ホトトギス (雑誌)

合資会社ホトトギス社が発行する俳句雑誌

ホトトギス』は、合資会社ホトトギス社が発行する俳句雑誌[1]1897年明治30年)に正岡子規の友人である柳原極堂が創刊した。夏目漱石小説吾輩は猫である』、『坊っちゃん』を発表したことでも知られる。明治期には総合文芸誌として、大正昭和初期には保守俳壇の最有力誌として隆盛を誇った。

歴史編集

戦前編集

戦後編集

現況編集

現在のホトトギス社主宰は高浜虚子の曽孫である稲畑廣太郎が務めている。1979年から2013年まで主宰を務めた稲畑汀子はその母で高浜虚子の孫。

ホトトギス社はホトトギス誌以外に書籍も編集・発行しているが、発売元はホトトギス社のものと他の版元のものがある。例えば歳時記は、虚子編「新歳時記」やホトトギス編「ホトトギス新歳時記」を三省堂が発売している。虚子編「新歳時記」は基本的に高濱虚子が編集したものだが、ホトトギス編「ホトトギス新歳時記」は、全国の俳人からホトトギス誌に寄せられた句を元に編集したもの。

ホトトギス社は長年、旧・丸ビルに入居していたが、丸ビルの建て替えのため、三菱ビルに移った。

ドキュメンタリー編集

  • ETV特集「戦火のホトトギス 〜17文字に託した若き将兵の戦争〜」(2021年8月21日、NHK Eテレ[6]

脚注編集

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出典編集

  1. ^ 明治の俳句雑誌「ホトトギス」の軌跡たどる 松山・子規記念博物館で特別展”. 産経新聞 (2018年12月23日). 2021年8月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年8月25日閲覧。
  2. ^ 虚子「消息」『ホトトギス』第14巻第7号、1911年、 98頁。
  3. ^ 秋元(1966):130ページ
  4. ^ 秋元(1966):134ページ
  5. ^ 創刊から125年、俳句雑誌「ホトトギス」が1500号 毎月6千作品から選出”. 読売新聞 (2021年11月22日). 2021年11月23日閲覧。
  6. ^ 戦火のホトトギス 〜17文字に託した若き将兵の戦争〜”. NHK (2021年8月21日). 2021年8月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年8月28日閲覧。

参考文献編集

外部リンク編集