スポーツニッポン

スポーツニッポン
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種類 日刊紙
サイズ ブランケット判

事業者 株式会社スポーツニッポン新聞社
本社 東京都江東区越中島2-1-30
代表者 山本進
創刊 1949年昭和24年)2月1日(大阪)
1950年昭和25年)3月6日(東京)
1955年昭和30年)5月1日(西部)
言語 日本語
価格 1部 130円
東海地方)120円
月極 3,260円
ウェブサイト http://www.sponichi.co.jp/

スポーツニッポン(略称:スポニチ)は、株式会社スポーツニッポン新聞社[1]の発行するスポーツ新聞である。

概要

創刊当初は「スポーツ紙唯一の全国紙」をスローガンにしてスポーツ芸能情報を積極的に提供してきた。現在では定番となった1面記事見出しのカラー化(赤見出し)や、即売版(駅売店など)の専用紙面である風俗記事の連載、最終面をニュース記事のページにする「ダブル1面」を初めて採用した。1980年代の終わりから総合大衆紙を標榜し社会事件や政治報道などにも力を入れた。1995年(平成7年)にはオウム真理教による一連の事件報道などで、東京本社管内でスポーツ紙としては初めて実売100万部超を達成。この年4月から3か月間、これを維持した。

2004年(平成16年)には東京本社、大阪本社及び西部本社が合併し、全国を一社でカバーする単一法人となった。東京を存続会社とし、2007年(平成19年)4月から旧3社の人事・賃金など諸制度統一に向けた新制度がスタートさせた。また、合併を機にスケールメリットを追求しすべての取引制度を見直した結果、2005年(平成17年)度決算は減収ながらも史上最高益を記録した。なお、総売上げにおける3本社の比率は東京6、大阪3、西部1の割合となっている。

またこれに併せて、題字ロゴを全国で統一。[2]2008年(平成20年)元日からの大阪本社管内を皮切りに、1面題字に商品バーコードが掲載されるようになった。

発行所は東京本社、大阪本社及び西部総局。

メディア環境の激変により新聞界全体で紙媒体の部数減が経営を苦しめる中、2011年(平成23年)2月1日、親会社毎日新聞社と経営統合することで合意。4月1日付で両者の株式を移転して設立される共同持株会社の完全子会社となるもので、同日関東財務局に必要な報告書を提出した。スポーツ報知と異なるのは、報知新聞社が読売新聞グループとは経営で一体化していないのに対し、スポニチの場合親会社と完全に経営を一体化するという点である。そして、2011年(平成23年)4月1日、毎日新聞社とスポーツニッポン新聞社の株式移転によって設立された共同持株会社毎日・スポニチ持株移行株式会社(現在の株式会社毎日新聞グループホールディングス)の完全子会社となった。

