変更されて運転している。
    2020年4月下旬からは新型コロナウィルス感染拡大防止による外出自粛により旅客数が激減したこともあり、モハ7204・モハ7305それぞれ単行で運転される日も出てきた。
    片側3ドア車だが、中央のドアは有人駅(営業時間中のみ)停車時のみ使用され、それ以外の場合では締切扱いとなる。


導入予定の車両編集

  • 6000系
    老朽化した元近鉄の16000系1編成を置き換えるため、南海電気鉄道より1編成2両を譲受した。2020年(令和2年)度中の営業運転開始を予定している[25]

過去の車両編集

 
モハ1000形
  • 電車
    • モハ200形 201・202
      元・鳳来寺鉄道モハ10形 10・豊川鉄道モハ10形 13→国鉄モハ10形 10・13。
    • モハ300形・モハ310形
    • クハ500形
    • クハ510形
      • クハ510形 510
      元・名古屋鉄道ク2800形 2805。1986年に大改造によりオープン客車のクハ861となったのち、1999年3月に廃車。長らく千頭駅構内に留置されていたが、2011年5月時点では、大代川側線の末端部に留置されていた。2016年7月に解体された。
      • クハ510形 511
      元・鉄道省モハ50形 50017→国鉄クモハ11形 11421→西武鉄道クモハ371形 371。1998年11月23日をもって運転を終了。同年12月に廃車となった。
    • モハ1000形 1001
      元・伊豆箱根鉄道モハ1000形 1001。1991年に入線。クハ2000形 2001とペアを組んで使用されたが、1998年11月5日に脱線事故を起こしたことを機として、全般検査期限が切れた1999年11月に、そのまま廃車となった。
    • モハ1100形 1105
      元・岳南鉄道モハ1100形 1105。汽車製造が試作したスキンステンレス車の1105だけが移籍してきた。廃車後は倉庫代用として千頭駅構内に留置されていたが、2015年5月に大代川側線へ移動した。
      その後、2016年6月に解体された。
    • モハ1900形 1906
      元・小田急電鉄デハ1900形 1906。6000系の牽引用として1両のみ譲渡された。入線に際し、連結面側の貫通路が閉鎖されている。
    • クハ2000形 2001
      元・伊豆箱根鉄道モハ1000形 1002。電装解除の上でモハ1001とペアを組んで使用された。
    • クハ2800形 2822・2829
      自社発注車。
      元・名鉄ク2800形 2822・2829。1998年12月までに引退、廃車。
    • モハ3000形 3001・3002・3004・3005
      元・小田急電鉄デハ3000形 3001・3002・3004・3005。元小田急電鉄の特急車。サハ3003を含む5車体連接車であった。
    • サハ3000形 3003
      元・小田急電鉄サハ3000形 3003。元・小田急電鉄の特急車。
    • モハ3800形 3822・3829
      元・名鉄モ3800形 3822・3829。1998年12月までに引退、廃車。
    • モハ6010形 6011
      元・北陸鉄道クモハ6010形 6011。旧形車両の機器流用によるアルミ車で同系のクハ6061とペアを組み、「しらさぎ」という愛称を持っていた。モハ1001と連結して運用されていた1998年11月5日に脱線事故を起こしたものの修理され、2001年まで使用された。廃車後、2005年からはクハ6061とともにゆかりの地である、山中温泉の「道の駅山中温泉 ゆけむり健康村」で保存されている。
    • クハ6050形
      • クハ6050形 6051
        元・北陸鉄道クハ6051形 6051。北陸鉄道では加南線でクモハ6001とペアを組んで「くたに」という愛称を与えられて運行された。大井川鉄道での愛称は「あかいし」。
      • クハ6050形 6052
        元・北陸鉄道クモハ6001形 6001→大井川鉄道モハ6001形 6001。上記クハ6051とペアを組む電動車で、北陸鉄道初の高性能車であった。大井川では架線電圧の昇圧改造が機器の関係で困難であったことから当初より電装解除されてクハ扱いで使用され、1978年に正式にクハとされた。
    • クハ6060形 6061
      元・北陸鉄道クハ6060形 6061。上記モハ6010とペアを組む旧形車両の機器流用によるアルミ車。廃車後の処遇はモハ6011と同様。
    • 420系
       
