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サッカーボスニア・ヘルツェゴビナ代表

サッカーボスニア・ヘルツェゴビナ代表BiH nogometna reprezentacija)は、ボスニア・ヘルツェゴビナサッカー協会(FSBiH, NSBiH)によって編成されるボスニア・ヘルツェゴビナサッカーのナショナルチームである。愛称はズマイェヴィ(Zmajevi、ドラゴンズ)、または1998年までの国章に描かれたフルール・ド・リスからズラトニ・リリャニ(Zlatni Ljiljani, 金のユリ)[1][2]

サッカーボスニア・ヘルツェゴビナ代表
国または地域 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ボスニア・ヘルツェゴビナ
協会 ボスニア・ヘルツェゴビナサッカー連盟
愛称 Zmajevi (ドラゴンズ)
Zlatni ljiljani (金のユリ)
監督 クロアチアの旗 ロベルト・プロシネチキ
最多出場選手 エディン・ジェコ(97試合)
最多得点選手 エディン・ジェコ(55得点)
1stカラー
2ndカラー
初の国際試合 1993年6月6日イラン
3-1
最大差勝利試合 2008年9月10日エストニア
7-0
2012年9月7日リヒテンシュタイン
8-1
最大差敗戦試合 1998年5月14日アルゼンチン
0-5
FIFAワールドカップ
出場回数 1回(初出場は2014
最高成績 グループリーグ敗退(2014
UEFA欧州選手権
出場回数 0回

目次

歴史編集

ボスニア・ヘルツェゴビナは1992年ユーゴスラビアからの独立を宣言したが、1995年まで続いたボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の影響により、旧ユーゴスラビア構成諸国家の中で、最も国際舞台への復帰が遅れた。

ボスニア・ヘルツェゴビナサッカー協会は1996年に、国際サッカー連盟欧州サッカー連盟に加盟。ワールドカップへの参加は1998年フランス大会予選から、UEFA EURO(欧州選手権)への参加は2000年のベルギー・オランダ大会予選からとなった。

当初、ボスニア・ヘルツェゴビナ協会はボシュニャク人のみで構成されていたが、1998年クロアチア人が、2001年にはセルビア人が合流し、3民族によるナショナルチームとなった。ただし、クロアチア人やスルプスカ共和国のセルビア人の中にはクロアチアセルビアに対しての帰属意識を持つ者もおり、ボスニア・ヘルツェゴビナ出身ながらクロアチア代表セルビア代表に加わる者もいる。この3民族のそれぞれの代表者が連盟会長職に就いていた[3]ことを国際サッカー連盟(FIFA)と欧州サッカー連盟(UEFA)が問題視し、2011年3月31日までに解決しない場合は資格停止処分を科すと警告していた[4]が結局、3月29日の協会の総会では解決しなかったため、FIFAとUEFAは4月1日をもって資格停止処分を科した[5]。その後、ボスニア・ヘルツェゴビナ出身でユーゴスラビア代表および日本代表元監督のイビチャ・オシムを正常化委員会の座長に据えた協会側が会長職を1人とした制度改革を発表した為、制裁は5月30日に解除された[6]

2013年10月15日、ヨーロッパ予選を突破し、初のワールドカップ本大会出場を決めた。2014年6月の本大会では第1戦のアルゼンチン戦、続く第2戦のナイジェリア戦ともに敗れ1試合を残しグループリーグ敗退が決定した。それでも、第3戦のイラン戦でワールドカップ初勝利を挙げた。

ワールドカップの2018年ロシア大会は欧州予選で敗退となった。

UEFA EUROは2016年大会まで本大会出場の経験はない。

スタジアム編集

スタジアムは主にサラエヴォオリンピイスキ・スタディオン・アシム・フェルハトヴィッチ・ハセゼニツァのビリノ・ポリェが使用される。サラエヴォオリンピックの開会式会場としても使用されたスタディオン・アシム・フェルハトヴィッチ・ハセは、1967年に引退したFKサラエヴォの選手で1964年ユーゴスラビア1部リーグ得点王にもなったアシム・フェルハトヴィッチの功績を称え彼の名を冠している。収容人数は37,500人で[2]、旧称であるコシェヴォ(Koševo)の名も通称として使用される。

FIFAワールドカップの成績編集

開催国 / 年 成績
  1994 不参加
  1998 予選敗退
   2002
  2006
  2010
  2014 グループリーグ敗退 3 1 0 2 4 4
  2018 予選敗退
合計 出場1回 3 1 0 2 4 4

UEFA欧州選手権の成績編集

歴代監督編集

歴代選手編集

歴代記録編集

2016年11月13日現在

通算出場数ランキング編集

  水色は現役代表選手
順位 選手 期間 出場 得点
1 エミル・スパヒッチ 2003- 93 6
2 ズヴェズダン・ミシモヴィッチ 2004-2014 84 25
3 エディン・ジェコ 2007- 83 49
4 ヴェダド・イビシェヴィッチ 2007- 77 26
5 ミラレム・ピアニッチ 2008- 72 12
6 アスミル・ベゴヴィッチ 2009- 54 0
7 ハリス・メジュニャニン 2009- 54 8
8 セナド・ルリッチ 2008- 52 2
9 エルヴィル・ボリッチ 1996-2006 51 22
10 セルゲイ・バルバレス 1998-2006 48 17

通算得点数ランキング編集

順位 選手 期間 得点 出場
1 エディン・ジェコ 2007- 49 83
2 ヴェダド・イビシェヴィッチ 2007- 26 77
3 ズヴェズダン・ミシモヴィッチ 2004-2014 25 84
4 エルヴィル・ボリッチ 1996-2006 22 51
5 セルゲイ・バルバレス 1998-2006 17 48
6 エルヴィル・バリッチ 1996-2005 14 38
7 ミラレム・ピアニッチ 2008- 12 72
8 ズラタン・ムスリモヴィッチ 2006-2011 12 30
9 ハリス・メジュニャニン 2009- 8 54
10 ミラン・ジュリッチ 2015- 7 14

脚注編集

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  1. ^ 斉藤 健仁『図解世界のサッカー愛称のひみつ』光文社、2010年。ISBN 978-4-334-03564-8
  2. ^ a b Golden Lilies blossoming”. FIFA.com (2009年9月9日). 2010年7月16日閲覧。
  3. ^ ボスニアが資格停止へ…オシム氏も連盟決定を批判 - スポーツ報知、2011年3月31日
  4. ^ UEFA理事会の決定事項が発表 - UEFA.com、2011年3月21日
  5. ^ ボスニア・ヘルツェゴビナ・サッカー協会に処分 - UEFA.com、2011年4月1日
  6. ^ ボスニア・ヘルツェゴビナの資格停止が解除 - UEFA.com、2011年5月30日

外部リンク編集