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山田 泰誠(やまだ たいせい、1971年1月1日 - )は日本中央競馬会 (JRA) の元騎手で現在は調教助手北海道出身。栗東トレーニングセンター所属。

来歴・人物編集

1989年田中良平厩舎所属騎手としてデビュー。同期には田中勝春角田晃一らがいる。同年4月23日に初勝利。初年度から6勝、18勝、12勝とあまり目立った成績ではなかった。

しかし、デビュー4年目の1992年に台頭する。この年のアーリントンカップエルカーサリバーで制し重賞初勝利。6月の宝塚記念ではメジロパーマー逃げ切り、初のGI勝利も手にした。さらに冬の有馬記念ではふたたびメジロパーマーで逃げ切り勝ちし、同一年度グランプリ連覇を果たし一躍有名になった。

1993年は最高成績となる年間25勝(うち重賞3勝)を挙げる。しかしこの年以降、成績は伸び悩む。1994年、田中良平の死去により良平の子にあたる田中章博厩舎に移籍。翌1995年安藤正敏厩舎に移籍、1997年からはフリーとなり、2001年武邦彦厩舎に所属した。

2003年10月31日付で騎手を引退し、その後は武厩舎で調教助手を務めていたが、武調教師の定年引退による厩舎解散で2009年以降は笹田和秀厩舎に所属している。 2015年より西村真幸厩舎に所属。

生涯成績編集

2824戦193勝(うち重賞9勝)

主な騎乗馬編集

エピソード編集

メジロパーマーで有馬記念を制したときに副賞として高級自動車(マツダ・MS-8)を獲得した。このとき山田は運転免許取得について師の許可を得ておらず、この勝利を機に師匠に運転免許取得を認められた。

山田は後年、JRA発行騎手名鑑の愛車欄にほかの騎手がクラウンなどの車種名を記載するなかでこの車を「パーマー号!」と称して記載していた。