      420系
      元・近鉄名古屋線特急車6421系。一般車格下げ後、転換クロスシートは残されたものの3扉化され養老線で使用されていたものを譲受。入線当時は養老線在籍時の近鉄一般型車両の標準色であるマルーンレッド一色であったが、のちに近鉄旧特急車の濃紺と黄色のツートンカラーに改められた。2009年5月22日の臨時列車をもって運転を終了。翌23日以降は千頭駅構内に長期間留置されていた。のちに大代川側線へ移動し、2016年6月に解体された。本系列の運用終了をもって、大井川本線から非冷房・吊り掛け駆動の車両が消滅した。
    • 3000系(2代)
       
      3000系
      元・京阪本線の特急車3000系(初代)京阪電気鉄道時代「テレビカー」という愛称で親しまれていたが、テレビはワンマン化改造時に撤去されている。ワンマン化改造によって料金箱を取り付けるに際し、乗務員室後部、助士席側の座席がロングシートに改造されている。軌間の違いにより京阪より譲り受けたのは車体のみで、台車は元・営団地下鉄(現・東京メトロ5000系のものである。また連結器高さが他車に合わせて改造されている。正面に行き先板が取り付けられ、京阪特有の「鳩マーク」が長年隠された状態になっていたが、2012年9月下旬に千頭方3507の行き先板が外され、18年ぶりに鳩マークが復活した。老朽化と検査切れに伴い2014年2月限りで運転を終了することとなり、「さようなら3000系」ツアーが同年1月18・26日、2月8・9日に行われたが、それに際し3507の車体側面上部に「テレビカー」の文字を復活、さらに金谷方3008の正面の鳩マークも京阪からの行燈タイプの貸出しにより復活した。このツアーでは往路が家山駅に停車したが、復路は側面の行先表示幕を「ワンマン」から「特急」に変え、千頭駅→新金谷駅をノンストップで走る大鉄初の「特急」運転を行った。2014年2月14日、金谷駅17時4分発、新金谷駅17時8分着の列車をもって運転を終了した。その後、同年3月21日から30日まで千頭駅で催された春の大鉄祭りでは「電車体験教室」用に使用された。2017年11月時点では大代川側線に留置されていたが、金谷方3008が2018年4月に解体された。
      2018年5月現在、千頭方3507は新金谷車庫横に留置されている。
  • 気動車

廃車一覧編集

記号番号
1956年 キハ11、キハ51・52、キハ54・55
1959年 キハニ101
1967年 モハ202、(モハ201→クハ508)
1970年 モハ302
1972年 モハ303・304、(モハ301→3829、モハ308→3822、クハ502→2829、クハ504→2822)
1974年 クハ501・503
1978年 モハ305・306、クハ506
1980年 モハ307、クハ507・508
1984年 ナハフ505
1986年 モハ309
1993年 モハ310、モハ3001-3004、サハ3003
1996年 モハ1105、モハ1906、クハ6051・6052
1997年 モハ3822、クハ2822
1998年 モハ311、モハ511、モハ3829、クハ2829
1999年 モハ1001、クハ2001、クハ861
2001年 モハ6011、クハ6061
  • ( )は改造名義
  • 2002年以降廃車モハ312・313、クハ512・513、420系、3000系

