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ワシントン・タイムズ (The Washington Times) は、1982年創刊のアメリカの保守系日刊紙[1]。週刊紙と電子新聞も発刊している。

ワシントン・タイムズ
2008 09 The Washington Times - Printing and Distribution Center.jpg
種別 日刊紙
所有者 オペレーション・ホールディングス
会長 クリストファー・ドーラン
編集長 クリストファー・ドーラン
設立 1982年5月17日
言語 英語
本社所在地 3600 New York Avenue NE, Washington, D.C., U.S.
発行数 59,185 (2013年)
ISSN 0732-8494
ウェブサイト washingtontimes.com
アメリカ

ワシントンD.C.に本部があり、発行部数は2013年11月時点で5万9,185部[2]。オペレーション・ホールディングスが発行元になっている[3]

同社は他にもヒスパニック向けのスペイン語日刊紙『ノーティシャス・デル・ムンド』のほか、週刊誌『インサイト』(2004年から電子版に移行)、月刊雑誌『ワールド・アンド・アイ』をはじめとした各種書籍を出版している。

初代編集長はジェームズ・ウィーラン[4]。その後、1992年から16年の長きにわたり保守派ジャーナリストのウェズリー・プルーデンが務めていた。2008年1月に『ワシントン・ポスト』出身のジョン・ソロモンに交代したが、2009年辞任。2010年サム・ディーレイ(『ニューヨーク・タイムズ』、CNN出身)が編集長に就任した。現在は、クリストファー・ドーランが社長兼編集長に就任している[5]

創刊の経緯編集

1981年に米国の保守系新聞であった『ワシントン・イブニング・スター』紙が、経営難で廃刊した。そのため、アメリカの首都ワシントンにおける主要な日刊紙は、リベラルで民主党寄りの、ワシントン・ポストのみとなっていた。このことに危機感を覚えたロナルド・レーガン政権は、全米の財閥に保守系の新聞社の創設を持ちかけた。財閥からは辞退者が続出したが、最終的に話がまとまり、1982年5月17日に創刊の運びとなった。創刊当時の発行元はニューズ・ワールド・コミュニケーションズ。

創刊当時、ワシントン・タイムズは赤字が続いて、半年も持たないだろうと批判された。しかしその後、急成長し、1988年にAP通信がおこなった調査によると、全米の日刊紙1950紙の中で、最も影響力のある3大新聞の一つにワシントン・タイムズが入った。また、論説優秀賞、新聞デザインの最高優秀賞などを連続受賞し、全米における有力日刊紙の地位を確固たるものとした。

論調編集

ワシントン・ポスト』が基本的にリベラルで民主党寄りであるのに対し、ワシントン・タイムズは自ら「America's Newspaper」と標榜しているように、一貫して保守的であり、共和党支持を表明している。大統領選挙の際にも、常に共和党の候補者を支持してきた。1991年にウェスリー・プルーデンが編集長になってからは、保守的な論調がさらに色濃くなった[6]

レーガン大統領が、在任中に毎日目を通した新聞としても知られており[7]、ワシントン・タイムズは戦略防衛構想を始めとする、レーガン政権の強硬な対ソ連政策を後押しした。レーガン大統領は1997年に、「アメリカの人々は真実を知っている。私と同じように、ワシントン・タイムズは今世紀の最も重要な10年間の始めにワシントンにやってきて、私達は共に仕事に取り掛かった。そして、私たちは冷戦に勝利したのだ。」と述べ、本紙がレーガン政権を支えていたことを表明している[8]

朝日新聞(1992.4.17)は「今年1月、『ニューヨーク・タイムズ』は、『ワシントン・タイムズ』に関する記事を掲載した。編集幹部とブッシュ大統領の交友などを例に引き、『部数は少ないものの、影響力は大きい』というメディア界からの声を紹介した」と、米国内の評価を伝えている。実際ワシントン・タイムズは、ブッシュ大統領に対して、日刊紙初の単独インタビューをおこなっている。

ブッシュ政権時代にも、同政権に対して一定の影響力を持つと言われており、同政権の副大統領の最初のインタビューを、他の大手新聞社を抑えて、ワシントン・タイムズが務めたこともある[9]。共和党のトランプ政権である現在でも、共和党に対して、ある程度の影響力を有していると言われる。

米国とイスラエルの政策に影響力のあるWashington Report on Middle East Affairsは、ワシントン・タイムズの中東に関する報道が、客観的かつ情報量がふんだんであることを称賛した。また、ワシントン・タイムズはイスラエル寄りの論調ではあるが、アメリカのイスラエル関連団体からの影響はほとんどないと述べている[10]

沿革編集

  • 1982年 5月17日 創刊。
  • 1985年 ニカラグアの反政府ゲリラコントラ支援キャンペーン(詳細はイラン・コントラ事件を参照 )を実施。
  • 1987年 アフガニスタンにおいて、ワシントン・タイムズの2名の通信員が、ソ連軍ヘリの銃撃により死亡した。その際に通信員が所持していたカメラとフィルムは、ソ連軍に押収された。
  • 1992年 西側諸国のニュースメデイアとして初めて、そして唯一、北朝鮮の金日成主席へのインタビューをおこなった。その際にインタビューを担当したジョゼット・シーランは、のちに国連世界食糧計画の事務局長を務めている[11]
  • 1994年 全国規模のタブロイド判週刊紙を発刊[12]
  • 2003年 ピューリッツァー賞 ニュース速報写真部門のファイナリストにノミネートされる[13]
  • 2010年 発行元がニューズ・ワールド・コミュニケーションズからオペレーション・ホールディングスに変わる[14]。中国政府によって1969年に作成された尖閣諸島の地図を入手し、この地図は尖閣諸島が日本の領有であるという主張を後押ししていると報じた[15]

スタッフ編集

編集長

  • ジェームズ・ウィーラン (1982–1984)
  • スミス・ヘンプストン (1984–1986)
  • アルノー・ド・ボルシュグラーブ (1986–1992)
  • ウェスレイ・プルデン (1992–2008)
  • ジョン・ソロモン (2008–2009) (2013–2015)
  • サム・ディーレイ (2010)
  • エド・ケリー (2011–2012)
  • デヴィッド・ジャクソン (2012–2013)
  • クリストファー・ドーラン (2015–現在)

主筆

  • ジョゼット・シーラン (1992–1997)
  • フランシス・クームス (?–2008)[16]

姉妹紙編集

その他編集

  • ビル・ガーツ『誰がテポドン開発を許したか―クリントンのもう一つの“失敗”』(文藝春秋、1999年、ISBN 9784163558400)~ワシントン・タイムズ記者による全米ベストセラーの邦訳。
  • 朝日新聞は1992.4.17付で「反共で部数増」と題してワシントン・タイムズを紹介、「現在の部数は、ポストの約85万部に対して約10万部」「同紙の自慢の1つは、FBI(米連邦捜査局)の手配リストを顔写真入りで毎週掲載していることだ。この連載のために、最近2年間で約30人の凶悪犯が逮捕された」などと書いている。編集局次長ジョセット・シャイナーの写真入り。彼女はのちに編集局長となり、退社後の2003年、USTR(アメリカ合衆国通商代表部)次席代表になった。
  • 20世紀初頭に、同名のワシントン・タイムズという新聞が発刊されていた。この新聞は、現在のワシントン・タイムズとは全く関係がない。同紙は数度名称変更したのち、最終的にワシントン・ポストに買収された[17]

脚注編集

関連項目編集

外部リンク編集