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日本 > 愛知県 > 岡崎市 > 藤川町 (岡崎市)

藤川町(ふじかわちょう)は愛知県岡崎市東部地区町名郵便番号は444-3523。

藤川町
ふじかわちょう
岡崎市東部地域交流センター・むらさきかん
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 Flag of Aichi Prefecture.svg 愛知県
市町村 Flag of Okazaki Aichi.JPG 岡崎市
地区 東部地区
人口
 • 合計 2,010人
等時帯 UTC+9 (JST)
郵便番号
444-3523
市外局番 0564
ナンバープレート 岡崎

目次

地理編集

岡崎市の南東に位置する山綱川により形成された谷底平野にある。小字を持つが丁番は持たない。名鉄名古屋本線を挟んで、北部は主に工業地域、南部は主に住居地域として指定されている[1]

河川編集

小字編集

歴史編集

ふじかわむら
藤川村
廃止日 1889年10月1日
廃止理由 新設合併
藤川村、市場村、蓑川村 → 藤川村
現在の自治体 岡崎市
廃止時点のデータ
  日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 愛知県
額田郡
隣接自治体 額田郡
岡村市場村池金村
桑谷村龍泉寺村蓑川村
藤川村役場
所在地 愛知県額田郡藤川村
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旧野村家住宅(岡崎市景観重要建造物
 
十王堂(岡崎市景観重要建造物)

額田郡藤川村を前身とする。古くから交通の要衝であり、中世には鎌倉街道が通っていた。戦国時代には、徳川家康家臣の内藤家長居城藤川城が築かれた[2]。もともとは関山神社奥宮などがある北の明神山山麓に集落があったが、1590年豊臣秀吉家臣だった岡崎城田中吉政により南に移転された。

江戸時代は主に幕府領や称名寺領などであった。東海道五十三次の一つ藤川宿が置かれ、宿場町として栄えた。藤川宿は、国土交通省により愛知県で唯一歴史国道に選定されている[3]。藤川宿は当初5町45間であったが、1648年に舞木村字市場の住民を移住させて市場村(現市場町)として加宿され、中町と西町、市場村の東町の3町で、9町20間の藤川宿となった。

1878年藤川村、市場村、蓑川村が合併し、藤川村となる。1955年岡崎市に編入される岡崎市藤川町となる。1988年に藤川台1丁目が分離。1989年藤川台2丁目が、1990年に藤川台3丁目が分離した。2001年には岡崎蓑川土地区画整理組合の事業により藤川荒古が分離した[4]

史跡編集

交通編集

施設編集

教育編集

脚注編集

参考資料編集

  • 『角川日本地名大辞典 23 愛知県』 角川書店、1989年。
  • 『日本歴史地名大系 23 愛知県の地名』 平凡社、1981年。

関連項目編集

外部リンク編集