電気機関車・ディーゼル機関車編集

現有車両編集

  • 大井川本線用
    • E10形 E101・102
      自社発注機。1949年三菱重工製で、同年の大井川本線電化に合わせて、後述のE103とともに導入された。
    • E31形 E32・33・34
      元・西武鉄道E31形。2010年9月に西武鉄道から3両を購入。同月10日に横瀬車両基地から搬出され、同13日に新金谷車両区へ搬入された。
      2014年8月時点では車籍編入(入籍)されておらず、もっぱら駅構内での入換用として使用されていたが、2017年10月15日にE34が営業運転を開始した[26][27]。その後、E32・33も営業運転を開始した。なお、大井川鐵道は公式SNSなどで、E31形導入に伴う既存電気機関車の引退はないと表明している。
    • ED500形 ED501
      元・大阪窯業セメント(大阪セメントを経て現在の住友大阪セメント)いぶき501。1999年10月6日に入線。本来の塗装色から変更されている上、ヘッドライトも変更され、庇を除去されている。また、2000年5月から2003年3月まで三岐鉄道に貸し出されていたが、大阪セメントのライオン印も三岐鉄道から大井川鐵道への返却時に消されている。2019年現在、整備のため分解されている。
  • 井川線用
    • ED90形 ED90 1 - 3
      自社発注機。アプト式電気機関車。
    • DD20形 DD20 1 - 6
      自社発注機。ディーゼル機関車
    • DB1形 DB8・9
      自社発注機。ディーゼル機関車。2009年3月28日をもって本線運転を終了。翌29日以降は駅構内での入換動車として使用。
      2014年夏にC11 227による「きかんしゃトーマス号」が走ることに伴い、千頭駅構内でトーマスフェアー(7月12日 - 9月28日の同列車運転日)が催されることになり、DB9がトーマスの仲間「ラスティー」として改装され展示された。2015年には川根両国駅構内でDB9がラスティーに改装・展示されていた。2016年からは千頭駅構内で「ラスティーの遊覧貨車」として運転している。

過去の車両編集

  • 大井川本線用
    • E10形 E103
      自社発注機。1949年日立製作所製。一時、岳南鉄道ED10形 ED103となっていたが、1986年3月4日に大井川鉄道へ再入線。その後、E103に戻された。2003年3月に休車となり、それ以降は千頭駅構内に長期間留置されていた。2016年6月に廃車となり、大代川側線で解体された。
    • E10形 E105
      元・阪和電気鉄道ロコ1000形 1002→南海鉄道ロコ1000形 1002→国鉄ロコ1000形 1002→国鉄ED38形 ED38 2。のちに秩父鉄道ED38形 ED38 2へ。
    • ED500形 ED502
      元・大阪窯業セメントいぶき502。先述のED501とともに1999年10月6日に入線。営業運転実績のないまま、2000年5月に三岐鉄道へ譲渡された。
    • D1形 D1
    • B11
      西武鉄道より購入後、営業運転実績のないまま静岡県浜松市の宗教団体に譲渡された。
  • 井川線用

蒸気機関車編集

現有車両編集

  • 大井川本線用
    • C10形 C10 8
      唯一のC10形の現存機かつ動態保存機。1994年4月24日に入線。動態復元の上、1997年10月14日に営業運転を開始した。
    • C11形
      • C11形 C11 190
        過去にはお召し列車も牽引していた。廃車後は熊本県内の個人の手によって保存されていた。2001年6月24日に入線。動態復元の上、2003年7月19日に営業運転を開始した。
      • C11形 C11 227
        1975年11月22日に入線。動態復元の上、1976年7月9日に営業運転を開始した。日本での本線用復活SL第1号機である。1998年夏に、『アンパンマン』の登場キャラクター「SLマン」を模した赤い塗装となり、2012年・2013年夏には大井川鐵道のキャラクター「SLくん」を模した青色車体塗装[28]2014年夏には『きかんしゃトーマス』の意匠を施して「きかんしゃトーマス号」として運転された。きかんしゃトーマス号は10月13日の貸切運転で2014年度の運転を終了。同月19日には黒色の元の姿に戻り、運用を再開した。同列車は、以降も毎年夏季限定で運転されている。
    • C56形 C56 44
      戦時供出によってタイへ渡った出征機関車のうちの1両で、大井川鐵道が所有している唯一のテンダー機。日本国内での最終配置は苗穂機関区で、1941年12月18日付の廃車。タイ国鉄では735号となる。1979年に日本へ戻り、同年6月29日に入線。動態復元の上、1980年1月29日に営業運転を開始した。ボイラー老朽化のため、2003年12月17日付で休車となったが、2007年10月7日から2010年9月中旬までタイ国鉄当時の塗装で営業運転再開。同月中に再度日本国鉄時代の塗装に戻され、2011年1月29日に営業運転を再開した。2015年夏には『きかんしゃトーマス』の登場キャラクター・「ジェームス」の意匠を施して「きかんしゃジェームス号」として運転された。同列車は、以降も毎年夏季限定で運転されている。

