乙部町

日本の北海道爾志郡の町

乙部町(おとべちょう)は、北海道南西部、檜山振興局中部にある日本海に面した町。

おとべちょう ウィキデータを編集
乙部町
Marinepool Gennadai Seaside Park 190715.jpg
Flag of Otobe, Hokkaido.svg
Emblem of Otobe, Hokkaido.svg
乙部町旗 乙部町章
1965年8月18日制定
日本の旗 日本
地方 北海道地方
都道府県 北海道檜山振興局
爾志郡
市町村コード 01364-1
法人番号 1000020013641 ウィキデータを編集
面積 162.59km2
総人口 3,331[編集]
住民基本台帳人口、2022年12月31日)
人口密度 20.5人/km2
隣接自治体 檜山郡江差町厚沢部町
二海郡八雲町
町の木 スギ
町の花 ユリ
町の鳥 なし
乙部町役場
町長 寺島努
所在地 043-0103
北海道爾志郡乙部町緑町388
北緯41度58分07秒 東経140度08分08秒 / 北緯41.9685度 東経140.13561度 / 41.9685; 140.13561座標: 北緯41度58分07秒 東経140度08分08秒 / 北緯41.9685度 東経140.13561度 / 41.9685; 140.13561
Otobe town hall.JPG
外部リンク 乙部町

Indicator map for Oshima and Hiyama Subprefecture in Hokkaido Japan.svg

乙部町位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町・村

ウィキプロジェクト
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乙部町中心部周辺の空中写真。1976年撮影の6枚を合成作成。
国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。

町名はアイヌ語の「オトウンペ」(河口に沼のある川)に由来する。その川は現在の姫川である。

地理編集

北緯41°58、東経140°08。渡島半島西岸にあり、南は江差町、北は八雲町熊石地区に隣接し、東は乙部岳、突符岳を背に厚沢部町とも境界をなし、西は日本海に臨む。町域は東西17.3km、南北15.6kmで、総面積は162.53km2である。全体が波状性丘陵地であり、海岸線まで山が迫り平野部は少ない。町域海岸部の大半は檜山道立自然公園に指定されている。海岸沿いに国道229号線が走り、町域全体の81%が山林であり、人口は海岸部の集落に集中している。町政施行は昭和40年で、人口も1万人を超えたこともある。役場の所在地は、檜山振興局が所在する江差町厚沢部町役場へ12km、上ノ国町役場へは18km、せたな町には60km、今金町には80km、渡島総合振興局の所在する函館市から71kmの位置にあり、隣接する八雲町役場には約60kmである。管内他町と同様、漸次人口減の傾向を見せている。

  • 山:乙部岳(1017 m)、九郎岳(970 m)
  • 河川:姫川
  • 岬:突符岬、鮪ノ岬、館ノ岬

隣接している自治体編集

人口編集

 
乙部町と全国の年齢別人口分布(2005年) 乙部町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 乙部町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

乙部町(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より


沿革編集

  • 縄文時代より栄える。
  • 1617年(元和3年) 花磯諏訪神社が建立される(史誌では1704年)。
  • 1741年(寛保元年) 松前沖で噴火と津波。
  • 1902年(明治35年) 乙部村、小茂内村、突符村、三ツ谷村、蚊柱村が合併し、二級町村制施行、乙部村となる
  • 1939年(昭和14年)4月1日 村内の5大字を廃止、15行政字に再編。
    • 乙部村 → 元町、緑町、滝瀬、館浦、姫川、旭岱
    • 小茂内村 → 鳥山、富岡
    • 突符村 → 栄浜、栄野、元和
    • 三ツ谷村 → 三ツ谷、潮見
    • 蚊柱村 → 花磯、豊浜、潮見
  • 1965年10月1日 町制施行、乙部町となる。

姉妹都市・提携都市編集

姉妹樹:中華人民共和国湖南省張家界市武陵源世界遺産)内の「重歓木」 / 森の巨人たち百選選定「縁桂」(互いに連理の木である。)

