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株式会社資生堂パーラー(しせいどうパーラー、英語: Shiseido Parlour Co.,Ltd.)は、資生堂子会社で洋食・喫茶店の運営や洋菓子の販売を行う企業、またそのチェーンの名称。本社は東京都中央区

株式会社資生堂パーラー
Shiseido Parlour Co., Ltd.
Shiseido Parlour 2019.jpg
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
104-0061
東京都中央区銀座8-8-3
設立 1941年(1902年創業)
業種 小売業
法人番号 8010001046307
事業内容 レストラン・カフェの運営
洋菓子の製造・販売
代表者 代表取締役社長 鈴木 真
資本金 1億円(2017年12月31日時点)
純利益 2億1100万円(2018年12月31日時点)[1]
総資産 85億9800万円(2018年12月31日時点)[1]
従業員数 501名
(平成23年3月31日現在)
主要株主 資生堂
外部リンク http://parlour.shiseido.co.jp/
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目次

概要編集

 
花椿ビスケット

「資生堂パーラー」の名称での直営喫茶店の運営、別ブランドでのフランス料理店・カフェの運営が有名。そのほか、主に全国の百貨店や高級スーパーに向けに洋菓子やレトルト食品の製造・卸売を行っており、その関係で埼玉県春日部市に直営の菓子工場を、東京都足立区物流センターを持つほか、大阪市福岡市に営業所を、高松市に出張所を置いている。

歴史編集

1902年(明治35年)、東京銀座の資生堂薬局(当時)内に開設された「資生堂ソーダファウンテン」が起源である[2]。これは、資生堂創業者の福原有信が、1900年(明治33年)の欧米視察からの帰国後に、アメリカのドラッグストアを模して設けたもので、当時の日本ではまだ珍しかったアイスクリームソーダ水を供し、人気を博した。福原有信は、ソーダ水製造機はもとより、コップストローにいたるまでアメリカから輸入し、本物志向に徹した[3]

1928年(昭和3年)、「資生堂アイスクリームパーラー」と改称し、本格的な洋食レストランを開業した[注 1][2]。1931年(昭和6年)、3代目総料理長・高石鍈之助により今に続く看板メニュー「ミートクロケット」が考案される[3]。他の人気メニューには、チキンライスカレーライスハヤシライスオムライスコンソメスープなどがあり、モボ・モガ新橋芸者衆、歌舞伎役者、作家など多くの文化人から贔屓にされた[4][3]。いわゆる昔からの上流階級を顧客に持ち、「成功率の高いお見合いの名所」としても知られている[3]

店舗編集

資生堂パーラーとしては、現在銀座本店(東京銀座資生堂ビル内、3Fサロン・ド・カフェ、4・5Fレストラン)のほか、以下の店舗を展開している。

かつて存在した店舗編集

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 当時の名称には、商品として知名度が高かった「アイスクリーム」が入れられていた。資生堂パーラー公式サイト資生堂パーラーものがたり Part:2」 2010年11月17日閲覧.

出典編集

  1. ^ a b 株式会社資生堂パーラー 第23期決算公告
  2. ^ a b スイーツ番長 『男のパフェ 首都圏版』 日本出版社、2010年、p.9.
  3. ^ a b c d 『東京・銀座 私の資生堂パーラー物語』菊川武幸著. 講談社. (2002年5月10日). 
  4. ^ 『散歩のついでに何か食べたくなって』池波正太郎. 新潮社. (1981年10月27日). 

外部リンク編集