過去の車両編集

 
C11 312
 
「プラザロコ」で保存されている1「いずも」
  • 大井川本線用
  • その他
    • 1号「いずも」
      1921年オーレンシュタイン・ウント・コッペルで製造され、一畑軽便鉄道(現・一畑電気鉄道)が1922年に4両目の機関車として導入した、12.8t(トン)車軸配置0-6-0(ホワイト式)のタンク機である。一畑軽便鉄道が一畑電気鉄道に社名変更した上で、1928年電化された後の1929年に廃車となり、七尾セメント(その後、磐城セメント七尾工場を経て住友セメント七尾工場)に売却され[31]、同社1号機として専用線貨物列車の入れ替えや牽引に使用されていた。
      用途廃止後は倉庫内で放置されていたが、1974年に分解状態で発見され、プレスアイゼンバーン松本謙一前里孝が購入した上で動態復元され[32]1977年8月14日に入線。保存を委託された。大井川鉄道では、一畑軽便鉄道にちなんで「いずも」という愛称が一般公募により命名され[32]、同年10月7日より千頭駅 - 川根両国駅間を往復するミニSL列車(この列車自体は1970年〈昭和45年〉からの運転)に使用された。1983年には井川線規格に適合させるために煙突と運転台の屋根を切り詰める改造が行われ[32]1984年には井川線の客車を牽引して井川駅まで乗り入れた[33]。当時は井川湖の湖畔で遊覧運転をする計画があったという[33] が、実現には至っていない。
      1989年(平成元年)11月26日をもって前述のミニSL列車が運転終了。その後は七尾工場時代のスタイルに復元された上で、新金谷駅前「プラザロコ」にて静態保存されている[34]
    • 1275形 1275
      1922年ドイツのオーレンシュタイン・ウント・コッペル社製。新潟臨港(のちの新潟臨港開発)から鉄道省を経て1943年日本ステンレスの直江津工場に払い下げられ、同社の1となった。1971年10月に大井川鉄道が購入(入籍せず)し、千頭駅 - 川根両国駅間の側線で運転されたミニSL列車の牽引機として、1972年10月より使用された。1975年にはNHKテレビドラマ新・坊っちゃん』のロケ用に伊予鉄道1号機に似せて改装されたが、のちに原形に復した。1989年の運転終了後は、千頭駅構内で静態保存されたのち、1997年4月29日に新金谷駅前の「プラザロコ」へ移された。
    • 2100形 2109
      1891年イギリスダブス社製。1970年8月に西濃鉄道から譲り受けて動態復元。1975年ごろから休車となっていたが、1993年9月に日本工業大学へ寄贈され、動態保存されている。
    • 9600形 49616
    • C12形 C12 208
      ともに千頭駅構内で静態保存されている。49616は展示用として1976年6月20日より置かれていたSLで、2014年3月にきかんしゃトーマス号運転開始に先がけてD51風に改装されトーマスのキャラクター「ヒロ」になった。C12 208は部品取り機として1994年2月9日に入線し、大代川側線に置かれていたSLで、2015年に千頭駅まで移動の上、同年4月に「パーシー」へ改装された。このほか、前述のラスティー(DB1形DB9)も登場し、千頭駅構内で「きかんしゃトーマス号」の運転を盛り上げている。

客車編集

現有車両編集

 
スイテ82形
 
井川線列車。先頭はクハ600形

2018年2月26日に後述の元・「SLやまぐち号」の12系客車レトロ客車)の譲受が決定した際、「今後の整備状況によっては(旧型客車を)休車、廃車とする可能性があります」と説明している[35][36]