沿革

1949年(昭和24年)
2月1日 - 大阪に於いて創刊(タブロイド版)。初代社長は戦前のオリンピックマラソン代表だった津田晴一郎
1950年(昭和25年)
3月6日 - 当時有楽町にあった毎日新聞東京本社内に東京支社を設置し、東京に於いて発刊。
1955年(昭和30年)
5月1日 - 福岡県門司市清滝の毎日新聞西部本社内に西部支社を設置し、九州に於いて発刊。
1957年(昭和32年)
2月 - 日本プロ野球キャンプの全会場に取材班を配置し、シーズン前の調整をきめ細かく伝える。
1959年(昭和34年)
6月1日 - 北海道札幌市で東京支社版の現地印刷を開始。
1960年(昭和35年)
8月10日 - 東京支社を分社し、「株式会社スポーツニッポン新聞東京本社」設立。これに伴い時期は不明だが大阪本社の社名を「株式会社スポーツニッポン新聞大阪本社」に変更。
10月15日 - スポーツ新聞として初めて1面に赤色の見出しを採用。
1961年(昭和36年)
8月29日 - 西部支社を分社し、「株式会社スポーツニッポン新聞西部本社」設立。これにより3本社体制を整える。
1965年(昭和40年)
北九州市小倉区紺屋町に毎日西部会館が完成し、毎日新聞西部本社が移転。これに伴い、従来毎日西部が使っていた建物を西部本社専用の社屋として使用。
1966年(昭和41年)
9月26日 - 毎日新聞東京本社が有楽町から同じ千代田区内に建てたパレスサイドビルディングに移ったことに伴い、東京本社も一緒に移転。但し、編集部門のみ港区に移った。
1971年(昭和46年)
9月13日 - 東京本社、番組表を掲載するページに、鉄道駅売店などの即売版専用紙面「スポニチ環状線」の連載を開始(いわゆる二毛作)。以後他のスポーツ紙も追随。
1983年(昭和58年)
10月11日 - 東京本社、最終面をスポーツニュース記事にしたダブル1面を開始。これにより従来最終面にあったテレビ番組表(宅配版)や「スポニチ環状線」(即売版)は中面に移動。以後他のスポーツ紙も追随。
1986年(昭和61年)
1月 - 東京本社、1面のカラー印刷開始、その後カラーページを拡大。後に他のスポーツ紙も追随。
1988年(昭和63年)
8月 - 東京本社、2か所に分かれていた拠点を江東区越中島に毎日新聞グループの東日印刷と共同で建設したSTビルに全面統合移転。
1989年(平成元年)
12月 - 西部本社、門司社屋の老朽化に伴い、毎日西部会館に移転。
1990年(平成2年)
7月 - 株式会社琉球新報社、韓国朝鮮日報[3]系のスポーツ紙・スポーツ朝鮮との提携関係が成立。1日から琉球新報社が沖縄県向けに「新報スポニチ」を発刊。
1993年(平成5年)
2月 - 大阪本社、北区西梅田(大阪駅前)の毎日新聞大阪本社に移転。それまでの北区(旧・大淀区)の旧社屋についてはその後スポニチとの等価交換によりマンションとして再整備された。
1995年(平成7年)
1月17日 - 阪神・淡路大震災発生。これを受け後に3本社連携により義援金募集を実施、4,204万円余の義援金集まる。
4月 - スポーツ紙初の、発行部数1日平均100万部を達成(日本ABC協会調べ)。
2001年(平成13年)
10月 - 国会記者クラブにスポーツ紙で初めて加入。
2004年(平成16年)
10月1日 - 東京本社を存続会社として3本社が合併、商号を株式会社スポーツニッポン新聞社に変更。
2008年(平成20年)
元日 - 創刊60年を記念し、年間イメージモデルとして、前年度上半期のNHK連続テレビ小説どんど晴れ』でヒロイン・浅倉夏美を演じた比嘉愛未を起用。この日付け紙面で特集記事が紹介され、またキャンペーンキャッチフレーズ「そのへんはスポニチが詳しい。」が採用された。
2009年(平成21年)
2月1日 - 創刊60周年。イメージキャラクター兼特別編集局長によしもとクリエイティブ・エージェンシー所属のお笑いタレント今田耕司を起用、キャンペーンキャッチフレーズ「ハッとしてホッとするスポニチ」「読むなら、いまだ!」が採用される。この日から2012年(平成24年)4月1日まで吉本興業との長期共同コラム「よしもと100年笑いは地球を救う」も連載開始。
6月12日 - 今田からの繋がりで、よしもとクリエーティブ・エージェンシー所属の漫才師、石田明(NON STYLE)を期間限定の特別編集委員に任命。
7月1日 - 西部本社を毎日西部会館から福岡総局(福岡市中央区天神1丁目の毎日福岡会館)に統合移転。西部版の発行所が旧福岡総局となる。但し販売部は毎日西部会館に残した上で、毎日西部本社と事実上統合。[4]
10月1日 - 当初から東京本社管轄だった北海道支社を総局に格下げ。
11月29日 - この日を以って大阪本社発行の“夕刊”(即売のみ)の発行を休止。
2010年(平成22年)
5月1日 - 大阪本社、大阪・ミナミの鰻谷スクエア[5]中央区東心斎橋)に読者との交流を図る事実上の第2大阪本社「スポニチプラザ大阪」を開設。
7月 - 抜本的組織再編を実施し、本社を東京・大阪の二元体制とする。これに伴い西部本社は機能を維持しつつ格下げされ、紙面構成の都合で東京本社管轄となり「福岡総局」復活。但し発行機能は維持。
10月1日 - 福岡総局を「西部総局」に改称。これと前後して毎日西部本社も一部の機能を福岡本部に移す。
2011年(平成23年)
4月1日 - 毎日新聞社と共同で株式移転を行い、共同持株会社毎日・スポニチ持株移行株式会社(現在の株式会社毎日新聞グループホールディングス)を設立して、同社の完全子会社となる。統合比率は毎日1に対しスポニチ1.45。

