足助町

日本の愛知県東加茂郡にあった町

足助町(あすけちょう)は、かつて愛知県東加茂郡に属していた

あすけちょう
足助町
香嵐渓
Flag of Asuke Aichi.jpg Asuke Aichi chapter.jpg
町旗 町章
廃止日 2005年4月1日
廃止理由 編入合併
足助町豊田市下山村旭町稲武町藤岡町小原村豊田市
現在の自治体 豊田市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 愛知県
東加茂郡
市町村コード 23541-5
面積 193.00km2
総人口 9,699
(2005年3月1日)
隣接自治体 豊田市、東加茂郡旭町稲武町下山村西加茂郡藤岡町小原村北設楽郡設楽町
町の花 サザンカ
足助町役場
所在地 444-2424
愛知県東加茂郡足助町宮ノ後26-2
外部リンク 閉鎖
座標 東経137度8分43.5秒
北緯35度8分2.3秒
Map.Asuke-Town.Aichi.PNG
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古来から三州街道(塩の道)の足助宿として栄え、奥三河の主要な町のひとつだった。香嵐渓の紅葉で知られた。2005年(平成17年)4月1日に近隣町村(藤岡町小原村旭町稲武町下山村)と共に豊田市へ編入された。旧足助町役場は豊田市役所足助支所となった。

地理編集

歴史編集

沿革編集

  • 1889年(明治22年)10月1日 - 町村制施行により東加茂郡足助村、中之御所村、今朝平村が合併し足助村となる。
  • 1890年(明治23年)12月17日 - 町制施行により足助町が成立。
  • 1955年(昭和30年)4月1日 - 東加茂郡足助町、盛岡村賀茂村阿摺村が合併し足助町が成立。
  • 2005年(平成17年)4月1日 - 藤岡町小原村旭町稲武町下山村と共に豊田市へ編入された。

行政編集

  • 町長:矢澤長介(1999年4月27日 - 2005年3月31日)

財政編集

  • 平成16年度(2004年度)
  • 人口 9621人 前年比 △1.2% (住民基本台帳 H17.3.31)
  • 財政力指数 0.40
  • 公債費比率 17.2%
  • 実質単年度収支 6234万円(黒字)
  • 経常収支比率 113.5%  (125.1% 減税補てん債及び臨時財政対策費を除く) 非常に悪い数値
  • 歳入総額 75億0983万円
  • 歳出総額 73億4787万円
  • 指定団体の状況 山振、過疎
  • 地方税歳入 9億8083万円 (歳入の13.1%)
  • 地方交付税歳入 17億6688万円 (歳入の23.5%)
  • 地方債歳入 6億7820万円 (歳入の9.0%)
  • 公債費 9億2903万円 (歳出の12.6%)
  • 人件費 13億2370万円 (歳出の18.0%)
  • 扶助費 1億8658万円 (歳出の2.5%)
  • 職員数 一般職員 123人(うち技能労務職 5人)、教育公務員 4人 合計127人
  • 人口1000人当たり職員数 13.20人
  • 職員一人当たり人件費 1042万2906円
  • 地方債現在高 59億0027万円
    • 積立金現在高 財調 8億5560万円 減債 3億9375万円 特定目的 4億9169万円

教育編集

高校編集

交通編集

 
足助町道路元標

鉄道編集

町内を鉄道路線は通っていない。鉄道を利用する場合の最寄り駅は、名鉄三河線猿投駅

かつて計画された鉄道編集

町内に鉄道路線はないが、以前に様々な計画・要望があった。

国鉄誘致
信参鉄道計画
三河鉄道の延伸計画
  • 名鉄三河線の西中金駅から足助まで延伸する計画
    • 足助町追分までの用地買収完了し造成を進めたが、世界恐慌や追分より先の用地買収難航により工事施工の延期。1958年に三河鉄道を吸収した名鉄が「西中金 - 足助」の免許を返還。

路線バス編集

道路編集

一般国道
主要地方道
一般県道
広域農道
  • 加茂広域農道

娯楽編集

名所・旧跡・観光スポット編集

脚注編集

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  1. ^ a b 『映画年鑑 戦後編 別冊 全国映画館録 1960』日本図書センター、1999年。同文献を出典としている1960年の映画館(東海地方)「消えた映画館の記憶」を参照した。

関連項目編集

外部リンク編集