導入予定の車両編集

  • 大井川本線用
    • 14系(スハフ14形・オハ14形)
      SL急行で使用されている旧型客車に掛かる負担を分散させるとともに、同列車用の客車の品質向上を図るため、2016年6月に北海道旅客鉄道(JR北海道)より元・急行「はまなす」用のスハフ14 502・557、オハ14 511・535の4両を譲り受けた[37][38]。同年6月9日と11日の両日に搬入し、大代川側線で載線作業が行われ[39]、2017年6月に運用を開始する予定[37]であったが、2018年3月の時点では稼働開始時期は未定となっている[40]。2018年3月時点では、後述の12系の留置場所確保のために、新金谷車両区から千頭へ疎開留置されていた[41]
      2018年10月には、大代川側線に作られた新車庫へ移動している。
    • 12系(スハフ12形・オハ12形・オハフ13形)
      2018年2月26日に西日本旅客鉄道(JR西日本)より譲受すると発表。車両は元・「SLやまぐち号」のレトロ客車で、14系客車と同様に旧型客車の負荷分散の目的で譲受が決まった。なお、2018年2月26日時点では営業運転開始時期は未定としている[35][36]。同年2月28日にオハフ13 701「展望車風客車」とオハ12 701「欧風客車」の2両が、翌3月1日にオハ12 702「昭和風客車」とスハフ12 702「明治風客車」、オハ12 703「大正風客車」の3両が新金谷車両区へ搬入された[42]
      しばらくは新金谷車両区に留置されていたが、2018年10月には、大代川側線に作られた新車庫へ移動している。
    また、導入予定の12系・14系客車ともに『鉄道ファン』2018年12月号における車両区長のインタビューによると、2018年9月現在は大井川本線用に可能な範囲での整備中であり運行時期は未定である[43]。ただし、風雨に晒され、錆が目立ち、荒廃が進行している。

過去の車両編集

  • 大井川本線用
    • オハ35形 857
      SL急行に使われていた客車。戦後型に属するが台車は戦前型と同じTR23平軸受。青15号塗装だが近代化改造されていないため、車内はニス塗りのままとなっていた。老朽化のため、2011年11月19日付で休車。2016年7月に廃車となり、大代川側線で解体された。
    • ハフ1形 1
      1927年鉄道省より払下げを受けた平岡工場製のハ1841[44] である。当初はハ1であったが1929年に改造されハフとなった。1941年に貨車(チ1)に改造された。
    • ハフ10形 10
    • ハフ10形 15
    • ハフ30形 31・32
      1930年に鉄道省より払下げを受けた鉄道車両会社製ハフ3015・3016[45]。1941年に貨車(チ4・5)へ改造された。
    • ホハニフ100形 101
    • ホハニフ100形 102
    • ナハフ500形 505
      SL急行の客車が不足したため、1977年に前述のクハ500形 505を改造し、茶色塗装にした上で使用された。しかしドア位置の違いで「編成美をこわす」ということや、セミクロスシートであったことが嫌われ、1984年に国鉄清水港線からの客車が入線した時点で休車となり、同年10月13日付で廃車された。
    • ニブ1形 1
    • ニ20形 20
    • ニ25形 25・26
  • 井川線用

貨車編集

現有車両編集

鉄道統計年報によると、2017年3月31日現在、有蓋車4両、無蓋車17両、ホッパ車2両、特殊車1両が在籍している。

過去の車両編集

  • 大井川本線用
    • ヨ13785形
      車掌車(形式消滅)。日本ナショナルトラストが所有していた。2016年に東武鉄道へ譲渡。
    • チキ303形
      長物車(形式消滅)。2017年現在も新金谷車両区にその姿を留めている。

関連企業編集

  • 大鉄アドバンス - 「大鉄バス」の名称で乗合バス事業を、「大鉄観光バス」の名称で貸切バス事業を、「大鉄タクシー」の名称でタクシー事業を、「大鉄観光サービス」の名称で旅行業を行っている。
  • 掛川大鉄タクシー - 掛川市におけるタクシー事業。
  • 南アルプス産業 - 駅弁の製造・販売会社。2014年、東海軒にすべての事業を譲渡して解散。
  • 大鉄メディアクリエイト