発行所とエリア

株式会社スポーツニッポン新聞社
Sports Nippon Newspapers Co., Ltd.
Sports Nippon Newspapers Tokyo HQ 20110603-002.jpg
東京本社(S・Tビル)
種類 株式会社
略称 スポニチ
本社所在地 日本の旗 日本
135-8517
東京都江東区越中島二丁目1番30号
設立 1960年8月10日
(株式会社スポーツニッポン新聞東京本社)
業種 情報・通信業
事業内容 スポーツ新聞の発行など
代表者 山本 進(代表取締役社長)
資本金 2億4,000万円
従業員数 890人(2009年1月1日現在)
決算期 3月31日
主要株主 毎日新聞グループホールディングス 100%
外部リンク http://www.sponichi.co.jp/

直轄

西部総局は、紙面構成の関係から、格下げ時に東京本社傘下に置かれた。ただし歴史的経緯から、独自性を残している。

本支社等 所在地 発行エリア
東京本社 東京都江東区越中島2丁目1-30 関東甲信越、東北及び静岡の17都県
北海道総局 札幌市中央区北4条西6丁目1 毎日札幌会館 北海道
西部総局[6]
(旧西部本社)
福岡市中央区天神1丁目16-1 毎日福岡会館[7] 九州7県、山口県及び島根県西部
大阪本社 大阪市北区梅田3丁目4-5 毎日新聞ビル 近畿、北陸、中京、四国の16府県並びに
鳥取県、岡山県、広島県並びに島根県東部
名古屋総局 名古屋市中村区名駅4丁目7-1 ミッドランドスクエア[8]

委託

新報スポニチ
  • 委託先:株式会社琉球新報社
  • 発行所:那覇市天久
  • エリア:沖縄県

印刷工場

全国の毎日新聞社系の工場で印刷されている。

東京本社
北海道総局
大阪本社
西部総局
新報スポニチ

紙面構成

テレビ面の収録局

東京本社版

(首都圏版) <右ページ>

フルサイズ
ハーフサイズ

<左ページ>

ハーフサイズ
クォーターサイズ

(右端)

(下段)

大阪本社版

(近畿地方版)

フルサイズ
ハーフサイズ
クォーターサイズ

(右端)

(下段)

※ 以前はAM・FMのうち、近畿圏の大半のラジオ局の番組表を載せていたが、紙面スペースの見直しにより大幅に減った。なおBSも一時期収録局をNHKの3→2、WOWOW、BS-TBSだけに絞って掲載していた時期があったが、2011年(平成23年)7月24日以後民放キー局系の他4局の掲載を再開、新たにBS11を追加した。
西部総局版
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1部の価格

地域ごとに分かれていた3社の統一合併によって、発行地域による定価価格に差がある現状がある。新聞は独占禁止法が禁じる再販価格維持制度の例外規定によって、小売定価の制定が認められている数少ない商品である。しかし原則は「全国一律の一物一価」。定価制定の理由である「遠隔地も都市部も同一価格で手に入れられるべき公共性」のためである。

