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秋田美人(あきたびじん)とは、秋田県出身の美女を指す。京美人博多美人と並び、「日本三大美人」といわれる。

目次

日本海美人編集

秋田県を含む日本海側の女性は肌が白いので美人に見えるという説がある。日本海側は全国的に見て日照時間が少ないことから、紫外線による影響が少ない。その上、冬季は積雪が多く、屋内にこもりがちになることも「雪国の人は肌が白い」ことの原因として考えられている。類似例として[1]、津軽美人、庄内美人、越後美人、京美人、出雲美人が挙げられる。

いっぽうで日本海側の人々に特有の遺伝的性質によるものである可能性もあり、HLAハプロタイプのB44-DR13、B7-DR1が、日本では日本海側にその分布の中心があり、満州族朝鮮に高頻度にみられることから、満州・朝鮮半島東部から日本海沿岸へ渡来した集団が存在したことを示すとされている[2][3][4][5]

秋田美人についての研究編集

1966年(昭和41年)、秋田県湯沢市の医師である杉本が、女性の色の白さの計測結果を『文藝春秋』8月号で発表した。

  • 秋田県南三郡の統計は30.5%。
  • 秋田県全体の統計は29.6%。
  • 日本人の平均は22.0%。
  • 白人の比率は40.5%。

さらに、杉本は秋田美人を「混血が生んだ奇跡的美の産物、日本海沿岸地帯共通の日照時間の少なさ、表日本や他県との交流をさまたげる山岳の存在」とする[6]。『秋田美人の謎』の著者である新野直吉は、あとがきで秋田美人は「地理的環境による形質的素因、風土の持つ気象的条件、それらに加えるに歴史的刺激などの恩恵を享けて、形成されてきたもの」としている。以下に秋田における特徴的な事柄を挙げる。

また、近年のJCウイルスの研究では秋田県青森県西部ではヨーロッパ人の系統に近いEu-a2(JK)がみられるとされる[12]

秋田美人は彫りの深いタイプの女性が多い。古代の東北地方に居住していた蝦夷(えみし)の血が濃いので美人が多いとする説、シベリアなどとの大陸交流が盛んだった秋田地域の住民と北方民族との混血説、お米がたくさん生産される農業大国で健康状態が良いので美人が多いとする説がある[13]また秋田県内の美容院の数は、2013年(平成25年)のデーターで3096軒と多く、秋田美人は美容院によく通う女性が多い。一方で秋田県の男性は、秋田美人より働き者の山形県出身の女性の方を嫁として好むとされている[14]

秋田美人についての俗説編集

ロシアとの関係編集

東北の人の色の白さから、ロシアとの関連性を想像する者もいるが、白人のロシア人と秋田美人の関連性について出ている話は、日本史ロシア史郷土史などについて多少の知識があれば信じるに至らない俗説に過ぎない。白人のスラブ人がロシアの西シベリアに到達したのは17世紀半ばである[15]。また、秋田県民にコーカソイド遺伝子が確認された例はなく、科学的に一切証明されていない。白人のスラブ人17世紀半ばまではユーラシア大陸ヨーロッパの部分、つまり現在のモスクワ周辺にしか住んでいなかった。したがって近世以前に「白人がロシアから流れ着いて秋田に住みついた」可能性はほぼ皆無である。シベリア入植以降に、白人のロシア人が1~2人あるいは団体で日本に流れ着いていた場合、当時日本はすでに江戸時代に入っており、出島に象徴される外国人とキリスト教への幕府の強い警戒感から、日本で生活することは困難であり、当時の日本人が幕府に逆らってそれらの人たちと結婚し、家庭を築いた可能性は極めて低い。中国オロス族(ロシア族)[16]を見れば明らかなように、白人のロシア人が居住し、混血した場合は、肌の白さ以外の身体的特徴や、文化的影響が認められたりするのが一般的である。前近代の秋田県地域においてはロシア正教スラブ語などを始めとする、スラブ圏の文化的影響や遺産は皆無であるし、比較的「がっしりとした」秋田美人は、そもそものイメージにも合わない。現ロシア領のシベリアから極東までの地域には、古代からモンゴロイドブリヤート人ヤクート人エヴェンキ人、ツングース人などの先住民族が居住しているため、その人々と日本人との関連性は遺伝子学的に証明可能である。

関ヶ原の戦いの結果編集

関ヶ原の戦いの結果、常陸国(現在の茨城県)の大名佐竹義宣江戸幕府から秋田への転封を命じられた腹いせに、俗説として旧領内の美人全員を秋田に連れて行ってしまい、その後水戸に入府した徳川頼房佐竹氏へ抗議したところ、秋田藩領内の美しくない女性全員を水戸に送りつけてきた為、秋田の女性は美人で水戸はブスの3大産地の1つ(他の2つは仙台名古屋)になった、というもの。記録では、佐竹義宣は財政上の問題から随行人数を制限し、かつ旧領の常陸へは立ち寄らずに秋田へ向かったので誤解である。

苗字編集

秋田県で多い苗字として佐々木氏京極氏工藤氏などがあるがこれらの源流は近江国山城国などの日本の文化中心地であることが多い。江戸時代の新田開発により投資をして後に移住してきたとされる。

「秋田美人」編集

急激に人口の増えた秋田での需要を当て込んだ女衒が新潟から多くの遊女や女郎を連れてきた、または秋田出身の娘が少しでも高く売れるよう秋田美人というキャッチコピーを作った、などの説もある。2015年秘密のケンミンSHOW秋田県で秋田美人の女性を探す特集や福岡県と共に日本人男性が美人の女性が多いと思う都道府県で1位から2位の上位の県になるほど秋田美人の認知度が高い。

出典編集

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  1. ^ 新野直吉 (1984,p76)
  2. ^ 徳永勝士 (1995)「HLA遺伝子群からみた日本人のなりたち」『モンゴロイドの地球(3)日本人のなりたち』東京大学出版会,第4章,遺伝子からみた日本人,p193-210
  3. ^ 徳永勝士 (1996) 「HLA の人類遺伝学」『日本臨床免疫学会会誌』=『Japanese journal of clinical immunology』19(6), 541-543
  4. ^ 徳永勝士 (2003)「HLA と人類の移動」『Science of humanity Bensei 』(42), 4-9, 東京:勉誠出版
  5. ^ 徳永勝士 (2008)「HLA遺伝子:弥生人には別ルートをたどってやってきた四つのグループがあった!」『日本人のルーツがわかる本』逆転の日本史編集部,東京:宝島社,p264-p280
  6. ^ 野添憲治『秋田県の不思議事典』新人物往来社 p141、「」は引用
  7. ^ 新野直吉 (1984,p71)
  8. ^ 新野直吉 (1984,p54)
  9. ^ 新野直吉 (1984,p67,p84)
  10. ^ 新野直吉 (1984,p120)
  11. ^ 新野直吉 (1984,p130)
  12. ^ 余郷嘉明・北村唯一・杉本智恵(2003)「JCウイスルから見た日本人の起源と多様性」Science of humanity Bensei (42), 60-73, 2003-04-00
  13. ^ それでいいのか秋田県(2015,P60)
  14. ^ それでいいのか秋田県(2015,p61)
  15. ^ ロシア人のシベリア征服
  16. ^ 中国の少数民族~ロシア族

文献編集

関連項目編集

外部リンク編集