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1945年の映画(1945ねんのえいが)では、1945年(昭和20年)の映画分野の動向についてまとめる。

目次

出来事編集

世界編集

日本編集

  • 2月 - フィルム事情悪化のため、ニュース映画が2週間間隔の更新になった[1]
  • 3月10日 - 東京大空襲で映画館45館が焼失する[1]
  • 8月15日 - 日本全国で映画館は僅か850館しか残っていなかった[2]。終戦後1週間は上映する映画も無かったので休館となった[2]
  • 9月22日 - 日本映画界の代表、城戸四郎森岩雄菊池寛などが日本放送協会の6階に呼ばれ、GHQ情報頒布はんぷ部(IDS、のちの民間情報教育局CIE)からチャンバラ映画禁止などの映画製作の方針が通達された[3][4][5]。邦画代表者の反対意見は受け入れられなかった[6]
  • 11月
    • 日本活動写真株式会社が日活株式会社に、大日本映画製作株式会社は大映株式会社に名称変更[1]
    • 映画の自由配給開始[1]

周年編集

日本の映画興行編集

  • 入場料金(大人)
    • 95銭 → 1円50銭(東京の邦画封切館)[5]


各国ランキング編集

アメリカ興行収入ランキング編集

1945年アメリカ興行収入トップ10
順位 題名 スタジオ 興行収入
1. 母と娘 Hallmark $16,000,000
2. 聖メリイの鐘 RKO $8,000,000
3. 哀愁の湖 20世紀FOX $5,505,000
4. 白い恐怖 ユナイテッド・アーティスツ $4,971,000
5. 錨を上げて MGM $4,779,000
6. 愛の決断 MGM $4,567,000
7. Week-End at the Waldorf MGM $4,366,000
8. Thrill of a Romance MGM $4,338,000
9. 失われた週末 パラマウント $4,300,000
10. サラトガ本線 ワーナー・ブラザース $4,250,000
出典: Box Office Report - Revenue Database - 1945 - ウェイバックマシン(2009年7月13日アーカイブ分)

日本公開映画編集

受賞編集

誕生編集

死去編集

脚注編集

  1. ^ a b c d 「松竹年表」『松竹九十年史』松竹、1985年12月28日、674頁。全国書誌番号:87001945
  2. ^ a b 岡田 1957, p. 313.
  3. ^ 柿田清二 (1996年4月). “表現の自由”. 日本映画監督協会. 2019年8月22日閲覧。 “これよりさき、9月22日、GHQ情報頒布部(IDS)は映画製作会社の首脳部を招き、次の内容の「占領の基本目標にもとづく映画製作の具体的な方針」を示した。”
  4. ^ 岡田 1957, p. 314.
  5. ^ a b 角川春樹藤岡和賀夫阿久悠『ザ・ブーム』角川書店、1982年1月25日、182頁。
  6. ^ 岡田 1957, p. 315.

参考文献編集