従来は3社が法人としては異なっていたためそれぞれ定価を決められたが、現在は単一会社なので、本来は定価改定を行ってしかるべきであるにもかかわらず、行われてこなかった。大阪本社管内では以前1部売りで他紙と10円の価格差となっていて価格競争力が強いとされ、大阪では定価問題は微妙な問題であろうことは容易に想像された。しかし、その大阪管内も2009年(平成21年)10月1日から1部売りが130円に値上げされ、全国に足並みを揃えた。

なお、大阪管轄の中でも東海3県名古屋市で現地印刷。三重県伊賀東紀州地区を除く)は当面の間120円に据え置く。これは、同地で圧倒的なシェアを有するスポーツ新聞である名古屋中日スポーツが1部100円であり、価格を抑えなければ対抗できないためである。

毎日新聞社との関係について

スポーツニッポンは毎日新聞の僚紙的位置付けとして創刊した。毎日グループ企業として位置付けられるのはこのためであり、現在東京本社以外の拠点は全て毎日新聞の地域本社・支社・本部等に置かれている。

戦後の混乱期、用紙難からGHQは既存新聞社の増紙を認めない一方、新興新聞社には出来る限り用紙を割り当てる政策を採った。既存新聞社はこの政策を逆手に取り、ダミー子会社を設立して新興紙を多く創刊した。毎日新聞系としては、「東京日日新聞」(東京)、「東海毎日新聞」(名古屋)、「新大阪」「新関西」(大阪)、「新九州」(門司)といった新聞があった。

一方で、毎日新聞大阪本社の有志がこの動きとは別にスポーツ振興を旗印としてスポーツ新聞の創刊を企画した。これがスポニチである。スポニチは毎日新聞社の後援はあったものの、上記毎日新聞のダミー子会社ではなく、比較的独自の発展を遂げた。

ダミー子会社の発行する新聞は、その後用紙規制緩和に伴う毎日本紙の増紙と夕刊発行復活で存在意義が無くなり、「東海毎日新聞」は廃刊(毎日の名古屋再進出に伴う事実上の本紙吸収)。「新大阪」は毎日から独立し、残る3紙も結局スポニチに吸収される形になった。

スポニチ夕刊 (早版)

「新関西」は1946年(昭和21年)4月10日創刊の「日本投書新聞」が1949年(昭和24年)10月に毎日グループ入りした後改題した物で、毎日本紙の夕刊発行とスポニチの伸長後はスポニチ大阪本社と経営統合を行い、「スポニチ夕刊・新関西」と改題。1970年代後半まで存続したが、経営難から休刊。この名残から、大阪本社版のみ、夕刊「スポニチ早刷り号(旧・前夜速報版)」を発行していたが、輸送コストが高くかかることや近年のライフスタイルの変化などから、2009年(平成21年)11月30日付(11月29日発行)で夕刊の発行を休止した。

主な評論家

野球

東京本社

西部総局

大阪本社

競馬

大阪本社

その他

疑義が持たれた報道

スポニチジュニア

スポーツニッポン新聞社の大阪本社では、2010年(平成22年)2月から、「子供でも読めるスポーツ紙」をキャッチコピーに『スポニチジュニア』を創刊した。紙面の内容は、日本のプロ野球大リーグサッカーゴルフなどのスポーツを小学生にも理解するためのもので、不定期で発行している。フリーペーパー扱いになっており、本物のスポニチと同じ内容の見出しで、ブランケット判8ページで発行し、京阪神首都圏マクドナルドに設置されている。また、大阪・心斎橋のスポニチプラザ大阪でも扱っている。関西関東以外の読者には、1部につき返信用の140円切手をスポニチの大阪本社もしくは東京本社に送れば、購読が可能である。

