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栃尾市(とちおし)は、かつて新潟県に存在した2006年1月1日長岡市に編入されて消滅した。豊富な湧水や「栃尾のあぶらげ」(油揚げ)、上杉謙信ゆかりの地として知られている。

栃尾市
旧栃尾市中心部
旧栃尾市中心部
Tochio Niigata chapter.JPG
栃尾市章
1959年7月20日制定
廃止日 2006年1月1日
廃止理由 編入合併
栃尾市寺泊町与板町和島村
→ 長岡市
現在の自治体 長岡市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方北陸地方
甲信越地方信越地方
北信越地方上信越地方
広域関東圏
都道府県 新潟県
団体コード 15215-3
面積 204.92km2
総人口 23,089
推計人口、2005年12月1日)
隣接自治体 長岡市、見附市、三条市、
魚沼市
市の木 -
市の花 -
他のシンボル -
栃尾市役所
所在地 940-0298
新潟県栃尾市金町2丁目1番5号
外部リンク 栃尾市(WARP)
栃尾市の位置
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長岡市における平成の大合併。当町は東部に位置する。

概要編集

 
栃尾中心街

刈谷田川と西谷川の合流点に広がる平地に市街地が形成されており、中心街は中世の山城・栃尾城麓の城下町として発展し[1]、近世には長岡藩代官所が置かれた。古くから繊維産業が盛んであり[2]、「栃尾」として知られている。

中心街は雁木のまち並みが多く残っており[3]、表町地区では1990年代末から新潟大学工学部建設学科と共同で雁木を活かしたまちづくりプロジェクトが行われている[1][4]

長岡市への通勤率は20.7%(平成17年国勢調査)

地理編集

新潟県のほぼ中央に位置する[5]。長岡東山連峰を境に越後平野と隣接した栃尾盆地の中央に、守門岳西面を水源地とし信濃川に至る刈谷田川とその支流の西谷川が合流する。市域はこれらの流域に加え、同じく刈谷田川支流の塩谷川、稚児清水川の流域を合わせたかたちとなる。冬季は積雪量が多く、山間部では積雪深4m超を記録した年もある[6]

隣接していた自治体編集

歴史編集

市域の変遷編集

出来事編集

人口編集

栃尾市(に相当する地域)の人口推移(ただし昭和22年以前の数値は推定[注釈 2])。

1920年(大正9年) 33,212人
1925年(大正14年) 33,909人
1930年(昭和5年) 34,118人
1935年(昭和10年) 34,341人
1940年(昭和15年) 33,918人
1947年(昭和22年) 38,530人
1950年(昭和25年) 39,029人
1955年(昭和30年) 38,455人
1960年(昭和35年) 37,681人
1965年(昭和40年) 36,013人
1970年(昭和45年) 34,431人
1975年(昭和50年) 32,324人
1980年(昭和55年) 30,694人
1985年(昭和60年) 29,692人
1990年(平成2年) 27,809人
1995年(平成7年) 26,390人
2000年(平成12年) 24,704人
2005年(平成17年) 23,168人
2010年(平成22年) 21,004人
2015年(平成27年) 18,761人
出典:総務省統計局 e-Stat / 国勢調査

行政編集

市長:馬場潤一郎(2002年12月11日から合併まで)

氏名 就任年月日 退任年月日
1 皆川信吾 1954年4月 1961年5月
2 千野勝司 1961年5月 1966年11月
3 山井龍三郎 1966年11月 1970年11月
4 渡辺芳夫 1970年11月 1986年11月
5 杵渕衛 1986年11月 2002年11月
6 馬場潤一郎 2002年11月 2006年3月

