1945年の映画

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1945年の映画(1945ねんのえいが)では、1945年(昭和20年)の映画分野の動向についてまとめる。

出来事編集

世界編集

日本編集

周年編集

日本の映画興行編集

  • 入場料金(大人)
    • 95銭 → 1円50銭(東京の邦画封切館)[11]

各国ランキング編集

アメリカ興行収入ランキング編集

1945年アメリカ興行収入トップ10
順位 題名 スタジオ 興行収入
1. 母と娘 Hallmark $16,000,000
2. 聖メリイの鐘 RKO $8,000,000
3. 哀愁の湖 20世紀FOX $5,505,000
4. 白い恐怖 ユナイテッド・アーティスツ $4,971,000
5. 錨を上げて MGM $4,779,000
6. 愛の決断 MGM $4,567,000
7. Week-End at the Waldorf MGM $4,366,000
8. Thrill of a Romance MGM $4,338,000
9. 失われた週末 パラマウント $4,300,000
10. サラトガ本線 ワーナー・ブラザース $4,250,000
出典: Box Office Report - Revenue Database - 1945 - ウェイバックマシン(2009年7月13日アーカイブ分)

日本公開映画編集

受賞編集

誕生編集

死去編集

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 『東宝五十年史』では「昭和21年(1946)4月1日 終戦直後の映画館数1,190館」となっている[8]
  2. ^ 『東宝五十年史』では「興行中の劇場は月末まで休場館続出」となっている[6]
  3. ^ 『東宝五十年史』では「日本映画製作者連盟」となっている[14]

出典編集

  1. ^ a b c d e 谷川 1993, p. 106.
  2. ^ a b c d e f 松竹 1985, p. 674.
  3. ^ a b 東宝 1982b, p. 39.
  4. ^ a b c d 東宝 1982b, p. 40.
  5. ^ a b c 沿革”. 日活公式サイト. 日活. 2020年4月1日閲覧。
  6. ^ a b c d e 東宝 1982b, p. 41.
  7. ^ a b 岡田 1957, p. 313.
  8. ^ 東宝 1982b, p. 44.
  9. ^ 柿田清二 (1996年4月). “表現の自由”. 日本映画監督協会. 2019年8月22日閲覧。 “これよりさき、9月22日、GHQ情報頒布部(IDS)は映画製作会社の首脳部を招き、次の内容の「占領の基本目標にもとづく映画製作の具体的な方針」を示した。”
  10. ^ 岡田 1957, p. 314.
  11. ^ a b 角川 1982, p. 182.
  12. ^ 岡田 1957, p. 315.
  13. ^ GHQ覚書(ジーエッチキューおぼえがき)とは”. コトバンク. 平凡社世界大百科事典 第2版. 朝日新聞社. 2020年1月29日閲覧。
  14. ^ a b c d 東宝 1982b, p. 42.
  15. ^ a b 山川 1987, p. 157.
  16. ^ a b 団体概要 歴史”. 日本映画製作者連盟公式サイト. 日本映画製作者連盟. 2020年1月29日閲覧。 “昭和20年12月1日 「映画製作者連合会」として発足”

参考文献編集

  • 岡田晋『日本映画の歴史』三一書房、1957年。doi:10.11501/2482905全国書誌番号:57005045
  • 角川春樹藤岡和賀夫阿久悠『ザ・ブーム』角川書店、1982年1月25日。全国書誌番号:82015854
  • 松竹『松竹九十年史』松竹、1985年12月。全国書誌番号:87001945
  • 谷川義雄『年表・映画100年史』風濤社、1993年5月。ISBN 4-89219-113-2
  • 東宝『東宝五十年史』東宝、1982年11月。全国書誌番号:83041631
  • 山川浩二『昭和広告60年史』講談社、1987年。ISBN 4-06-202184-6

外部リンク編集