羽深成樹
来歴
編集千葉県出身。開成高等学校[1]、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業[2]。大学ではサッカー部に所属[1]。
1981年 大蔵省にトップで入省[3]。配属先は大臣官房秘書課。
1994年 主計局主計官補佐(文部第一、二係主査)。
1996年7月関東財務局理財部長。同年11月 各省庁で将来を背負うエース級を収集した行政改革会議の調査員となる[7]。
1998年7月1日 大臣官房文書課企画官。同年7月30日 大臣官房企画官兼大臣官房文書課広報室長。
2007年3月27日 大臣官房信用機構課長兼大臣官房会計課長[9]。
2009年9月 鳩山由紀夫内閣発足とともに内閣総理大臣秘書官。続く菅直人内閣でも総理秘書官となる。
2011年9月2日 主計局次長(次席)。2012年8月17日 大臣官房付兼内閣官房内閣審議官(内閣総務官室)兼内閣官房国家戦略室員。
2013年1月6日 大臣官房付兼内閣府大臣官房審議官(経済財政運営担当)。規制改革会議を担当[10]。
2014年1月10日 内閣府政策統括官(経済社会システム担当)。同年7月 規制改革推進室長(併任)。
2016年6月17日 内閣府審議官。防災などを担当[11]。2017年7月11日に退官。同年11月 三菱ケミカルホールディングス執行役員経営戦略部門。
2019年4月 三菱ケミカルホールディングス執行役(政策・渉外室、広報・IR室(広報)分担政策・渉外室長)。
2022年4月 三菱ケミカルホールディングス執行役シニアバイスプレジデント(渉外所管)。
著作
編集『論語とやせ我慢』(PHP研究所、2014年)
『経済プレミア 孔子は働く人の水先案内人』(毎日新聞、2017年)
同期入省者
編集- 中原広(国税庁長官、理財局長、財務総合政策研究所長)
- 浅川雅嗣(アジア開発銀行総裁、財務官、国際局長、大臣官房総括審議官、麻生財務大臣秘書官事務取扱、国際局次長)
- 門間大吉(国際局長、財務総合政策研究所長)
- 宮内豊(TPP政府対策本部国内調整総括官、関税局長、関東信越国税局長)
- 石原一彦(日本地震再保険会長、内閣府審議官、内閣府沖縄振興局長)
- 富屋誠一郎(SBJ銀行社長、国土交通省政策統括官、内閣府地方創生推進室長代理、大阪国税局長、理財局次長)
- 百嶋計(大臣官房参事官(大臣官房担当)兼大臣官房審議官(大臣官房担当)、造幣局理事長、大臣官房参事官(大臣官房担当))
- 乙部辰良(弁護士、関東財務局長、預金保険機構総務部長、東海財務局長)
- 大川浩(東京税関長、関東財務局金融安定監理官、内閣府規制改革推進室次長、横浜税関長、関東信越国税局長)
- 中山厚(愛知学院大学経済学部特任教授、国税不服審判所次長、東海財務局長、預金保険機構検査部長、北海道財務局長、北海道大学公共政策大学院教授)
- 石井菜穂子(地球環境ファシリティ事務局長)
- 松田学(衆議院議員、預金保険機構金融再生部長)
脚注
編集- ^ a b 『東京大学』河出書房新社、1982年発行、112頁
- ^ a b 『東大人名録 官公庁編』1986年発行、52頁
- ^ 『東京大学』河出書房新社、1982年発行、113頁
- ^ 『職員録 第1部』大蔵省印刷局、1983年発行、496頁
- ^ 『職員録 第1部』大蔵省印刷局、1986年発行、508頁
- ^ 『職員録 第1部』大蔵省印刷局、1990年発行、493頁
- ^ 『誰がための官僚』塩田潮、2001年4月9日発行、14頁
- ^ 人事異動 平成18年7月28日発令
- ^ 人事異動 平成19年3月27日発令
- ^ [1] 健康産業オンライン 2013/7/26
- ^ 大地震で2週間断水。そのとき病院は水をどう確保したか NewsPicks 2019/12/6
- ^ 役員の異動に関するお知らせ楽天グループ
官職 | ||
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先代 西川正郎 |
内閣府審議官 2016年 - 2017年 |
次代 前川守 |
先代 西川正郎 |
内閣府政策統括官(経済社会システム担当) 2014年 - 2016年 |
次代 田和宏 |
先代 滝本純生 |
内閣府規制改革推進室長 2014年 - 2016年 |
次代 田和宏 |
先代 中原広 |
財務省主計局次長(次席) 2011年 - 2013年 |
次代 福田淳一 |
先代 浅川雅嗣 |
内閣総理大臣秘書官(事務担当) 2009年 - 2011年 |
次代 太田充 |
先代 寺田稔 |
大蔵省大臣官房広報室長 1998年 - 1999年 |
次代 佐川宣寿 |
先代 平沼貞次 |
関東財務局理財部長 1996年 |
次代 前田総明 |