経済編集

立地企業編集

  • 札幌酒精工業(おとべワイン)
  • CAC乙部工場
  • ㈱マルサ笹谷商店 乙部工場
  • ㈱小川商店 乙部工場

農協・漁協編集

金融機関編集

郵便局編集

  • 乙部郵便局(集配局)
  • 豊浜郵便局

宅配便編集

公共機関編集

警察

林野庁

  • 檜山森林管理署乙部上級森林事務所

消防

教育編集

乙部には、近代以前から和人が居住していたので、本州同様居住者対象の寺子屋は存在していた。 記録は散逸して定かではないが、1850年(嘉永3年)には寺院利用の寺子屋があったという記述が残されている。

小学校編集

明治時代、「学制」の施行により、開拓使の手により、学校の開設は進められていった。乙部においては、各村からの拠出金により、学校は次々と開設されていったようである。1878年(明治11年)頃には、乙部学校(乙部村)、突符学校(突符村)、三ツ谷学校(三ツ谷村)、小茂内学校(小茂内村)蚊柱学校(蚊柱村)がそれぞれ開校している。突符学校では特に向突符(元和)は遠隔であるとして分校を設け、1882年(明治15年)に愛教学校として開校している。その後、学校制度改正に合わせて変遷し、戦後の学制改革によって、新制小学校として、乙部小学校、姫川小学校、姫川小学校富岡分教場、栄浜小学校、栄浜小学校元和分校、明和小学校が発足した。 その後、少子高齢化等の児童数減少により、元和分校・富岡小(中)学校がそれぞれ休廃校し、2011年(平成23年)3月、姫川小学校が115年の歴史に幕を閉じ、児童は乙部小学校に編入した。また、2022年(令和4年)3月、栄浜小学校も乙部小学校に編入された。

  • 乙部町立乙部小学校
  • 乙部町立明和小学校

中学校編集

戦後の学制改革によって、新制中学の設置が見られ、乙部中学校、栄浜中学校、姫川中学校、明和中学校がそれぞれ小学校に併設されて発足した。1950年(昭和25年)には、富岡分教場が中学校併置で分離独立して富岡小中学校となり、昭和30年代までに各中学校も独立校舎を新築している。その一方で、生徒減や校舎の老朽化、交通の改善で学校の統廃合が行われ、1981年(昭和56年)に元和分校が廃校、1997年(平成9年)には富岡小中学校は休校となった。

2003年(平成15年)、過疎化による人口減や少子化による生徒数の減少を考慮し、町内の5中学校(休校中の富岡中含む)の統合計画が確定し、2004年(平成16年)より町内中学校が統合、新設「乙部中学校」が新校舎と共に町内唯一の中学校として発足した。

2006年度(平成18年度)、高齢者等の生活弱者に対する雪かきなどのボランティア「猫の手活動」や、地域の総合的学習を積極的に推進し、それが評価され、北海道教育実践表彰を受けた。

  • 乙部町立乙部中学校

高等学校編集

1949年(昭和24年)、北海道江差高等学校の乙部分校から独立して、定時制高校として北海道乙部高等学校が発足したが、昭和40年代半ばから、親の教育ニーズの変化や人口の流失等で入学者減が進み、江差、乙部、厚沢部、上ノ国の4町が結成した「檜山南部地区高校整備促進期成会」が、江差高校・厚沢部高校・乙部高校を統廃合する事を検討し、合意に至った。定時制高校としての乙部高校は、1982年(昭和57年)に最後の卒業生6人を送り出し閉校となった。

交通編集

 
道の駅ルート229元和台

鉄道編集

町内を鉄道路線は走っていない。鉄道を利用する場合の最寄り駅は、JR北海道函館本線八雲駅、あるいは北海道新幹線新函館北斗駅及び木古内駅

バス編集

道路編集

空港編集

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事編集

文化財編集

観光編集

祭事・催事編集

  • 元和台マリンフェスティバル(海水浴場開設期間の前半)
  • 温泉&産業まつり(8月上旬)(近年は産業まつりとして9月上旬に開催)
  • ふれあい交流盆踊り(8月14日)
  • 八幡神社例大祭(8月14日~16日)
  • 縁桂森林フェスティバル(秋分の日)
  • シバレ・ふれあい富岡(1月下旬)

出身人物編集

  • 寺島絵里佳(第41回江差追分全国大会優勝者)
  • 寺島絵美(第44回江差追分全国大会優勝者)
上記2名は姉妹である。

関連項目編集

外部リンク編集