大鉄アドバンス編集

 
大鉄アドバンスに譲渡された車両の例(千頭駅)

大鉄アドバンス(だいてつアドバンス)はバス事業やタクシー事業を中心とする大井川鐵道の子会社である。

以前は大井川鐵道本体で大井川本線の沿線に路線バス事業を展開していたが、2014年12月時点では寸又峡線と閑蔵線の2路線のみとなっていた。大井川本線と接続するダイヤになっており、観光客利用が多い場合には続行便なども設定される。寸又峡線1路線のみの時期もあったが、2012年4月28日より、井川線に並行する形で閑蔵線の運行を開始した。

その後、2015年1月から両路線とも関連会社の大鉄アドバンスに移管され、大井川鐵道本体はバス事業から撤退した[46]

バス路線編集

寸又峡線
午前の下り、午後の上りの各1本は、もりのいずみにも停車。始発便は、学校の休校日は運休。下り最終便はデマンド運行。千頭駅から寸又峡温泉までの所要時間は40 - 45分。
閑蔵線
2012年4月28日運行開始。井川線よりかなり短い30分で千頭駅と閑蔵駅前を結ぶ。1日3往復(11月の土休日は4往復)。運賃も井川線より安い。

このほか、かつては静岡井川線を静岡鉄道バスと、静岡浜松線遠州鉄道バス・静岡鉄道バスと共同運行していた。また掛川市内にも路線を有していたが、こちらは1988年に掛川バスサービスに全路線を譲渡して撤退している。他にも島田市旧金谷町内にも路線を有していたが、こちらも2004年(平成16年)に撤退し、島田市自主運行バスが代替している。

イベント編集

きかんしゃトーマス号編集

2011年の東日本大震災による観光需要の低下や2012年の関越道高速ツアーバス事故に伴う高速バス規制の強化[注 6]などの影響でSL急行の利用者が激減して経営再建問題が浮上した2014年より、期間限定で『きかんしゃトーマス』に登場する機関車「トーマス」や、その他のキャラクターの意匠を施したSLの運行および展示を行っている(Day out with Thomas[47]。また、2015年度より、クリスマス期間の運行も開始した[47]

姉妹鉄道編集

脚注編集

[脚注の使い方]

注釈編集

  1. ^ かつて沿線に存在した製材所などの引込線があった側線で、「リバーサイド線」の愛称がのちに付けられていた。のちに千頭駅周辺の道路拡幅工事に伴い廃止されている。
  2. ^ のちに井川駅から堂平駅間でSL牽引による遊覧列車(ミニSL列車)の計画が持ち上がり、井川線規格の車両限界に合わせてキャブ(運転室)と煙突を切り詰めた「いずも号」と客車が入線したことがあるが、実現には至らなかった。
  3. ^ a b 2013年10月19日改正施行ダイヤ[13]
  4. ^ ダイヤ改正後の井川線における運転本数に関しては、2014年2月19日時点において、大井川鐵道Webサイト上では「ただいま調整しております」としていたが[14]、『中日新聞』では既に「上下線で現行1日各4本と一部折り返しを、各3本と一部折り返しに減らす」と報じていた[12]
  5. ^ 北海道日高郡新ひだか町に本社を置き、同町内で「静内エクリプスホテル」を経営。外部リンク参照。
  6. ^ バス運転手の運転距離制限が強化されたことで、都内からのバスツアーを運転手1人乗務で催行する場合において、SL乗車を行程に組み込むことが難しくなった。

