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西鉄特急(西鉄中島駅 - 江の浦駅間)

西鉄特急(にしてつとっきゅう)は、西日本鉄道(西鉄)が天神大牟田線で運行している特急列車の通称。

本項では西鉄特急の歴史と概況などについて記述する。

概要編集

電車特急としては九州でもっとも歴史が古い。福岡市筑紫野市久留米市柳川市大牟田市など福岡県西・南部の主要都市を結んでいる。特別料金を徴収しておらず、西鉄天神大牟田線の看板的存在である。

西鉄天神大牟田線と並行する鹿児島本線JR九州)とは、旧日本国有鉄道(国鉄)時代から国鉄分割民営化を経て現在に至るまで競合関係にある。鹿児島本線が主に長距離輸送を担ってきた中、西鉄は福岡県内での都市間輸送において優位性を保ってきた。1983年のスピードアップの際には博多駅 - 大牟田駅を走る国鉄の特急列車「有明」よりも所要時間が短くなった[1]が、1986年国鉄ダイヤ改正で「有明」がスピードアップし、再び所要時間が逆転し、これ以降は運賃の安さで対抗することとなった。ただし、2011年九州新幹線全線開業により、「有明」を含めた鹿児島本線の特急列車が、深夜の下り及び朝夕の通勤時間帯を除いて全廃された。更に2018年のダイヤ改正で博多駅方面から荒尾駅まで直通運転する快速列車が大幅に削減されたため、所要時間・運賃の両面で西鉄特急が優位に立っている状況である。

運行概況編集

全列車が福岡(天神) - 大牟田間の通し運転となっており、区間運転はない。区間運転の場合、特急と停車駅が同じであっても下位種別を設けて運転されている[2]

停車駅編集

※は後から加えられた停車駅。 西鉄福岡(天神)駅 - ※薬院駅 - ※大橋駅 - 西鉄二日市駅 - 西鉄久留米駅 - ※花畑駅 - ※大善寺駅 - 西鉄柳川駅 - 新栄町駅 - 大牟田駅

停車駅が増えた背景としては、拠点駅の混雑緩和・乗り換え対応がある。

  • 薬院駅は、天神の重心が南下したことに加え、博多区方面へのバス・福岡市地下鉄七隈線への乗換に対応するため追加。
  • 大善寺駅は、単線区間の多い久留米以南の運行形態見直し過程で、柳川方面への普通電車接続や久留米市南西部方面へ向かうバスへの乗換などを目的として停車駅に加えられた(前身の急行が停車していたため、事実上の停車駅復活である)。大善寺 - 大牟田間は、日中30分間に特急・普通各1本ずつが基本パターンとなっている。
  • 花畑駅は、西鉄久留米駅への一極集中を緩和するために、周辺の土地区画整理事業に合わせて停車駅に加えられた。その後、周辺の住所表記が「西町」だったものが「花畑」に変更された。
  • 大橋駅は、学校などの文教地区が多数存在していることと、福岡市南部や老司・弥永・那珂川方面へのバスへの乗換に対応しているためである。従来は遠近分離による特急混雑の緩和と速達性維持の観点から利用者数が多くても特急通過駅となっていたが、2017年のダイヤ改正で停車駅に加えられた。

歴史編集

西鉄の前身の九州鉄道では1939年7月1日に福岡 - 大牟田間を全通させた後、同年11月1日から福岡 - 久留米間を38分、福岡 - 大牟田間を78分で走行する急行の運行を開始した。この急行は戦時中に一時休止され、戦後1946年10月1日に復活したが、福岡 - 大牟田間の所要時間は90分に延びている。

1950年代に入ると戦後の復興も終わり、高度経済成長期に突入しようとしていた。西鉄は、1957年に「輸送力増強5ヵ年計画」を発表。列車の長編成化や複線化などに加え、高速化も重要なテーマとして挙げられていた。このような中、最高速度の90km/hへの引き上げを機に、それまで福岡 - 大牟田間に運行していた急行を格上げし、特急の運転を開始した。1961年、国鉄鹿児島本線の門司港 - 久留米間電化に対抗して「輸送力増強3ヵ年計画」が実施され、特急が増発された。

年表編集

  • 1959年昭和34年)5月1日 特急列車運転開始。停車駅は従来の急行から大善寺駅を除いたもので、西鉄福岡・西鉄二日市・西鉄久留米・西鉄柳河(現・西鉄柳川)・栄町(現・新栄町)・大牟田。45分間隔で運行。所要時間は福岡 - 久留米間37分、福岡 - 大牟田間75分。
  • 1960年(昭和35年)5月1日 最高速度が95km/hに。福岡 - 久留米間35分、福岡 - 大牟田間70分に短縮。
  • 1961年(昭和36年)1000形の車体塗装を一新。従来の西鉄標準色からコバルトブルーに黄色の帯の特急専用色となる。これによりフラッグシップ的存在となった。
  • 1961年(昭和36年)6月21日 1300形投入に伴い、日中の特急は特急形車両の1000形・1300形で統一。
  • 1966年(昭和41年)10月1日 ダイヤ改正。増発し30分間隔での運行となる。
  • 1969年(昭和44年)3月1日 最高速度が100km/hに。福岡 - 久留米間32分、福岡 - 大牟田間65分に短縮。
  • 1973年(昭和48年)5月10日 ダイヤ改正。2000形投入に伴い、特急専用車両が交代。この改正を機に、1000・1300形は特急運用から撤退。
  • 1975年(昭和50年)3月1日 西鉄特急脱線事故発生
  • 1983年(昭和58年)3月26日 最高速度が105km/hに。福岡 - 大牟田間60分に短縮。速度向上に伴い、日中の特急運用本数が6本→5本に。昼間の特急運用は2000形に統一され、5000形は日中の特急運用から撤退。
  • 1989年平成元年)3月10日 8000形運行開始。
  • 1995年(平成7年)3月25日 福岡 - 平尾間高架化工事竣工に伴い、薬院駅に全ての特急が停車(従前は朝ラッシュ時上りのみ停車していた)。
  • 2001年(平成13年)11月10日 ダイヤ改正により、大善寺駅に全ての特急が停車(従前は朝上り・夕方下りのみ停車していた)。
  • 2004年(平成16年)10月17日 久留米 - 津福間高架化工事竣工に伴い、停車駅に花畑駅を追加。
  • 2008年(平成20年)
    • 2月16日 乗務員訓練のため一部の列車で110km/h運転を開始。
    • 3月22日 正式に最高速度が110km/hとなる。これにより福岡(天神) - 大牟田間58分に短縮、初めて1時間を切る。
  • 2010年(平成22年)3月27日 雑餉隈 - 下大利間高架化事業に伴う徐行運転により2分所要時分が伸びる。
  • 2014年(平成26年)3月22日 ダイヤ改正により、早朝(大牟田5:26発)に1本増発(急行からの格上げ)。
  • 2017年(平成29年)8月26日 ダイヤ改正により、停車駅に大橋駅を追加。朝ラッシュ時間帯に平日2本・土休日3本、平日の夜間帯(福岡(天神)22:32発)に1本増発。

