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三河知立駅

日本の愛知県知立市にある名古屋鉄道の駅

三河知立駅(みかわちりゅうえき)は愛知県知立市新地町吉良道東にある、名古屋鉄道三河線である。駅番号はMY01

三河知立駅*
駅舎
駅舎
みかわちりゅう
MIKAWA CHIRYŪ
MY02 三河八橋 (3.1km)
(0.7km) 知立 NH19
所在地 愛知県知立市新地町吉良道東14-5
駅番号 MY  01 
所属事業者 名古屋鉄道
所属路線 三河線
キロ程 20.6km(猿投起点)
知立から0.7km
駅構造 地上駅
ホーム 島式 1面2線
乗降人員
-統計年度-
821人/日
-2017年-
開業年月日 1915年(大正4年)10月28日
備考 無人駅駅集中管理システム導入駅)
*1959年 知立駅から改称
名古屋本線
(知立連絡線)

知立(信) (0.8km)


キロ程:0.0km(三河知立起点)
廃止年月日:1984年(昭和59年)4月1日
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目次

歴史編集

現在の知立駅が開業するまでは、この駅が知立駅を名乗り、西側にあった愛知電気鉄道の新知立駅(現在の知立駅開業後は名古屋本線の駅は東知立駅と改称、後に廃止)との乗り換え駅となっていた。

 
知立駅の変遷
  • 1915年大正4年)10月28日 - 三河鉄道が知立駅(初代)として開業[1]
  • 1922年(大正12年)
    • 4月1日 - 愛知電気鉄道が新知立駅を開設。
    • 6月1日 - 愛知電気鉄道新知立駅を、三河鉄道知立駅付近の高架上に移転、連絡駅とする。
  • 1928年昭和3年)4月1日 - 三河鉄道知立駅(初代) - 分岐点間の貨物連絡線(知立連絡線)が開通。
  • 1935年(昭和10年) - 8月1日 愛知電気鉄道が名古屋鉄道へ改編。
  • 1941年(昭和16年)
    • 6月1日 - 名古屋鉄道が三河鉄道を合併。名鉄三河線の駅となる[1]
    • 8月1日 - 知立駅と新知立駅を統合し、知立駅(2代)とする。
  • 1959年(昭和34年)4月1日 - 現在地に知立駅(3代)を開設し、名古屋本線の駅は東知立駅、三河線の駅は三河知立駅と改称して分離。連絡階段通路を撤去[1]
  • 1965年(昭和40年)9月1日 - 貨物営業廃止[2]
  • 1968年(昭和43年)1月7日 - 東知立駅廃止[1]
  • 1984年(昭和59年)4月1日 - 知立連絡線廃止。無人化?[2]
  • 1995年(平成7年)7月22日 - ホームを4両分に延伸[2]
  • 2001年(平成13年)6月16日 - 駅集中管理システム導入[2]
  • 2003年(平成15年)10月1日 - トランパスを導入[2]
  • 2011年(平成23年)2月11日 - ICカード乗車券「manaca」供用開始。
  • 2012年(平成24年)2月29日 - トランパス供用終了。

駅構造編集

島式1面2線の地上駅である。当駅は三河線の他の駅とは異なり、東側(駅舎とは反対側)からホーム番号が振ってある。 開業以来の比較的大きな駅舎は取り壊され、現在はシンプルな作りで比較的新しい駅舎が建っている。駅舎とホームは構内踏切で連絡しており、ホーム上にはワンマン運転支援用のセンサーポールが設置されている。駅集中管理システムが導入された無人駅のため、豊田市駅から遠隔管理されている。

1番線に相当する部分に、線路と草に埋もれたホームが残り、知立駅方の信号機も稼働しているが、使われていない。1番線の三河八橋駅方は、かつて名古屋本線と接続していた連絡線の跡につながっている。

2・3番線とも逆方向に入線・出発できるよう信号機が設置されているが、通常使われることはない。

のりば
番線 路線 方向 行先 備考
1 三河線・名古屋本線(知立連絡線) 不使用。ホームの遺構が見られる。
2 MY 三河線(山線)[3][4][注釈 1] 上り 知立ゆき[6]  
3 下り 猿投ゆき[6]  

知立駅高架化に伴う移転編集

知立駅周辺地区の区画整理事業に合わせて、知立連続立体交差事業[7] (知立駅高架化は2023年度完成予定)が着手されることとなり、これに伴い三河知立駅は高架化区間外の山町茶碓山への移転が予定されている。移転後は2面2線の相対式ホームと留置線を有する地上駅となり、高架化された知立駅までの区間が複線化される[8]