出典編集

  1. ^ 大井川鐵道・ロケーションサービス(2020年2月24日閲覧)
  2. ^ a b 概要・沿革 - 大井川鐵道(2020年2月24日閲覧)
  3. ^ a b c d e f 鉄道統計年報平成29年度版 - 国土交通省
  4. ^ 国土交通省鉄道局監修『鉄道要覧』令和元年度版、電気車研究会・鉄道図書刊行会
  5. ^ a b 「大井川鉄道 ツアー快走、魅力満載 5年で席数6倍/富士山遊覧やダム見学、地元企業とコラボ進む」日本経済新聞』朝刊2020年1月18日(静岡経済面)2020年2月16日閲覧
  6. ^ 大井川鐵道【公式】(2020年2月16日閲覧)中の「大鉄を知る」。
  7. ^ 全国登山鉄道‰(パーミル)会 - 南海電気鉄道(2020年2月24日閲覧)
  8. ^ a b c 静岡)電車の運行本数を大幅削減 大井川鉄道」『朝日新聞』、2014年2月4日。2014年2月19日閲覧。オリジナルの2014年2月19日時点におけるアーカイブ。 ※記事全文の閲覧は要会員登録。
  9. ^ a b 「大井川鉄道、再生軌道に/トーマス・観光両輪 家族客・外国人ら注目」『日本経済新聞』朝刊2019年6月29日(静岡経済面)2020年2月24日閲覧
  10. ^ a b c 大井川鉄道、本線運行4割減。3月26日から」『日本経済新聞』、2014年2月3日。2014年2月19日閲覧。オリジナルの2014年2月19日時点におけるアーカイブ。
  11. ^ 「バス新制度、走行距離制限、日帰りツアーにも影響」『静岡新聞』、2013年8月4日。
    ※ネット上に配信された「静岡新聞@S」および共同通信運営の47NEWS(「バスの走行距離制限、日帰りツアーに影響、利用客減少に懸念」)記事は2019年12月8日時点でリンク切れになっているため、アーカイブ記事参照。
  12. ^ a b c d e 大井川鉄道、電車の本数削減」『中日新聞』、2014年2月4日。2014年2月19日閲覧。オリジナルの2014年2月19日時点におけるアーカイブ。
  13. ^ 平成25年10月19日改訂時刻表”. 大井川鐵道. 2013年12月5日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2014年2月19日閲覧。
  14. ^ 平成26年3月26日時刻改正に伴う列車運転本数について”. 大井川鐵道トピックス. 大井川鐵道 (2014年2月7日). 2014年2月19日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年6月12日閲覧。
  15. ^ 大井川鐵道、北海道企業の参画で経営再建へ”. レスポンス (2015年5月30日). 2015年6月7日閲覧。
  16. ^ 大井川鉄道「地元と協働」:静岡」『中日新聞』中日新聞社、2015年9月1日。2018年4月22日閲覧。オリジナルの2015-09-23時点におけるアーカイブ。
  17. ^ “大井川鉄道に新社長就任 「トーマス頼み」脱却へ駅で地元野菜販売も”. 産経新聞. 産経ニュース (産経新聞社). (2015年9月1日). オリジナルの2015年9月4日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150904012629/http://www.sankei.com/region/news/150901/rgn1509010045-n1.html 2018年4月22日閲覧。 
  18. ^ “大井川鉄道を完全子会社に スポンサー企業、全株取得”. 静岡新聞アットエス (静岡新聞社). (2017年6月17日). オリジナルの2017年6月17日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20170617090851/http://www.at-s.com/news/article/economy/shizuoka/370998.html 2018年4月22日閲覧。 
  19. ^ 大井川鐵道井川線沿線の地域活性化に向けたツアーを実施〜通常公開していない施設を特別にご案内します〜 - 中部電力(2019年12月6日)2019年12月8日閲覧
  20. ^ UNMANNED 無人駅の芸術祭/大井川(2020年2月24日閲覧)
  21. ^ 厚紙きっぷで東京まで JR線への乗車券に昔ながらの硬券復活 大井川鐵道” (日本語). 乗りものニュース (2016年3月11日). 2019年12月14日閲覧。
  22. ^ 鉄道ファン』2015年4月号、p.167