使用車両編集

 
5000形
 
3000形
 
1000形
 
2000形
 
8000形

運行開始以来、座席配置をクロスシート主体とした車両を中心とした運用となっている。朝夕ラッシュ時及び日中の数本はロングシート通勤形車両が特急に使用されているほか、ゴールデンウィーク正月などの多客期、あるいは3000形が検査・故障などで工場に入場中の場合、代走としてロングシートの通勤型車両が使用されることもある。

特急に使用される車両編集

主なもののみ記す。7000形・7050形はダイヤの乱れ等による特別な事情がない限り、使用されることはない。

3000形
2006年 - 2010年、2015年 - 2016年に製造。急行用として、2014年度から後述の8000形の老朽化に伴う代替を目的として増備されており、運用時間帯が全日の日中にも拡大された[3]。なお、それ以前より土曜休日の夜間に6両編成で定期運用が存在しており、多客時には7両編成で日中の特急として運用されていた。特急運用には3両編成×2本が4運用、2両編成×3本が1運用組まれているが、予備編成が2両編成1本しかないため、検査時などにはロングシート車が代走に入る。
5000形
1975年から1991年まで製造された。3扉ロングシートの通勤形車両で、4扉ロングシートの6000・6050形と比較して座席数が多い。平日ラッシュ時などに運用されている。
6000形・6050形
1993年から1999年まで製造された。4扉ロングシートの通勤形車両。平日午前中の2本と夕方以降の2往復に運用されている。
9000形
2017年から製造されている。3扉ロングシートの通勤形車両。5000形を徐々に置き換え始め、ラッシュ時などに運用されている。

すでに廃止された過去の使用車両編集

通勤型車両

600形
1962年から1972年まで製造された。3扉ロングシートの通勤形車両で、1964年9月1日からラッシュ時の特急に使用開始された。1973年から冷房化改造が進められ、冷房化改造車は日中の特急にも使用された。特急運用はその後再び朝夕ラッシュ時のみとなり、1995年3月25日のダイヤ改正で特急の定期運用はなくなったが、その後も2000形や5000形の代走として特急に使用されたことがある。

特急用車両(以下は主として特急に使用された。)

1000形
1957年製造。製造当初は急行に使用され、1959年の特急運転開始時に初代特急用車両となった。座席は向かい合わせの固定クロスシートであった。当初は上半クリーム色、下半マルーン色の西鉄標準色であったが、1961年にコバルトブルーに黄色の帯の特急専用色に改められた。1973年、2000形の登場により急行用に格下げされた。
1300形
特急増発に伴い1961年製造(先頭車は初代600形の改造)。1973年、2000形の登場により1000形とともに急行用に格下げされた。
2000形
1973年製造。6両固定編成で冷房装置付き、座席は転換クロスシートとし、それまでの1000・1300形に比べて輸送力・接客設備ともに大幅に向上された。車体塗装はオキサイドイエロー地にボンレッド帯となった。
8000形登場後、3扉に改造され、1991年には急行用に格下げされたが、扉の間の転換クロスシートは残された。8000形検査入場などの際には8000形特急の代走形式として2010年の全廃まで使用されていた。また土曜休日に下り1本のみながら、定期特急運用が存在した。
8000形
1989年製造。特急用車両としては最後の製造。国鉄分割民営化により発足したJR九州の営業政策に対抗することに加え、アジア太平洋博覧会の開催が決定したこともあり、計画より1年早く2000形の後継として製造された。老朽化により、2015年度から3000形への置き換えが進められ、2017年10月13日をもって特急運用を終了した。これにより西鉄の特急用車両は消滅する[3][4]

参考文献編集

  • 鉄道ピクトリアル』1989年9月・1999年4月臨時増刊号(鉄道図書刊行会)
  • コンパス2007年11・12月号

脚注編集

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  1. ^ 西日本鉄道百年史より
  2. ^ 例として柳川 - 大牟田間の区間運転は急行と名乗っている
  3. ^ a b 西日本新聞朝刊、2015年3月5日付
  4. ^ 西鉄電車8000形 引退イベント開催! - 西日本鉄道総務広報部(2017年9月28日、同日オリジナル (PDF) をアーカイブ化)

関連項目編集

外部リンク編集