漫画展編集

知立市出身のイラストレーターのウノ・カマキリが、1994年4月に三河知立駅の掲示板に「夢人駅(むじんえき)」と題して「夢人駅漫画展」 を常設した。小学校の同窓会出席で三河知立駅を訪れた際、子供のころの賑わいが失われ寂れた無人駅になった姿を見たウノが「利用する人の気持ちを和ませたい」と名鉄に申し出たのが常設のきっかけで、名鉄側は当初展示物の管理の面から難色を示したものの、ウノが展示物の事故責任は一切不問でよいとしたため実現に至った。漫画展は駅舎解体後も残され、1998年からは隣の知立駅にも「知立(ちりゅう)は知立(ともだち) 夢人画廊(ゆめびとギャラリー)」というイラストの掲示板を出していた[9]

配線図編集

名古屋鉄道 三河知立駅 構内配線略図

豊田市
猿投方面
 
知立駅
凡例
出典:[10]


利用状況編集

  • 『名鉄120年:近20年のあゆみ』によると2013年度当時の1日平均乗降人員は767人であり、この値は名鉄全駅(275駅)中245位、 三河線(23駅)中23位であった[11]
  • 『名古屋鉄道百年史』によると1992年度当時の1日平均乗降人員は278人であり、この値は岐阜市内線均一運賃区間内各駅(岐阜市内線・田神線・美濃町線徹明町駅 - 琴塚駅間)を除く名鉄全駅(342駅)中302位、 三河線(38駅)中32位であった[12]
  • 知立市の統計によれば1日平均の乗車人員は2008年度229人、2009年度238人である。

近年の一日平均乗降人員および乗車人員の推移は下表のとおりである。[13]

知立の統計に記載されている乗車人員・降車人員を年間の日数で割り、小数点第一位で四捨五入して算出したものである。

年度 一日平均

乗降人員

一日平均

乗車人員

2000 297 148
2001 348 174
2002 363 183
2003 412 207
2004 411 206
2005 386 194
2006 391 198
2007 437 219
2008 460 229
2009 477 238
2010 634 316
2011 719 358
2012 766 384
2013 771 386
2014 758 382
2015 771 387
2016 766 385
2017 821 413

三河線の駅では最も利用客が少ないが、近年は増加傾向にある。

駅周辺編集

隣の知立駅まで700mほどしか離れておらず、歩いて行き来が容易である。駅のすぐ知立寄りを名鉄名古屋本線が高架で通っている。

隣の駅編集

現存区間編集

名古屋鉄道
MY 三河線(山線)
三河八橋駅 (MY02) - 三河知立駅 (MY01) - 知立駅 (NH19)

廃止区間編集

名古屋鉄道
三河線(旧線)
三河知立駅 - 重原駅
名古屋本線(知立連絡線)
知立信号所) - 三河知立駅

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 三河線知立以北の通称「山線」区間は、名鉄公式サイトにおいては「三河線(知立〜猿投)」と表記される[5]

出典編集

  1. ^ a b c d 新實守『写真で見る三河線誕生百年』新實守、2015年、125頁。
  2. ^ a b c d e 新實守『写真で見る三河線誕生百年』新實守、2015年、126頁。
  3. ^ 清水武「名古屋鉄道各線相互の直通運転」『鉄道ピクトリアル』第246巻、電気車研究会、1971年1月、 64頁。
  4. ^ 太田貴之「輸送と運転 近年の動向」『鉄道ピクトリアル』第816巻、電気車研究会、2009年3月、 38頁。
  5. ^ 三河知立駅 - 電車のご利用案内、2018年2月24日閲覧
  6. ^ a b 駅時刻表:名古屋鉄道・名鉄バス、2018年2月24日閲覧
  7. ^ 知立連続立体交差事業 - 愛知県
  8. ^ 知立駅付近連続立体交差事業に伴う三河知立駅の移設について - 知立市
  9. ^ 神谷力(編)『三河を走って85年―三河線・挙母線とともに歩んだ郷土の歴史と文化』郷土文化社、2000年、156-157頁。ISBN 978-4876701292
  10. ^ 巻末折込「名古屋鉄道 配線略図」(『鉄道ピクトリアル No.816 2009年3月号臨時増刊』電気車研究会、2009年)
  11. ^ 名鉄120年史編纂委員会事務局(編)『名鉄120年:近20年のあゆみ』名古屋鉄道、2014年、160-162頁。
  12. ^ 名古屋鉄道広報宣伝部(編)『名古屋鉄道百年史』名古屋鉄道、1994年、651-653頁。
  13. ^ 平成30年版 知立の統計|知立市 -輝くまち、みんなの知立‐” (日本語). www.city.chiryu.aichi.jp. 2019年2月22日閲覧。

関連項目編集