大山崎町

日本の京都府の町

大山崎町(おおやまざきちょう)は、京都府乙訓郡大阪府三島郡島本町との府境に位置する。京都府下で最も面積の小さい町である。旧山城国乙訓郡。河の南という意味で「河陽(かや、かよう)」の別名がある。

おおやまざきちょう
大山崎町
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 京都府
乙訓郡
団体コード 26303-6
法人番号 4000020263036
面積 5.97 km²
総人口 15,452
推計人口、2017年10月1日)
人口密度 2,590人/km²
隣接自治体 京都市長岡京市八幡市
大阪府三島郡島本町
町の木 アカマツ
町の花 サクラ
町の鳥 ウグイス
大山崎町役場
町長 山本圭一
所在地 618-8501
京都府乙訓郡大山崎町字円明寺小字夏目3
北緯34度54分10秒東経135度41分18.5秒
大山崎町役場
外部リンク 大山崎町の公式ページ

大山崎町位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町・村

 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト
天王山からの景色、大阪方面
天王山登り口
宝寺、殉国十七烈士墓
宝寺、羽柴秀吉出世石
大山崎瓦窯跡
農作業用モノレール、天王山ハイキング道

目次

概要編集

丘陵地が平野に近く迫り、そのふもとに桂川宇治川木津川の合流点が位置するため、山崎は古来から交通の要地であった。明智光秀豊臣秀吉(当時は羽柴秀吉)が破った山崎の戦いは天王山山麓で行われた。この故事から雌雄を決することや勝負の分かれ目のことを「天王山を迎える」(または単に「天王山」)と呼ぶ成句が生まれた。

大阪府の島本町山崎から京都府の大山崎町にかけての山崎の地はまた名水で知られ、日本における製油発祥の地である離宮八幡宮には石清水(いわしみず)の名の元となった湧き水があった。また山崎駅前の妙喜庵には千利休の現存する二例の茶室作例の一つである茶室待庵国宝)が現存する。

タケノコの産地として著名。京野菜京山科なすみず菜の産地でもある。

歴史編集

行政編集

  • 町長:山本圭一(2014年12月5日 - 1期目)

町議会編集

概要編集

  • 議員定数:12人
  • 議長:小泉満
  • 副議長:朝子直美
  • 監査委員:高木功

構成編集

会派 議席数
与党
大山崎クラブ 4
公明党
民主フォーラム
清新
野党
日本共産党議員団 3
のぞみ 1
光会 1

(2016年11月1日現在)

地理編集

  • 天王山頂:標高270.4メートル
  • 桂川、宇治川(淀川水系)
  • 小泉川(旧円明寺川) 山崎の戦いの際、両軍がこの川を挟んで戦った。
  • 境川 京都と大阪を隔てる小川

隣接している自治体・行政区編集

京都府

大阪府

経済編集

歴史的には中世エゴマの栽培とその種から取るえごま油の製造、販売で栄えた。20世紀後半の昭和戦後期から平成初期の時期までは米作およびタケノコの採取などの農業が有名であった。高度成長期以降、国道171号線沿いに工場や倉庫が増加した。特にダイハツ工業日立グループの事業所やマクセルホールディングスの京都本社、ゲームソフト開発のトーセの登記上本店及び開発センターがある。なお、サントリー山崎蒸溜所大阪府島本町に所在し、本町には所在しない。一方、同社京都ビール工場の一部が町域に所在する。

地域編集

  • 字大山崎
  • 字円明寺
  • 字下植野

人口編集

平成22年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、0.45%減の15,123人であり、増減率は府下26市町村中8位、36行政区域中14位。

 
大山崎町と全国の年齢別人口分布(2005年) 大山崎町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 大山崎町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
大山崎町(に相当する地域)の人口の推移
1970年 10,375人
1975年 14,966人
1980年 16,283人
1985年 16,717人
1990年 16,152人
1995年 15,879人
2000年 15,736人
2005年 15,191人
2010年 15,121人
2015年 15,181人
総務省統計局 国勢調査より

交通編集

教育編集

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事編集

出身者編集

脚注編集

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注釈

参照

  1. ^ 『日本文徳天皇実録』巻七斉衡二年十月癸巳

外部リンク編集