釜山港へ帰れ

釜山港へ帰れ」(プサンこうへかえれ)は、黄善友[1]作詞作曲した大韓民国歌謡曲トロット)。渥美二郎がカバー歌唱したものが有名。

釜山港へ帰れ
各種表記
ハングル 돌아와요 부산항에
漢字 돌아와요 釜山港에
発音 トラワヨ プサンハンエ
トラワヨ プサナンエ
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目次

概要編集

  • 三佳令二による日本語版の作詞では、釜山港で帰ってこない男性を待つ女性の心情が歌われているが、原詞では(日本へ)行ってしまったきり帰ってこない兄弟が歌われている。なお原題を直訳すると「帰ってこい釜山港へ」となり、訳題は倒置されている。

日本での受容編集

  • 日本では1979年に、殿さまキングスが「泪の波止場」というタイトルでシングルを発売した。歌詞はほぼ大部分が「釜山港へ帰れ」(の訳詞)と同じではあるが、釜山港というフレーズの部分は違う歌詞となっていた(作詞者は同じく三佳令二である)。
  • さらに日本では1983年、チョー・ヨンピルが来日時にNHKで歌い注目され、16人の歌手による競作となる[2]。中でも渥美二郎がロック調にアレンジして歌ったものが70万枚を超える[3](または80万枚[2])大ヒットとなったほか、チョーが歌ったものが26万枚[2]李成愛が歌ったものが20万枚[2]を売り上げ、競作累計では150万枚以上[2]を売り上げた。
  • 渥美版がヒットしていた1983年11月14日には、『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ系)にて渥美やチョーをはじめカバーした歌手が大挙集まっての歌唱が行われた。

渥美二郎のシングル編集

釜山港へ帰れ
渥美二郎シングル
A面 釜山港へ帰れ
B面 流れギター
リリース
ジャンル 演歌
時間
レーベル CBS・ソニー
作詞・作曲 三佳令二(作詞)
黄善友(作曲)
チャート最高順位
渥美二郎 シングル 年表
思い出のひと
1983年
釜山港へ帰れ
(1983年)
北のものがたり
1984年
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釜山港へ帰れ』(プサンこうへかえれ)は、1983年9月1日に発売された渥美二郎の11枚目のシングル。

収録曲編集

  1. 釜山港へ帰れ
    作詞:三佳令二/作曲:黄善友/編曲:只野通泰
  2. 流れギター
    作詞・作曲:遠藤実/編曲:斉藤恒夫


歌詞盗用問題編集

  • 2004年、この歌の歌詞はほかの歌の作詞を盗用したものとして訴えを起こされた[5]。訴訟を起こしたのは歌謡曲「忠武港へ帰れ」(1970年発表)の作詞者キム・ソンスル(芸名:キム・ヘイル)の母親で、黄善友に対して1億7800万ウォンの損害賠償の支払いと日刊3紙に弁明広告を出すよう求めるものだった。[6]

関連項目編集

※原語版には、以下の釜山名所が織り込まれている。

 脚注 編集

  1. ^ 黄善雨』と表記されることもある。
  2. ^ a b c d e 長田暁二『昭和歌謡 流行歌からみえてくる昭和の世相』敬文舎、2017年、187頁。ISBN 978-4-906822-76-8
  3. ^ 読売新聞社文化部『この歌この歌手―運命のドラマ120〈下〉』現代教養文庫、1997年、59頁。ISBN 4390116029
  4. ^ a b オリコンランキング情報サービス「you大樹」
  5. ^ a b c “盗作『釜山港へ帰れ』…「1億6000万ウォンで和解せよ」”. 中央日報. (2007年6月5日). http://japanese.joins.com/article/089/88089.html?sectcode=400&servcode=400 2012年3月4日閲覧。 
  6. ^ a b c “조용필의 히트곡 '돌아와요 부산항에' 원작은 '돌아와요 충무항에'였다”. 조선닷컴. 朝鮮日報. (2006年3月22日). http://www.chosun.com/national/news/200603/200603220010.html 2012年3月4日閲覧。 
  7. ^ a b “「釜山港に帰れ」盗作判決、作詞者に350万円賠償”. ZAKZAK. 産経新聞社. (2006年3月23日). http://www.zakzak.co.jp/gei/2006_03/g2006032308.html 2012年3月4日閲覧。