経済編集

産業編集

繊維製品
平坦地に乏しく米の収穫量に限界があった山間部では農家が養蚕・機織りや染色を行い、栃尾の産地として広く知られていた。明治維新以降は集約化が進み、関係企業がひしめくこととなった[注釈 3]。和服の需要減少により栃尾の繊維産業は織物ニット製品が主力となった。戦後は高度成長期を迎え好調であったが円高の進行により海外との競争が激化。出荷高も昭和59年をピークに下降、撤退する業者も出た。
油揚げ
紬に代わり、栃尾という地名がブランド化して定着した商品である。通常の物とは厚みや長さが全く異なる油揚げのルーツは、馬の商談に訪れた農民や馬喰たちが手づかみで食べやすいように変化したものという説が一般的である。

姉妹都市・提携都市編集

  • 白鷹町(山形県)
    1972年(昭和47年)5月11日姉妹都市提携。

教育編集

小学校
  • 栃尾市立 上塩小学校
  • 栃尾市立 下塩小学校
  • 栃尾市立 栃尾東小学校
  • 栃尾市立 栃尾南小学校
  • 栃尾市立 中野俣小学校 (2018年栃尾南小学校に統合)
  • 栃尾市立 荷頃小学校 (2006年4月1日栃尾南小学校に統合)
  • 栃尾市立 西谷小学校 (2015年栃尾南小学校に統合)
  • 栃尾市立 東谷小学校

合併以前の廃校については新潟県小学校の廃校一覧を参照。

中学校
  • 栃尾市立 秋葉中学校
  • 栃尾市立 刈谷田中学校

合併以前の廃校については新潟県中学校の廃校一覧を参照。

高等学校

交通編集

 
栃尾地域および周辺のバス路線図。

鉄道編集

越後交通栃尾線(1973年4月16日廃止)
楡原駅 - 栃尾駅

バス編集

  • 越後交通 - 栃尾駅跡に栃尾営業所が置かれている。長岡方面とを結ぶ路線や、旧栃尾市域内の路線を数多く運行している。

道路編集

一般国道
市内を走る一般国道
国道290号
国道351号
県道(主要地方道
新潟県道9号長岡栃尾巻線
新潟県道19号見附栃尾線
新潟県道24号栃尾山古志線
新潟県道57号栃尾守門線
道の駅
道の駅R290とちお

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事編集

 
上杉謙信公銅像(秋葉公園)
 
ほだれ祭

娯楽編集

出身有名人編集

脚注編集

注釈編集

  1. ^ 当時は刈谷田川の流路が異なり、栃尾市民会館付近で西谷川と合流していた。市街中心部での氾濫により被害が増大した。後の河川改修で下流に合流地点が移る。
  2. ^ 上北谷村の分割に伴う処置。分割時の栃尾町編入住民の比率に基づき、分割以前の上北谷村人口を加算した。
  3. ^ 目につきにくい郡部で広い敷地をもった工場として軍の関心が向き、太平洋戦争下においては工場が兵器生産工場の疎開先として利用されたケースがある。
  4. ^ 1969年の映画館(北陸・甲信越地方)「消えた映画館の記憶」を参照した[9]

出典編集

  1. ^ a b 雁木と栃尾の町並み - 栃尾観光協会.2018年11月29日閲覧。
  2. ^ 栃尾市の歩みと性格 - 長岡市.2018年11月29日閲覧。
  3. ^ 菅原邦生、「近世・近代の栃尾(長岡市)における雁木通りの形成過程と雁木の形態」『日本雪工学会誌』 2013年 30巻 4号 p.279-290, doi:10.4106/jsse.30.279
  4. ^ 雁木づくり - 長岡市.2019年3月3日閲覧。
  5. ^ 隣接の見附市は「新潟県のへそ」を自称する。
  6. ^ 松尾の集落再生計画”. 新潟県 (2006年8月4日). 2019年7月10日閲覧。
  7. ^ 文化センターが完成”. 栃尾市 (1983年9月10日). 2019年7月14日閲覧。
  8. ^ a b 市町村要覧:栃尾市
  9. ^ 『映画年鑑 1969年版 別冊 映画便覧 1969』時事通信社、1969年

参考文献編集

関連項目編集

外部リンク編集