リッキー・フジ

リッキー・フジRicky Fuji1965年9月27日 - )は、日本プロレスラー。本名:森村 方則(もりむら まさのり)。

リッキー・フジ
リッキー・フジの画像
プロフィール
リングネーム リッキー・フジ
カルガリー・タイガー
ブラック・トムキャット
本名 森村 方則
ニックネーム SEXY STORM
身長 173cm
体重 96kg
誕生日 (1965-09-27) 1965年9月27日(52歳)
出身地 千葉県千葉市
所属 KAIENTAI DOJO
スポーツ歴 野球
トレーナー ミスター・ヒト
デビュー 1988年6月28日
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目次

来歴編集

1984年新日本プロレスの練習生であったが、デビュー前に退団。スチュ・ハートのレスラー育成所で知られるカルガリーに渡り修行し直し、1988年6月28日、カナダ・ブリティッシュコロンビア州カムループスにおいて、ロース・ハート戦でデビュー。以後、二度にわたる重傷でレスラー生活の危機に見舞われたが、そのたびに復活を遂げる根性を見せ(ミスター・ヒトにはずいぶん励まされたという)、「タイガーマスク」や「ブラック・トムキャット」といったマスクマンとしてカナダのインディペンデント団体を転々とする、その後2006年から覆面MANIAにてリングネーム「カルガリー・タイガー」として復活させた。

1990年、帰国してFMWに参加。当初はミスター・ポーゴのタッグパートナーとしての参戦だったが、程なく仲間割れを起こしてFMW側に転じる。大仁田厚ターザン後藤サンボ浅子とともにFMW四天王の一人となるものの、後に大仁田らに反旗を翻し、ビッグ・タイトンらとともに『チーム・カナダ』を結成。得意の話術を生かしプレイング・マネージャーとしてFMWマットを荒らし回った。

FMW内での経歴は、正規軍→チーム・カナダ→鬼神組→リーサル・ウェポン→正規軍。1996年5月には、自身が影響を受けたロックンロール・エクスプレスリッキー・モートン&ロバート・ギブソン)ともトリオを組んだ[1]

FMW崩壊後は飲食店の従業員となる傍ら、WMFWJプロレスみちのくプロレス静岡プロレスターザン後藤一派北都プロレス頑固プロレスガッツワールド新潟プロレスなどインディー団体に幅広く参戦し、自主興行も開催。

アメリカンプロレスを基本スタイルとし、入場時のエア・ギターや、リング上での尻出し(ディック・マードックリック・フレアーが得意とするアメリカンプロレスの伝統芸)などの、独特のアピールを持つ。一部の熱狂的ファンから「ロックンロール」コールを受けるのも定番。

サマーソニック2006のエア・ギター選手権に出場。

2012年1月3日付けで、KAIENTAI DOJO所属となる。

得意技編集

カミカゼ
ファイヤーマンズキャリーで肩に担ぎ上げた後、「カミカゼ!ベイベー!」とコールした後助走をつけて対角線を走り込み前方回転して相手を背中からマットに叩きつけるリッキーの代名詞的な技。
ローリング・ストーン
旋回式垂直落下ブレーンバスター。
ハード・ロック
相手の両足をリバース・インディアン・デスロックで極めた状態でフェイスロックに捕らえる、変形のSTF
9999
クロスアーム式DDT。"フォー・ナイン"と読む。
マキシマム・オーバー・ドライブ
リッキーの用いるリバース・パイルドライバーを差す。
ダイビング・ヘッドバット
ジャーマン・スープレックス
タイガードライバー
ディスカス・パンチ
ケリー・フォン・エリックのフェイバリット・ムーブと同形。

獲得タイトル編集

KAIENTAI DOJO
FMW

メディア出演編集

映画編集

  • 平成トンパチ野郎〜男はツラだよ〜(2009年、マジカル/グラッソ)
  • デルシネ「エル・シュリケンvs新昆虫デスキート」(2016年10月15日京都国際映画祭・2017年4月23日沖縄国際映画祭、他上映)[2]– シュリケン・ネグロ 役

テレビドラマ編集

テレビゲーム編集

バラエティ番組編集

  • モヤモヤさまぁ〜ず2(テレビ東京)
    • 正月放送にて北新宿のマスクショップを訪れた際に店主として偶然出演。その様子はDVDでも確認できる。

脚注編集

  1. ^ The FMW matches fought by Ricky Fuji in 1996”. Wrestlingdata.com. 2016年6月20日閲覧。
  2. ^ 観客が出るシネマ”、日替わりで和牛、アキナ、祇園、霜降り明星ら登場”. お笑いナタリー. ナターシャ (2017年5月5日). 2017年5月11日閲覧。

外部リンク編集