ヤマニンアラバスタ

ヤマニンアラバスタ日本競走馬2005年中央競馬新潟記念府中牝馬ステークスを制した。

ヤマニンアラバスタ
Yamanin Alabaster.jpg
2008年8月10日 新潟競馬場
品種 サラブレッド
性別
毛色 芦毛
生誕 2001年3月30日
死没 2013年8月7日(12歳没)
抹消日 2008年11月13日
ゴールデンフェザント
ヤマニンリコール
母の父 タマモクロス
生国 日本の旗 日本北海道新冠町
生産 錦岡牧場
馬主 土井肇
調教師 星野忍美浦
競走成績
生涯成績 39戦5勝
獲得賞金 2億1600万2000円
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経歴編集

戦績編集

2003年8月2日新潟競馬場でデビューし、初出走は7着だった。その後デビュー3戦目で初勝利を挙げた。その後、赤松賞を勝利するものの、以降クラシックに出走するなどし、オークスでは3着となったがなかなか勝ちきれないでいた。紫苑ステークスでは、約10ヶ月ぶりの勝利を飾ったかに見えたが、5着降着となり、またも勝利に見放された。

2005年の夏、1000万下に降級した直後の佐渡特別で約1年半8ヶ月ぶりの勝利を収め、続いて格上挑戦で出走した新潟記念を制し重賞初勝利を挙げる。続く府中牝馬ステークスも制し重賞を2連勝するが、エリザベス女王杯で8着となる。

2006年中山牝馬ステークスで3着に入り、ヴィクトリアマイルに挑戦するが12着と大敗。その後、新潟記念の後に怪我をし約1年間近くの休養に入る。

2007年関屋記念で復帰し、3年連続出走となる新潟記念で3着となるものの、続く府中牝馬ステークスで10着に敗れる。次のアルゼンチン共和国杯では、初めての2500mの距離でのレースながら、5着に入った。その後、愛知杯に出走。しかし直線で伸びきれず9着に敗れた。

2008年中山金杯に出走するが12着、白富士ステークスでは8着、中山牝馬ステークスでは9着、関屋記念では12着、4年連続出走の新潟記念でも12着、府中牝馬ステークスでは11着、アルゼンチン共和国杯では10着だった。

結局2005年の府中牝馬ステークス以来勝ち星が無いまま、2008年11月12日11月13日付で競走馬登録を抹消し引退することが発表された。

繁殖入り後編集

抹消後は北海道新冠町錦岡牧場新和育成牧場にて繁殖牝馬となった[1]2013年8月7日黒色腫(メラノーマ)により死亡[2]

馬名 誕生年 毛色 厩舎 馬主 戦績
第1子 ヤマニンアドーレ 2010年 芦毛 ダイワメジャー 美浦・星野忍
盛岡伊藤和
土井肇 19戦1勝
  • 戦績は2014年9月27日時点。

血統表編集

ヤマニンアラバスタ血統グレイソヴリン系 / フォルティノ3×4=18.75%、Nasrullah・Rivaz5×5・5=9.38%) (血統表の出典)

*ゴールデンフェザント
Golden Pheasant
1986 芦毛 アメリカ
父の父
Caro
1967 芦毛 アイルランド
*フォルティノ
Fortino
Grey Sovereign
Ranavalo
Chambord Chamossaire
Life Hill
父の母
Perfect Pigeon
1971 鹿毛 アメリカ
Round Table Princequillo
Knight's Daughter
Pink Pigeon T.V. Lark
Ruwenzori

ヤマニンリコール
1991 芦毛 北海道新冠町
タマモクロス
1984 芦毛 北海道新冠町
シービークロス *フォルティノ
ズイシヨウ
グリーンシャトー *シャトーゲイ
クインビー
母の母
ヤマニンカゲロウ
1981 栃栗毛 北海道新冠町
*ファバージ
Faberge
Princely Gift
Spring Offensive
ニシキノ *キノー
ヤマヨシ F-No.9-c


母は1995年函館記念2着馬。祖母の妹にデイリー杯3歳ステークスの勝ち馬ヤマニンファルコンがいる。しかし本馬以前の3頭の兄姉は1勝もしておらず、また近親にも活躍馬が少なかったため本馬が産まれた翌年に母は処分されてしまっている。


脚注編集

外部リンク編集