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人物編集

元は役者志望であったが監督に興味を持ち始め、実写では20代で監督になるのは無理だがアニメならなれるとの話を聞き、アニメーションの世界に入った人物。結局、20代で監督にはなれなかったが、現在では監督として様々な作品に携わっている。

メディアに顔を出すのを控えていたが、『プラネテス』ではプロデューサーの意向で頻繁に出るようになった。

今川泰宏川瀬敏文、そして高橋良輔を師匠としている。また、自身に影響を与えた人物を、子供の頃からの剣道の師匠と、谷口が通っていた日本映画学校の学長を務めていた映画監督である今村昌平を挙げている。まだ無名の頃から仕事を出したり認めてくれていたとして、Production I.G石川光久BONES南雅彦の両プロデューサーにも信頼を示している[1]

現場を円滑に動かしやすくするという意味で、自身の作品には決まって特定の役者やスタッフを用いる傾向にある。その1人である酒井ミキオの楽曲「SPIRITS」には、谷口も作詞として参加している。

経歴編集

愛知県立昭和高等学校を卒業。 日本映画学校在学時、掛須秀一よりJ.C.STAFFを紹介され入社。1989年制作のOVAである『アーシアン』で制作進行として参加。社内では経済的に不利な場面があり、スタッフ全員の給与がなかったことさえもあった。 その後、制作デスクとなり『風魔の小次郎シリーズ』や『暗黒神伝承 武神』等を担当した後、J.C.STAFFを退社する。

J.C.STAFF退社後、いくつかの制作会社から仕事の声がかかっていたが、ことごとく断っていた。1991年放映のテレビアニメ『絶対無敵ライジンオー』に参加。当初は、設定制作だったが、後に同作品の総集編(第45話「発表!防衛組大百科!!」)で初の演出を担当。その後「エルドランシリーズ」、「ガンダムシリーズ」、「勇者シリーズ」などの演出を手がけた後、1998年に『ONE PIECE 倒せ!海賊ギャンザック』で監督デビューをした。

演出家としてはサンライズ作品を多数手がけている。

また、日本映画学校に在籍していたころの同期に、『鳥人戦隊ジェットマン』で天堂竜/レッドホーク役を担当した元俳優田中弘太郎がいる。

作品リスト編集

テレビアニメ編集

OVA編集

劇場アニメ編集

ゲーム編集

イベント・読者プレゼントOVA編集

作詞編集

  • 福山潤「心はキミの影になりにき」(2009年)
  • 玉城内務掃拭賛助官黄金兄弟岩石回転楽団「オンリーロード 玉城!」(2009年)
  • 酒井ミキオ「SPIRITS」(2012年)酒井ミキオ共同
  • 船坂康晴(CV:大川透)「戦う怒龍號の歌」(2016年)
  • 黒の騎士団ほか「ゼロこそ我等が希望」(2018年)
  • 相坂優歌「今はここに」(2018年)沖野俊太郎共同
  • Rayflower「螺旋のピース」(2018年)田澤孝介共同

その他編集

脚注編集

関連項目編集

外部リンク編集