  23. ^ a b c “大井川鉄道に旧東急7200系2両 今冬デビュー見込み”. 静岡新聞NEWS (静岡新聞社). (2014年6月22日). オリジナルの2014年6月23日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140623134619/http://www.at-s.com/news/detail/1081644847.html 2019年12月9日閲覧。 
  24. ^ 「大井川鐵道7200系 営業運転開始」 - 鉄道ホビダス 最新鉄道情報(2015年2月23日)2019年12月8日閲覧
  25. ^ 大井川鐵道が南海6000系を購入、14系・12系客車の動向も気になる - マイナビニュース、2020年7月18日
  26. ^ 西武E31形電気機関車が営業運転デビューします。 大井川鐵道(2017年9月4日)2019年12月8日閲覧
  27. ^ 【大井川鐵道】もと西武のE34 営業運転開始 - 鉄道ホビダス RMニュース(ネコ・パブリッシング)2017年10月16日、2019年12月8日閲覧。
  28. ^ 大井川鐵道株式会社【公式】 [@daitetsusl] (2016年2月2日). "「SLくん」" (ツイート). Twitterより2019年12月9日閲覧
  29. ^ 大井川鐵道のSL「C11形312号機」復元展示へ 2020年オープンの交流施設で静態保存 - 乗りものニュース(2019年11月27日)
  30. ^ 大井川鐵道のC12形、再び運転へ…現況調査を実施 - レスポンス(2016年9月28日)2019年12月8日閲覧
  31. ^ 島根県立古代出雲歴史博物館編集『BATADEN 一畑電車百年ものがたり』p.20
  32. ^ a b c ネコ・パブリッシング『私鉄の車両14 大井川鉄道』p.92
  33. ^ a b ネコ・パブリッシング『RM LIBRARY 96 大井川鐵道井川線』p.27
  34. ^ 大井川鐵道 サイト内 プラザロコ施設ご案内”. 2010年11月25日閲覧。
  35. ^ a b “12系客車の入線が決定しました!!” (日本語) (プレスリリース), 大井川鐵道, (2018年2月26日), http://oigawa-railway.co.jp/archives/11683 2018年2月26日閲覧。 
  36. ^ a b 大井川鐵道,JR西日本から12系客車5両(もと“SLやまぐち”号用)を譲受”. railf.jp(鉄道ニュース). 交友社 (2018年2月26日). 2018年2月28日閲覧。
  37. ^ a b “JR北海道より14系客室車両導入のお知らせ” (日本語) (プレスリリース), 大井川鐵道, (2016年6月9日), オリジナルの2016年6月13日時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20160613022628/http://oigawa-railway.co.jp/archives/3654 2016年6月11日閲覧。 
  38. ^ 14系座席車が航送される”. 鉄道ファン railf.jp(鉄道ニュース). 交友社 (2016年6月10日). 2016年6月10日閲覧。
  39. ^ 14系客車4両が大井川鐵道に到着”. 鉄道ファン railf.jp(鉄道ニュース). 交友社 (2016年6月11日). 2016年6月13日閲覧。
  40. ^ 14系客車”. 大井川鐵道. 2018年3月17日閲覧。
  41. ^ 大井川鐵道14系が千頭へ”. railf.jp(鉄道ニュース). 交友社 (2018年3月11日). 2018年3月16日閲覧。
  42. ^ 【大井川】12系700番代搬入”. 鉄道ホビダス RMニュース. ネコ・パブリッシング (2018年3月2日). 2018年3月17日閲覧。
  43. ^ 池口英司、2018、「大井川鐵道大井川本線の車両動向」、『鉄道ファン』58巻(通巻692号(2018年12月号))、交友社 pp. 105-106
  44. ^ 客車略図形式1005
  45. ^ 客車略図形式3012
  46. ^ 大鉄アドバンス・会社案内(2019年12月8日閲覧)
  47. ^ a b 崖っ縁大井川鉄道は生き延びられるか(上)「トーマス列車」鉄道会社が赤字に陥ったワケ - 東洋経済オンライン(2015年6月17日)2019年12月8日閲覧
  48. ^ 歡迎光臨阿里山森林鐵道(繁体字中国語)[リンク切れ]

参考文献編集

  • 飯島巌・白井良和『大井川鉄道』保育社、1986年
  • 白井良和「大井川鉄道」『鉄道ピクトリアル』No.436 1984年9月号
  • 寺田裕一『ローカル私鉄車輌20年 東日本編』JTB、2001年

外部リンク編集