脚注

  1. ^ 株式会社毎日新聞グループホールディングスの完全子会社
  2. ^ 会社が統合される前にも旧題字を全国統一で使用していたが、2002年(平成14年)頃から大阪本社以外のエリアで現在使用している新題字を使うようになった。
  3. ^ 毎日新聞の友好紙。
  4. ^ 組織再編後もこれは変わらず。
  5. ^ このビル名にちなみ、同所でのイベント開催の模様が「スポニチPlaza鰻谷通信」として時折掲載されている。
  6. ^ 発行元表記は単に「西部」。
  7. ^ 旧西部本社は2009年(平成21年)6月まで、毎日西部会館(北九州市小倉北区紺屋町13-1)にあった。その後組織上は福岡総局を吸収しつつ場所をここに移転。だが本社としては約1年と短命であった。
  8. ^ 2003年(平成15年)から2007年(平成19年)まで毎日新聞中部本社等再開発工事により、同じ中村区名駅の三井ビル北館に暫定移転していた。
  9. ^ 『新版競馬歴史新聞』 p236 「スポニチがエイトの記事を無断転用」(競馬歴史新聞編集委員会編、日本文芸社、2004年、ISBN 4-537-25205-7
  10. ^ “レアル級”38戦102点貧打も…練習はアニキだけ スポニチアネックス2011年6月3日
  11. ^ ユーベ幹部“全力獲り”明言「近日中に発表も」スポニチAnnex 2011年6月29日
  12. ^ La Juve vuole Honda e tratta con il Cska Corriere dello sport.it 6月28日
  13. ^ Dal Giappone sicuri: «La Juve vuole Honda» Tuttosport6月28日
  14. ^ [http://www.gazzetta.it/Calcio/Calciomercato/28-06-2011/juve-aguero-si-avvicina-801790705764.shtml Juve, Aguero si avvicina L'idea nuova è Honda La Gazzetta dello Sport 6月28日]
  15. ^ “ユベントス本田”地元イタリア各紙も一斉報道 スポニチAnnex 2011年6月30日
  16. ^ 本田がユーベ移籍報道を否定「誰が?」 Nikkansports.com 2011年6月29日
  17. ^ 本田「トンネルを抜けた」移籍情報には苦笑い サンスポ 2011年6月29日
  18. ^ 本田の代理人がユヴェントスやアーセナル移籍を否定「オファーはない」 本田の代理人がユヴェントスやアーセナル移籍を否定「オファーはない」 SOCCER KING 2011年6月29日
  19. ^ 本田にユーベ接触「ない」GM断言! サンスポ.com 2011年7月1日
  20. ^ a b ユーベGMが断言「本田には興味がない」 スポーツ報知 2011年7月2日
  21. ^ 名門幹部がベタボレ「本田はまさにユベントスに値する選手」 スポニチAnnex 2011年6月29日
  22. ^ CSKAモスクワ 本田移籍でユベントスに破格の要求!スポニチAnnex2011年7月7日
  23. ^ 本田 背番号は「10」 14億円で完全移籍 スポニチannex 2012年1月29日
  24. ^ Per i giapponesi ormai è fatta: "Honda è della Lazio!"...Tare: "Stiamo trattando con i russi...Il QPR ci ha chiesto Cisse" lalaziosiamonoi 2012年1月29日
  25. ^ В Японии уверены: Хонда перейдет в "Лацио" Спорт-Экспрес 2012年1月29日
  26. ^ Stampa giapponese: Honda è della Lazio calciomercato.com 2012年1月29日
  27. ^ ラツィオ側「本田合意まだ」日刊スポーツ 2012年1月29日
  28. ^ 本田、ラツィオ移籍破談も スポーツ報知 1月30日
  29. ^ ラツィオ指揮官 本田を歓迎「国際レベルの選手」 スポニチAnnex 2012年1月30日
  30. ^ 日刊スポーツ 2012年2月1日
  31. ^ 本田移籍破談の背景に…安売り拒むCSKAと欧州クラブの懐具合 スポニチAnnex 2012年2月1日
  32. ^ 岡田ジャパンの高地トレーニングは無意味!? サポティスタ2010年5月28日
  33. ^ 小出監督「今回の日本代表の練習日程は丁度いい」 サポティスタ 2010年6月9日
  34. ^ U23に秘密兵器 次戦マレーシア戦で京都・久保招集へ スポニチAnnex 2012年2月6日

関連項目

外部リンク